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第十八話

東地区を散策中に色々と起きる話。


修正・加筆の可能性大です。

 初回の試作品作りから数日後、俺はその日も早朝から厨房へと入っていた。

 これからやろうとしているのは、カレーではなくパンの試作だ。


 あの後俺は再び市場を訪れカレーに合うパンを探したが、どうもピンとくる物が見つからなかった。

 ならば自分で作ってみようと思い立ち、そして今に至るという訳だ。


「これをこうして…と。うーん、パン作りも中々難しいな」


「あれ、おはよう蓮。今朝も早かったのね」


 俺が小麦粉をこねくりまわしてると、後ろからパジャマ姿の七海に声を掛けられた。

 七海は眠たそうに欠伸をしながら肩越しに俺の作業の様子を伺ってくる。

 ふと香る石鹸の匂いに思わずドキっとしてしまうが、俺は何とか平常心を装うとする。

 というかいつも思うんだが、同じ石鹸を使ってるはずなのに何で七海はこんなに良い香りがするのだろうか。 


「…?どうしたの?」


「い、いや何でもない…」


「そう?ならいいけど。それで何を作ってたの?」


「ああ、ちょっとパンを作ってみようと思ってな」


「ふうん。蓮ってパンも作れるんだ」


「いや、レシピを見た事はあるが実際に作るの初めてだ。七海は作った事あるのか?」


「クッキーとかなら作った事あるけど、流石にパンは無いなぁ。学校の選択授業にはあったけど、私は取ってなかったから」


「ふーむ、そうか」


「良かったら私も手伝うよ。ちょっと着替えてくるから待ってて」


 七海はそう言うと厨房を後にしてパタパタと洗面所の方へと向かって行った。

 

 その後着替えから戻って来た七海と二人で試行錯誤を重ねたが、二人ともパン作りの経験が無いという事もあり、納得のいく物を作る事は出来なかった。


「うーん、不味くは無いけど…」


「…そうね。これなら市場で売ってるパンと大して変わらないわね」


 焼き上がったパンを試食しながら、二人で意見で交わす。

 決して出来上がりが悪いという訳では無いのだが、カレーに合うかと言われると話は別だ。

 米さえあればカレーに合うバターライスやサフランライスを作る事も出来るんだが…。


「む、何か物音がすると思ったらまた料理を作っていたのか」


「レンお兄ちゃん、ナナミお姉ちゃん、おはよう!」


 俺と七海がパンを咀嚼しながら唸っていると、起きてきたアイシャとリムから声をかけられた。

 まだ陽も昇ってない内から作業を始めていたが、気付けばもうすっかりと陽も登り外は晴天を迎えていた。


「丁度良い。昨日作ったカレーの残りもあるし、このまま朝食にするか」


「わーい!」


 朝食という言葉を聞き、リムが嬉しそうに両手を上げた。

 

 ちなみにこれはここ数日で気付いた事なのだが、それはリムが物凄い大食だという事だ。

 リム以外だとアイシャもそれなりに食が太い方ではあるのだが、リムは更にその上を行く。

 昨晩の話だが、カレーを三皿ペロリと平らげたのには流石に俺も驚かされた。

 もしかしたら獣人族は元々大食いな種族なのかもしれないな。

 でももしそうだとしたら、ハーフのリムでさえこれなのだから、純血の獣人族は一体どれだけ大食なのだろうか…。

 

「…?どうしたのお兄ちゃん?」


「いや、リムは今日も元気だなと思ってな」


「うん!それにね、毎日美味しいお料理が食べられてリムすっごく幸せだよ!」


「そうか、それは良かった」


 俺がリムの頭を撫でると、リムは嬉しそうに尻尾を左右に振った。

 

 まあ美味しそうに料理を食べているリムを見ているとそれだけで俺も嬉しくなるし、細かい事はどうでもいいか。

 そんな事を思いながら俺は四人分の器を用意し、朝食の準備を始めた。


 

****



 朝食の後、気分転換に外に出てきた俺はプラプラと東地区の散策を始めていた。

 出来る事なら早めに試作品を完成させて店を開店したいところではあるのだが、上手くいかない時に根を詰め過ぎも良くないからな。

 

 そして改めて東地区を散策して思った事は、やはり西地区や南地区と比べて活気が少ないという事だ。

 夜になれば娼館等が開きそれなりに活気に溢れるのだろうが、そんな場所に足を運んだりなんてすれば次こそは俺の命が危ないだろう。

 結婚はしていないが、まるでかかあ天下の家のサラリーマンの気分だ。


 そんな事を考えながら歩いていると、その時、後方からいくつかの視線を感じた。

 今の俺は山篭りで気配察知のスキルも上がり、開けた場所であれば半径100メートル程なら人の気配を察知する事が出来る。

 

「この感じは…ただのゴロツキかな」


 多少腕の立つ者ならここまでわかりやすく気配を晒す事なんて無いはずだ。

 そこで俺はあえて人通りの少ない細い路地へと足を進めた。

 すると案の定、路地の前方と後方から合わせて十人程の男達が俺を挟むようにして姿を現した。

 どいつもこいつもヘラヘラと笑っており、数に物を言わせて完全に俺の事を舐めきっている様子だ。


「よう、兄ちゃん。ちょっといいかい」


「…何ですか?」


「いや、実は俺達ちょっと金を落としちまってよ。悪いが少しばかり恵んでくれねぇか?」


 俺が用件を聞くとリーダーらしき男が見事なまでのテンプレ発言を返してきた。

 ここまでわかりやすいと逆に清々しさすら感じるな。


「…いや、悪いですけど今手持ちが無いので」


「…あぁ?じゃあその腰から下げてる布袋は何だ?いいからさっさとよこしな」


「うちのアニキは気が短いんだ。怪我しない内にさっさと渡した方がいいぜ」


 リーダー格の男の言葉に、増長した部下達も強気な言葉を被せてくる。 

 虎の威を借る何とやらとはこの事か。

 まあリーダー格の男も俺からすれば虎というよりは猫みたいなものだけどな。


「だから無い物は無いですって。それじゃ」


「おい!待ちやがれ!」


 俺がその場から立ち去ろうとすると、リーダー格の男が俺の肩をぐいっと引っ張ってきた。

 穏便に済まそうと思い下手に出ていたが、さすがにいい加減面倒臭くなってきたので、俺はリーダー格の男の腕を取りそのまま一本背負いで地面に叩き付けてやった。

 

「ぐがぁッ!?」


 俺の投げをモロに喰らったリーダー格の男が蛙の潰れたような声を上げた。

 俺は念のため反撃に備えたが、リーダー格の男は泡を吹きながらそのまま意識を失ったようだ。


「ア、アニキ!?畜生!やりやがったな!」


「先に手を出したのはそいつだ。手加減はしたから死にはしないだろうけど、早く手当てしてやった方がいいぞ」


「こ、この野郎!」


「お、おい!…ちょっと待て。この餓鬼は確か…」


 すると部下の一人が俺を見て何かを察したのか、いきり立つ仲間を制止した。

 俺はこいつらに会うのは初めてのはずだが…俺が忘れてるだけか?


「黒髪に短髪、そしてこの若さでこれだけの強さ…。間違いねぇ!こいつ、噂のルーキーの冒険者の一人だ!」


「な、何だと!?じゃあこいつが鷹の爪を潰したっていう…」


 …ああ、なるほどそういう事か。

 どうやら先日の一件で、良くも悪くも俺の噂が広まってるらしいな。

 俺はただ平和に料理を作っていたいだけなんだが、さすがに闇組織一つ潰しておいてそうは問屋が卸さないか。


「自己紹介はいらないみたいだな。で、まだやるのか?」


「…くッ!」


 俺の正体を知ったゴロツキ達は見るからに焦燥し戦意を喪失しているようだ。


「やるつもりが無いなら今度こそ行かせてもらうぞ」


「ま、待ちがやれ!お前気を付けた方がいいぜ…。鷹の爪と取引していた裏の世界の奴らは、今回の件で取引が無しになった事でどいつもこいつもブチ切れてやがるからな」


「そ、そうだぜ!いくらお前が強かろうが、数の暴力には勝てねぇ。お前やお前の身内は必ず後悔する事になるぞ…。ふ、ふへへ…」


 ゴロツキ達がこの場にはいない裏の世界の人間とやらの話を出して、俺に脅しをかけてきた。

 普通なら聞き流して済ますところだが、その言葉の中に俺がどうしても看過できない事が一つだけあった。


「…お前、今何て言った?俺の身内に手を出すだと?」


 次の瞬間俺はナイフを鞘から抜き払い、ゴロツキ達の間を縫うように移動しながらその刃を走らせた。

 俺がナイフを再び鞘に収めるまでにかかった時間は凡そ3秒程だろうか。

 ゴロツキ達は何が起こったのか理解出来ない様子で、ただ呆然と立ち尽くしている。


「…なッ!?お、お前いつの間に反対側に…!どうやって移動しやがった!」


「…というかこいつ、今ナイフ抜いて無かったか?」


「い…いや、特にどこも切られてないぞ。ただの虚仮威(こけおど)しじゃねぇか。へ、へへ…」


虚仮威(こけおど)し…ね。さて、どうかな?」


 俺が指をパチンと鳴らすと、切り刻まれたゴロツキ達の衣服が地面にパラパラと舞い落ちた。

 これが女の強盗団とかだったら多少は目の保養にもなったかもしれないが、おっさん達のヌードは目の毒にしかならないな。

 

「な…ッ!?お、俺の服が!」


「か、体はどこも切られてねぇ!こいつ、あの一瞬で俺達の服だけを的確に…!?」


「なあ、おっさん達。もしそのブチ切れてる裏の世界の人間とやらに会ったら言っといてくれよ。俺はともかく、俺の身内に手を出したら絶対に許さないってな。わかったか?」


「ひ、ひいい!」


 俺が睨みを利かせながら威圧するように言葉を発すると、ゴロツキ達は気絶しているリーダーをずるずると引き摺りながら一目散に逃げて行った。

 というかこんな真昼間に全裸で街中なんて歩いてたら衛兵に捕まるんじゃないか?

 まあそんなの俺の知った事ではないけどな。


 それにしても、どうやら自分の知らない所で俺達の事が随分と噂になってるみたいだな。 

 七海とアイシャなら並の奴に襲われても返り討ちにしてしまうだろうが、リムの事となると話は別だ。

 あいつらの話にどこまで信憑性があるかはわからないが、少し気を付けておいた方がいいかもしれないな。


「はぁ…。俺はただ平和に料理を作っていたいだけなんだけどな」


 俺は空を見上げながら、薄暗い路地の中でそう一人ごちた。 



****



「…しまった、道に迷った」


 俺は見覚えの無い風景の中で一人佇みそう呟いた。

 

 ゴロツキに絡まれた後、路地の反対側に抜けた俺だったが、適当に歩いている内にすっかりと道に迷ってしまっていた。

 まさかこの年で迷子になるとは、何だか情けなくなってくるな…。


「そろそろ日も暮れてきそうだし、何とかして戻らないと…」


 ただでさえ七海とアイシャに目を付けられているのに、また帰りが遅くなったら何を言われるかわかったものじゃない。

 俺は内心かなり焦りながら、どの道を行くか辺りを見回した。

 すると前方の路地の入り口に、西地区の市場で見た様な布製のアーケードが架かっているのが見えた。

 西地区の物と比べるとかなり簡素な造りだが、もしかしたらあの通りも市場になっているのだろうか。


「ふむ…ちょっと行ってみるか」


 早く帰らなければいけないのだが、俺は湧き上がる好奇心を抑えきれず、足早にその路地へと向かった。

 そしてその路地に一歩足を踏み入れてみると、西地区の市場とは全く違った風景がそこにあった。 

 露店の数も(まば)らで人通りも少なく、お世辞にも活気があるとは言えなかった。

 露店で売られている野菜や果物も西地区の露店の物と比べると品質の差が歴然だ。


「ふーむ…。自分で料理して食べる分には良いかもしれないけど、店で出す料理に使うとなるとこれはさすがに…」


 露店の人達には申し訳ないが、この市場を利用する事は今後無いかもしれない。

 俺がそんな事を考えながら歩いていると、道の先から何やら喧騒が聞こえてきた。

 何かと思い見を向けてみると、どうやら露店の店主と柄の悪い男二人が言い合いになっているみたいだ。

 言い合いというよりかは、露店の店主が一方的に捲し立てられているようだが。

 

「ディザフ、てめえこの野郎!いつになったら金返しやがるんだ!」


「も、もう少しだけ!もう少しだけお待ちを!」


「ひと月前も同じ事言ってたじゃねぇか!さすがにもう待てねぇぞ!」


「おいディザフ、お前確か嫁と娘が一人いたよな?異国の女は奴隷商に高く売れるんだぜ。知ってたか?」


「…ッ!そ、それだけはご勘弁を!」


「だったらさっさと金払えやコラァ!!」


「お、お許しを!どうかお許しを!」


 なるほど、聞き耳を立ててみたがどうやら借金絡みの話らしい。

 まあここは俺が助けに入る場面では無いな。

 ディザフさんとやら、強く生きてくれ…。

 

 だがそのやり取りを横目にその場を通り過ぎようとした時、俺の視界にとある物が飛び込んできた。


「…ッ!こ、これは!」


 俺はそれを見て居ても立ってもいられず、借金取りの間を割ってその露店の前まで歩を進めた。 


「…き、君は?」


「何だこの餓鬼!おいどけ!今こいつと話してるのは俺達だぞ!」


 後方から強面の男達の怒号が飛んでくる。

 だが俺はそれを特に気にする事なく、その露店の店主に言葉を返した。


「お取り込み中済みません。これ一つもらえますか?」


「…え?あ、ああ。銅貨一枚になります…」


 困惑気味の店主に銅貨を一枚渡し、露店で売っていたそれを一つ購入した。

 そして俺はその場でそれを一口大に千切って口の中へと運んだ。


「…おお、これは…!」 


 俺が買ったそれは、薄く引き伸ばされた白い生地に程よく焼き色が付いており、表面には軽く油が塗られている。 

 そして一たび口の中に入れれば、ほのかな甘みが口内に広がっていった。 

 表面はサクサクだが中はとてもモチモチとした食感だ。

 銅貨一枚という安価だが、職人の技が光るとても見事な一品である。

 間違いない、これは…。


「これは…ナンだ」


「お客さん、ナーンを知ってるのかい?これは私の故郷の主食なんだが、この国では人気が無くてね…。お陰でこのザマさ、ハハ…」


 見た感じ年齢は四十から五十くらいだろうか。

 小太りで褐色の肌を持ったその露店の店主が、自らの現状を嘆き嘲笑した。

 それにしてもこんなに美味いナンがこの国では全く人気が無いという事に少し驚きだ。

 確かに露店は寂れているかもしれないが、この味は地球にある一流のカレー店のナンにも引けを取らない味だぞ。

 となると、やはりこのナンに合う料理がこの国に無いというのが問題なのかもしれないな。


「…これは…いける!」


「何がいけるか知らねぇが、いいからさっさとそこをどきやが…」


「ちょっと五月蝿(うるさ)い!シャラップ!」


 後ろから再び罵詈雑言が飛んできたので、俺は少しだけ後ろを振り返り借金取り達を威圧した。

 まあ急に話に割って入った俺が悪いんだが、ぶっちゃけ今はそれどころでは無い。


「ぐッ…!な、何だこの餓鬼の威圧感は…!」


「それでご主人、今はこのナン…ナーンは一日どれくらい売れてるんですか?」


「え…えっと、一日売れて五枚といったところかな。物珍しさで買っていく人が殆どだから、常連さんも特にいる訳じゃなくてね…」


「ふむ…なるほど」


 一日店を出して売り上げが銅貨五枚となると、食材費はおろか出店料すら払えてるのか疑問に思えてくるな。

 まあ払えてないからこういう状況になってるんだろうけど…。


 そして俺はここで一つの案を思い付き、店主に向けてその提案を投げかけてみた。


「それならご主人、俺と契約を結びませんか?」


「け、契約?」


「はい。失礼ですが今の売り上げでは、恐らくここの出店料すら賄えてないように思えます。それならいっその事、露店を出さずに俺の店にそのナーンを直接卸してはくれませんか?」


「み、店?君は料理店でもやってるのかい?直接店に卸す事が出来るならこちらも出店料を抑えられて助かるけど…ちなみにどれくらいの量を考えているんだい?十枚かい?それともニ十枚かい?」


「二百枚です」


「…は?今のは聞き間違いかな…?」


「いえ、間違いではありません。ナーンの仕入れを一日二百枚希望します」


「ににに、二百枚!?」


 俺の提案に店主が目を見開いて度肝を抜いている。

 一日ナーン二百枚として、単純計算でひと月に凡そ金貨六枚程になる。

 もちろん直接仕入れる訳だから仕入れ値は店頭価格の5掛けから7掛けくらいの間で交渉するつもりだが、うちの休業日の事を考慮しても、家族三人で食べていくには十分な収入になるだろう。


 ちなみに二百枚という数は、地球で店をやっていた頃の一日の定食の出数を元に算出している。

 それ以上必要になりそうなら仕入れの数を増やせば良いだけだし、仮に余ったとしてもマジックボックスの中で保存出来るから何の問題も無い。


「どうでしょう、お願いできますか?」


「ももももちろん!よ、宜しくお願いします!」


 店主がどもりながら俺の差し出した手を両手で力強く握ってきた。

 これほどの味のナーンなら、俺のカレーと一緒に出せば必ず売れる。

 俺はそう確信しながら店主の手を強く握り返した。 


「お、おいこら!何だか話が纏まったみたいだが、こっちの話は何も纏まっちゃいないんだよ!」


「ああ、まだいたんですか」


「まだいたんですかじゃねぇよコラ!おいディザフ!それで金はどうするんだよテメェ!」


「ひいい!」


 俺達の商談が終わったのを見計らって、借金取り達が再び店主に詰め寄った。

 ナンに夢中ですっかり忘れていたが、そういえば借金の話だったな。


「ちなみに、この人の借金っていくらあるんですか?」


「ああ!?きっちり金貨五十だ!それがどうしたってんだ!」


「そうですか。はい、じゃあこれ」


 俺はそう言って、腰から下げていた布袋を借金取りに手渡した。


「きっちり金貨五十枚です。確認したら借用書を下さい」


「な…なんだと!よ、よしちょっと待ってろ…」 


 俺から金貨を受け取った借金取り達は道の端に行き、布袋の中から金貨を一枚また一枚と数え始めた。

 大の男二人が道端で金貨を一枚ずつ数えている光景は中々にシュールだ。


「な、何でそこまで…」


「借金の肩代わりというより、このナーンの味に惚れた上での先行投資といった感じです。だからそんなに気にしないで下さい」


「わ、私のナーンにそこまで…。何てお礼を言ったらいいか…本当に…本当にありがとう。うう…」


 店主(もと)い、ディザフが肩を震わせながら大粒の涙を流した。

 これがうら若き女性ならそっと肩を優しく抱きしめてあげるのが男の甲斐性だと一般的には言われるのだろうが、中年男性が大泣きしている姿は何とも形容し難い微妙な空気をその場に生み出していた。

 男泣きしているディザフを見ながらそんな事を思っていると、金の勘定を終えた借金取りがこちらに歩み寄ってきた。


「おう、確かに金貨五十枚だ。これが借用書だから確認してくれ」


「はい、確かに」


「それにしてもこんな売れねぇパン屋と契約とはお前も物好きだな。ディザフと一緒に心中でもするつもりか?」


「まさか、そんなつもりはありませんよ」


「はん、まあ好きにしろや。おいディザフ!お前もこんな餓鬼に助けられるとはな!」


「全くだぜ。お前も貧乏くじ引いたと後で後悔しても知らないぜ?」


「貧乏くじですか。ふふ、まあ見てて下さい。今にナーンがこの街で一世を風靡しますから」


「ぶ、ぶはははは!こいつ本気で言ってやがるのか?それなら楽しみにしてようじゃねぇか。おい、行くぞ!」


「じゃあなディザフ!もう返せねぇ金なんて借りるんじゃねぇぞ!」


 最後に捨て台詞を残し、借金取り達はその場から立ち去っていった。

 確かに端から見たら貧乏くじを引いたと見えるのかもしれない。

 だが俺からすれば骨董品屋でたまたま値打ち物を見つけたのと同じような事だ。

 まあ勝手に話を進めた事で七海に後で何て言われるかわかったもんじゃないけどな…。


 こうして俺はひょんな事から、ナーン職人のディザフと仕入れの契約を結ぶ事となった。

 この後、リムドガルトでナーンが爆発的に流行し、ディザフもナーン職人としてその名を轟かす事になるのだが、それはまだもう少し先の話だ。


書いてる内にカレーが食べたくなってしまいました。

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