第十五話
裏組織に挨拶に行く話。
修正・加筆の可能性大です。
少し体調崩しながら書いてたので、誤字脱字多めかも…。
見つけ次第訂正します。
不動産屋を後にした俺達は、エネットと共に一路東地区へと歩を進めた。
西地区から中央広場を通り、東地区へと足を踏み入れると辺りの雰囲気ががらりと変わる。
立ち並ぶ建物も寂れた物が多く、一言で言えばちょっとしたスラム街と言った感じだ。
エネットの話ではこの辺はまだマシな方らしく、更に東の方へ進むと娼館や賭博場、さらには奴隷の競売場なんていうのもあるらしい。
「ねえねえレンさん、やっぱり止めましょうよぉ…」
「大丈夫だって。別に殴り込みに行くわけじゃないんだし、危なくなったらエネットを抱えて逃げるさ」
「ええっ!抱えるってそんな…僕そういうのされた事ないし…その重かったら恥ずかしいし…」
「…何を考えてるエネット。そしてモジモジするな」
「…はっ!?ぼ、僕は一体何を考えて…。あ、もう着きますよ!あそこが書類に書いてあった土地です!」
エネットが指差した場所に目をやると、そこには50坪ほどの空き地があった。
裏手が用水路になっており、中央広場へと続く大通り沿いにあるその土地は水蓮亭を建てるにはこの上ない立地だと一見して感じた。
距離的にも中央広場からそう遠くない場所なので、治安もそこまで心配するほどではないだろう。
となると、やはり問題は隣か。
俺は空き地の隣にある石造りの建物へと視線を移した。
建物の入り口には見張りであろう、柄の悪い男が二人立っている。
俺はその二人に歩み寄り声をかけた。
「あの、すみません」
「…あぁん?何だテメェは」
「今度隣の空き地に料理店を建てようと思っていまして、それでそのご挨拶に伺いました」
「…隣の空き地に料理店だと?おい、聞いたかよ!ぶはははは!」
「ああ、こりゃ傑作だ。この餓鬼、ここがどういう場所か知らねぇらしい」
俺の言葉を聞いて、見張り役の二人は品の無い笑い声を上げた。
俺はそれを特に気にする事なく、言葉を続けた。
「知ってますよ。ここは有名な裏組織なんですよね?」
「あぁ?人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ。誰に聞いたか知らねぇが、俺達がそうだっていう証拠はあんのか?」
「金貸しに賭場の運営、そして奴隷売買。これらは全て国で認められている事だぜ。俺達は真っ当な商売をしてるんだ」
「そういうこった。まあ隣に料理店を建てるのは自由だが、その時は不慮の事故に気を付けるんだなぁ」
「とは言え、気を付けたところでどうしようも無いけどな。なんたって不慮の事故なんだからよ。ぐへへ…」
…なんと言うか出てくる言葉全てが悪者のテンプレートって感じだな。
そろそろこのやりとりにも辟易してきたし、話を進めるか。
「はぁ…、やっぱり下っ端じゃ話にならないな。悪いが上の人間を連れてきてもらえるか?」
「…あぁ?お前今何て言いやがった…。誰が下っ端だって?」
「こんな所で見張りしてるんだ。誰がどう見たって下っ端だろう?」
「こんの…糞餓鬼がァ…!!」
俺の挑発に激昂した見張りの男達が、額に青筋を立てながら俺に殴りかかってきた。
俺は二人の殴打を軽々と避け、そのまま二人の間をすり抜け後方に回り、二人の首筋に手刀を見舞った。
俺の手刀を受けた見張りの二人は声を上げる間も無く、そのまま前方へ前のめりになって倒れ意識を失った。
「レ、レンさん危ない!…ってあれ?」
「ん?どうしたエネット」
「い、今何したんですか!?見張りがレンさんに殴りかかったと思ったら、いつの間にかレンさんが見張りの後ろにいて、気付いたら二人とも気絶してるし…」
「なーに。ちょっと疲れてたみたいだから、軽く首筋を叩いてやっただけさ。気持ち良くなって眠っただけだろう」
「ふええ…。レンさんってもしかして物凄く強い人なんじゃ…」
「うむ、レン殿は尋常じゃなく強いぞ。なんせこの私が認めた男だからな。ああ、早くレン殿との子供を…」
「アイシャ、乙女同盟!というか蓮、あんた話し合いに来たって…」
「正当防衛だ」
そう、俺は話し合いをしに来たんだ。
今のはあくまで自分の身を守るための正当防衛だ。
まあ結果的に俺の正当防衛で組織が潰れる事になったとしても、それは俺の知ったことではない。
例えそうなったとしても、悪いのは向こうなんだからな。
「はぁ…もういいわ。それでどうするの?この二人」
「そうだな。ここのままにしておいても目立つし、一緒に中に連れて行くか」
そして俺は気絶している二人の見張りの襟を掴み、そのまま引き摺るようにして建物の中へと足を踏み入れた。
入り口の中に入るとそこは薄暗い通路になっており、通路の両サイドにはドアがいくつかあるのが見えた。
一番手前のドアを開けるとそこは倉庫のようだったので、一先ずそこに気絶している二人の見張りを叩き込んでおいた。
「とりあえず一つずつ部屋を調べていくか」
俺達は一先ず手前から順に一つずつ部屋の中を調べていった。
だがどの部屋に入っても普通の応接室や洗面所があるだけで、想像してたような裏組織っぽさはどこにも無かった。
「うーん、というかボスは一体どこにいるんだ。やっぱり上か?」
俺が腕組をしながら通路の壁にもたれかかると、何やら肩の辺りに違和感を感じた。
何かと思いその壁を見てみると、そこにはボタンのような不自然な出っ張りがあった。
「…何だこれ?」
俺は不思議に思いそのボタンを押してみると、通路の壁の一部がゴゴゴと音を立て、横にスライドしていった。
そのまま暫く待っていると、やがて俺達の目の前に地下へと続く階段が姿を現した。
「隠し扉か。この下にボスがいるのか?」
俺は生活魔法の発火を発動させ、それを灯り代わりにして螺旋状の階段を下っていった。
かなり地下まで続いているようだが、一体どこに繋がっているのだろうか。
もしかして上の建物はダミーで、この地下が裏組織の本部になっているのか?
そんな事を考えながら階段を下りきると、目の前に鉄で出来た頑丈そうな扉が姿を現した。
俺は七海たちに目で合図を送り、その扉に手をかけた。
すると扉が開いた瞬間、鼻を突くような異臭が俺達に襲い掛かってきた。
「ぐ…なんだこの臭いは…」
「ちょっと蓮…これ…」
薄暗い部屋の中に灯りを向けると、そこは地球で言うところの体育館ほどの広さの部屋で、両サイドには鉄格子で入り口を塞がれた牢屋の様な小部屋が幾つも並んでいた。
そしてその中を見てみると、幼い子供達が泣きながら肩を寄せ合っていた。
その姿はどれもやせ細っており、碌な食事を与えられてないように見受けられた。
部屋の至る所に糞尿が垂れ流しになっていて、衛生的にもかなり劣悪な環境だ。
「…酷いな」
「ちょ、ちょっと蓮!こっち!」
俺がその惨状に憤りを感じていると、七海が一つの小部屋の前で慌てた様子で俺を手招きしてきた。
そしてその部屋の前まで行ってみると、小部屋の中で一人の少女が横になったまま苦しそうに肩で息をしていた。
よく見てみると、その少女の腹の辺りから血が滲み出てるのがわかった。
「…拙いな」
この様子だと放っておけば手遅れになるかもしれない。
そう考えた俺は鉄格子を力任せに押し曲げ、小部屋の中へと入った。
少女の腹部を見てみると、そこには切り傷の様なものがあり、碌な手当てを受けていないのか傷が化膿している状態だった。
「…可哀想に。すぐ楽にしてやるからな」
俺は無詠唱で水属性魔法の「ヒーリング」を少女に向けて発動させた。
すると少女に傷は見る見ると塞がっていき、次第に少女の呼吸も安定を取り戻していった。
「す…凄い!レンさんは治癒魔法も使えるんですか!?しかも今のは神官が使うような上位魔法クラスじゃ…」
「ん?いや、今のはただの下位魔法だぞ」
「か、下位魔法!?レンさんは一体どれだけ魔力があるんですか…」
「まあ、人よりちょっとばかり…な」
エネットが俺の魔法を見て驚愕の表情を浮かべていた。
今俺が使ったのは間違いなく水属性の下位魔法「ヒーリング」だ。
エネットの言葉から察するに、どうやら下位魔法でも使用者の魔力によってその威力は変わるみたいだな。
そんな事を考えていると、やがて目の前の少女が意識を取り戻し、弱々しくも声を発した。
「…ん」
「気付いたか。もう大丈夫だぞ」
「…ひッ!に、人間!」
少女は俺の姿を見るや否や、怯えた様子で俺から離れ距離を取った。
…というか人間ってどういう事だ?
俺は少女の言葉に違和感を覚え、壁際で震えている少女を良く観察した。
すると少女の頭からまるで獣の様な耳が生えているのが見えた。
さっきは治療に夢中で気付かなかったが、察するにこの少女は俗に言う獣人というやつなのだろうか。
「…あの耳の形状は恐らく人間と獣人のハーフでしょうね。レンさんは見るのは初めてですか?」
「ああ、実際に見るのは初めてだな」
「人間と獣人のハーフは、見た目は殆ど人間と変わりません。ですが耳の形状が人間のそれとは異なり、親の種族によっては尻尾が生える事もあります」
「ふむ…」
恐らくだがこの少女は…いや、ここにいる子供達は皆、組織の連中に無理矢理連れて来られたんだろう。
そしてこの少女の傷を見る限り、この少女が住んでいた場所は何らかの襲撃を受けた可能性が高い。
あの怖がり様だ、余程怖い思いをしたのだろう。
俺はマジックボックスの中からサンドイッチを一つ取り出し、その少女に差し出した。
「腹減ってるだろ?食えよ」
「…い、いやッ!」
「大丈夫だって。毒なんて入ってないからさ」
「人間…お母さん殺した…!人間なんて…大きらい!」
「…ッ!…そうか…」
少女の言葉を聞いた俺は、俺はサンドイッチを手に持ったまま少女のもとに歩み寄った。
だが俺が少女にサンドイッチを差し出すと、少女は鋭い犬歯を剥き出しにして俺の腕に思い切り噛み付いてきた。
「ちょ、ちょっと蓮!」
「大丈夫だ七海。ここは俺に任せてくれ」
俺の腕から血が滴り落ちる。
だが俺はそれを気にする事無く、もう片方の手で少女の頭を優しく撫でた。
「…済まなかったな。怖かっただろう」
「…ッ!?な、なにして…」
「ははッ、本当に何してるんだろうな。でも俺もさ、急に親が居なくなる辛さは知ってるんだ。それもあってかな、君を見て何だか放っておけなくなった」
「…」
「確かに人間は君の母親を殺したかもしれない。だが種族に関係なく、悪い奴もいれば良い奴も必ずいる。今すぐに人間の事を許してほしいとは言わない。けど、それだけでもわかってもらえたら嬉しいかな」
俺が少女の頭を撫でながらそう語りかけると、やがて少女は俺の腕に噛み付くのを止め、少しだけ俺との距離を取りこちらを向いた。
「…それ、食べる」
「ああ。ほら、美味いぞ」
俺は少女の手を水球の魔法で綺麗にしてやり、そしてサンドイッチを手渡した。
「…おいしい」
「美味いか、良かった」
「うん…おいじい…ぐす…」
少女は涙を流しながら俺が手渡したサンドイッチを一口、そしてまた一口と頬張った。
「…なあエネット。この子を…ここの子供達を解放する事は出来ないのか?」
「…残念ながらそれは出来ません。恐らくここの子供達は皆奴隷登録をされているでしょう。もし今子供達を解放すればレンさんが罪人になってしまいます。仮に違法にこの場所に連れて来られたのだとしても、その証拠を掴まなければ…」
「なるほどな…」
「そういうこった。残念だったな餓鬼共」
するとその時、部屋の入り口の方から聞き覚えの無い男の声が聞こえた。
俺が部屋の入り口に目をやると、そこには悪趣味な宝石をジャラジャラと身に着けた、いかにも悪党面の男が立っていた。その後ろには部下であろう大勢の男達が武器を持ってニヤニヤとこちらを見ている。恐らくだが先頭にいる派手な男がここのボスだろうな。
「…誰だ?」
「おいおい、面白い事を言うなお前。それはこっちの台詞だぜ。テメェらは何モンだ?」
「俺達か?俺達はただの冒険者だ。ちなみに俺の本職は料理人だ」
「はぁ?冒険者で料理人?何言ってんだテメェ。で、その冒険者で料理人の餓鬼がこんな所で何してやがんだ?」
「いや、今日は挨拶に来たんだ。隣の土地で料理店を開こうと思ってな。それでボスの部屋を探してたら、たまたまこの部屋に来てしまったんだ」
「ほう、隣の空き地で料理店をねぇ…。だがうちの隣は止めといた方がいいぜ。不幸な事故がよく起こるみたいだからよぉ」
「ああ。だからそうならないように挨拶をしに来た」
「おいおい、勘弁してくれよ。まるで俺達がやったみたいな言い方じゃねぇか」
「違うのか?」
「悪いが身に覚えが無いねぇ」
「そうか、じゃあその話は一旦置いとこう。もう一つあんたに話がある」
「ほう…何だ?」
「ここにいる子供達を解放してはくれないか?」
「…く、くはははは!お前マジで言ってんのかよ!おい、聞いたかお前ら!」
ボスらしき男が俺の話を聞いて馬鹿にする様な笑い声を上げた。
それに釣られて後ろに居た大勢の部下達も、その男の機嫌を取るかのように品の無い笑い声を上げている。
「人殺し!おまえがわたしのお母さんを…!」
「…ああん?テメェは確か深手を負ってくたばりかけてたはずだが…」
「…この子の傷はお前がやったのか?」
「くははッ!だったらどうするってんだ?まあいいさ、どうせお前らにはここで死んでもらうんだ、冥土の土産に聞かせてやるよ。そこの餓鬼…いや、ここにいる餓鬼共は皆、俺達が村や集落を襲って攫ってきたのさ」
「ほう…」
「そいつの母親は獣人の癖にやたら色っぽい女でなぁ。まあ俺達が用があったのは餓鬼だけだから、散々楽しませてもらった後に母親の方は殺しちまったけどなぁ」
「…」
「その餓鬼も馬鹿だよなぁ。大人しく攫われてればいいものを、抵抗しやがるからつい斬りつけちまったぜ。まあ死ななければ儲け物だと思って、それでそこの牢屋の中にぶち込んでおいたってわけさ」
「…もういい、それ以上喋るな下衆野郎」
「くははッ!そいつは俺にとっちゃ単なる褒め言葉だぜぇ。さて、そろそろお喋りの時間は終わりだ。テメェらにはそろそろくたばってもらおうか」
ボスらしき男が合図を出すと、部下達が一斉に手に持っていた武器を身構えた。
数はざっと見て五十人といったところか。
圧倒的な数的優位からか、どいつもこいつも余裕そうな表情を浮かべている。
「ひいい!レンさんどうするんですか!?このままじゃ僕達殺されちゃいますよ!」
「…エネットはその子と一緒に後ろに下がっていてくれ」
「こ、この人数相手に戦うつもりですか!?」
「いいから早く!」
「は、はい!」
俺の言葉を聞き、エネットは半獣人の子供を抱きかかえると奥の小部屋の中へと入って行った。
「さて、七海にアイシャ。ちょっと気が変わったんだが、あいつら全員ぶっ飛ばしてもいいか?」
「奇遇ね蓮。丁度私も同じ事を考えていたところよ」
「うむ。この下衆共は生きるに値しない。私の槍の錆にしてくれよう」
「待てアイシャ。気持ちはわかるが、こいつらには生きて罪を償ってもらう。出来れば半殺しで済ませてくれ」
「むう…レン殿がそう言うならば仕方が無い」
「おいおい、今のは俺の聞き間違いかぁ?やれるもんならやってみろってんだ。おいお前達、やっちまいな!」
ボスらしき男の掛け声で、後ろにいた部下達が武器を構えながら一斉にこちらに突っ込んできた。
それを見て俺はまず床を蹴って宙に飛び、そのままもう一度天井を蹴って勢いを付け、集団のど真ん中に三角飛びからの蹴りを見舞った。
俺の蹴りで床には半径3メートル程のクレーターが生まれ、その衝撃で二十人程が吹き飛んでいった。
俺の先制攻撃に何が起こったか理解出来ていないのか、敵の集団は足を止め呆然としている。
だがそれも束の間、七海とアイシャが俺の後を追うように集団に突っ込んで蹂躙を開始した。
七海の蹴りやアイシャの槍の柄による攻撃で、敵の部下達は皆手や足を変な方向に曲げながら次々に吹き飛ばされていった。
「ひ、ひい!な、何だこいつら!強すぎる!」
「ば、化け物!」
すると敵の部下の何人かが目の前で繰り広げられている蹂躙劇に怖気づいたのか、武器を捨てて入り口の方へ逃げ去ろうとした。
だがその時、入り口から現れた何者かの手によって逃げた敵の部下達は一瞬にして真っ二つとなった。
「…おいおい。餓鬼相手に何逃げてやがんだ、情けねぇ。ボス、これは一体何事だ?」
「お…おお!ヴォルガか!あいつらはここに忍び込んでやがったネズミ共だ!遠慮はいらねぇ、殺してくれ!」
「ほう…。餓鬼を殺すのは趣味じゃねぇが、まあ雇い主の命令なら仕方ねぇな」
「おい餓鬼共!調子に乗るのもここまでだ!このヴォルガは元Bランクの冒険者で、裏の世界では名の通った殺し屋だ!こいつが来たからにはオメェらもお終いよぉ!」
一人の男の登場に、ボスらしき男がまるで勝ち誇ったように高笑いを始めた。
ヴォルガと呼ばれた男は身の丈2メートルはあろうかという巨躯で、手には大斧を携えている。
二人のやりとりを見る限り、この組織に雇われた用心棒といったところか。
「お前らどいてろ。そいつらは俺がやる」
「おお…!ヴォルガさん!」
「ヴォルガさんが来たからにはもうこっちのもんだ!テメェら全員ミンチにされちまえ!」
その男の登場に敵の部下達も息を吹き返したように歓喜の声を上げている。
俺はその様子を特に気にする事も無く、ヴォルガと呼ばれた大男の前へと歩を進めた。
「…何だ。最初に死にてぇのはお前か?」
「誰が誰を殺すって?やってみろよ、見掛け倒しの熊野郎」
「…熊野郎だと?いい度胸だ…ブチ殺す!」
俺の安い挑発に乗ったヴォルガが怒りの表情を浮かべ、手に持った大斧を上段から振り下ろしてきた。
だがその攻撃はガズハールのものにと比べると酷くキレが無く、まるで欠伸が出るような一撃だった。
俺はヴォルガの振り下ろした斧を右手一本で軽々と受け止めた。
「な、何だと…!?」
「おいおい…。元Bランクがこの程度かよ」
「は、離せこの野郎!」
「いいぜ、離してやるよ。ほら」
「なッ…!うおぉ!?」
俺はヴォルガの巨躯を斧ごと持ち上げ、そのまま空中へと放り投げた。
そして俺は深く腰を落として拳に力を溜め、空中から落ちてきたヴォルガの脇腹に正拳突きを叩き込んだ。
「ごぶぅぅ!!」
俺の正拳突きを受けたヴォルガは脇腹をボキボキと鳴らしながら地面と平行に飛んでいき、そのまま勢い良く壁に激突した。
俺はヴォルガの反撃に備えたが、どうやらヴォルガは壁にめり込んだまま意識を失ったようだ。
すると敵の部下達はその光景を見て、まるで夢でも見ているかのような表情を浮かべていた。
「ヴ、ヴォルガさんがたったの一撃で…!?」
「な、なんなんだよこいつら!マジでやべぇ!」
「俺は逃げるぞ!こんな化け物相手にしてられるか!」
「ま、待て!俺も!」
ヴォルガが俺に一撃で倒されたのを見て、敵の部下達は完全に戦意を失いその場から逃げようとした。
だがそうはさせじと七海とアイシャが逃げ道を塞ぎ、一人、また一人と敵の部下達の数を減らしていく。
そして気付けば残すはボスらしき男ただ一人となっていた。
「ひ、ひいい!テ、テメェら一体何者なんだ!」
「だからさっきも言っただろう?ただの冒険者だよ」
「だ、だがいいのか?このままではお前達が罪に問われるんだぞ!何の証拠も無く、俺の部下に暴力を働いたんだからなぁ!」
「証拠ならあるじゃないか。ここにいる子供達が証言してくれる」
「ど、奴隷の言う事など誰も信用なんてするか!」
「そうか、じゃあこれならどうだ?」
そこで俺は懐から一つの魔石を取り出した。
そしてその魔石に魔力を通すと、先程のボスらしき男とのやりとりが再生された。
「な…!これは俺の声!?」
「これは記憶の魔石っていってな。魔力を込めると会話を記録させたり、記録した会話を再生できたりするんだ。便利だろう?」
「な…なんて事だ…」
「さて、これ以上申し開きがあるのか?」
「ま、待ってくれ!お前ら店を開くなら金がいるんだろう!?俺が土地の金から店の出店資金まで全部面倒見てやる!だ、だからここは見逃してくれ!」
「…ほう」
「な、何なら他の料理店に嫌がらせでもしてお前の店に人が来るようにしてやる!だ、だから頼…」
俺は右手の拳を力一杯に握り締め、その言葉を遮るようにしてボスらしき男の左頬を殴打で打ち抜いた。
「げぎゃぁ!」
ボスらしき男は蛙が潰れたような声を上げながら吹き飛び壁に激突した。そして壁にめり込んだまま白目を剥き、失禁しながら意識を失っていた。
「お前の力なんて借りなくても店は繁盛させてみせるさ。それに、俺はもう最高の店を持ってるからな」
俺は拳を握り締めながらボスらしき男にそう言い放った。まあ聞こえちゃいないだろうけどな。
…というかこいつの名前って結局何ていうんだ?まあ今更どうでもいいか。
「エネット、いるか?」
「ははは、はい!」
「帰って土地の契約だ。…おっと、その前にここにいる子供達をどうにかしないとな」
「ぼ、僕、衛兵を呼んできます!」
「悪いが頼む」
「はい!」
エネットは歯切れの良い返事をすると、そのまま駆け足で衛兵を呼びに外へと向かっていった。
俺はエネットを見送ると奥の小部屋へと歩を進め、中にいた半獣人の少女に声をかけた。
「もう大丈夫だぞ」
「…おにいちゃん、悪い人退治してくれたの?」
「ああ、悪い奴は全員退治した。君はもう自由だ」
「…う、うわぁぁぁん!」
俺の言葉で半獣人の少女は緊張の糸が切れたのか、号泣しながら俺の胸に飛び込んできた。
俺は少女の頭を優しく撫でながら、もう大丈夫だと語りかけ続けた。
そして暫くすると少女は泣き止み、伏せていた顔を上げ俺の目をじっと見ながら言葉を発した。
「リム…」
「…ん?」
「…わたしの名前、リムっていうの…。おにいちゃんのお名前は?」
「俺か?俺の名前はレンだ。リムか、良い名前だな」
「レン…レン…。うん、覚えた。ありがとう、レンおにいちゃん…」
リムはそう言うと、再び俺の懐に顔を埋めてきた。
それにしてもお兄ちゃんか。獣耳少女からそんな事を言われたら、マニアは卒倒ものだろうな。
こうして俺達はひょんな事から裏組織を壊滅させ、違法に囚われていた奴隷の子供達を解放する事となった。
そしてこれが俺とリムという名の半獣人の少女との始めての出会いとなったのだった。
※10/3 敵の用心棒の名前をガンズからヴォルガに修正。




