第十二話
ガズハールとの戦いの後、王都に向けて旅立つまでの話。
修正・加筆の可能性大です。
(…ん、ここは?)
深い闇の中で徐々に意識が覚醒していく。
辺りを見回してみるが、どうやら俺は今水蓮亭の客席に座っているらしい。
そして耳を澄ますと厨房の方から誰かが調理をしているような音が聞こえてきた。
(…七海か?)
だが厨房の中から聞こえてきた声は、俺が予想だにしていなかった人物のものだった。
「よお蓮、待たせたな!ようやく試作品の完成だ!」
「お、親父!?」
「何鳩が豆鉄砲食らったようなツラしてやがる。俺が自分の店で調理してて何がおかしいんだ?」
「だ、だって親父死んだんじゃ…」
「はぁ?縁起でも無い事言うんじゃねぇ!この通り、ピンピンしてらぁ!」
…そうか、これは夢か。
俺は七海のサバ折を受けてからその後の記憶が無い。
それにしても親父か…懐かしいな。
夢だとしても、久々に親父に会えて少し嬉しいな。
「そんな事より、今回作った試作品はこれだ!」
「…これは中華まん?」
「そうだ!特製の蒸篭で蒸し上げた極上の一品だぞ!」
「でもこれ二種類あってそれぞれ大きさが違うけど、どういう意味があるんだ?」
「だから試作品だって言ってるだろう!違う大きさの物を一つずつ作って、お前の意見を聞いてみたかったんだ。それで、お前はどっちの中華まんが好みだ?」
「うーん…」
俺は目の前には極大の中華まんと、程よい大きさの中華まんの二種類が置かれている。
俺はまず、極大の中華まんに手を伸ばしてみた。
「…おお、ふわふわだ」
「そうだろう!表面はふわっふわ、中はジューシーだぞ!」
「でもこっちの中華まんも中々…」
「そっちの中華まんはやや小ぶりだが、表面に張りがあるから食べ応えは抜群だ!」
「なるほど、これはどちらも捨て難い…」
「ほら蓮!遠慮しないでもっと触ってみろ!」
俺は親父に言われるがまま、二つの中華まんを手で堪能する。
だが俺はここである違和感に気付く。夢にしては妙にリアルな感触だ。というか、中華まんの先っぽにこんな突起物あったっけ…。
俺は不思議に思い、中華まんの先っぽにあるその突起物に指を伸ばしてみる。すると…
「…あん」
「…は?」
突然聞こえてきた淫靡な声に視界は暗転し、そして俺の意識は完全に覚醒した。
「…やっぱり夢だったか。でも中華まんの感触は手に残ってる…というか今もあるんだが…まさか…」
俺は横になったまま、恐る恐る大きな中華まんの感触が残る右手の方向を向いてみる。
すると、目を潤ませ頬を紅く染めた七海とばっちり目が合った
「…蓮のエッチ」
「…ジーザス」
俺はそのまま言葉を失い、ブリキ人形の様にギギギと首を動かし視線を天井に戻した。
では左手にある程よい大きさで張りのある中華まんの正体は…。
「レ、レン殿…。こういう事はその…二人きりの時にだな…」
「う、うわあああ!」
そして俺は床から飛び起き、そのまま華麗にジャンピング土下座を繰り出した。
自分で言うのも何だが、それはもう見事な土下座だった
審査員がいたらきっと全員が10点満点を付けていただろう。
「ご、ごめん!というか何で二人が!?」
俺は慌てながら必死で二人に説明を求めた。
そして二人から事の経緯を聞き出すと、つまりはこういう事らしい。
ガズハールとの戦いの後に気を失った俺はそのままテントの中に運ばれたが、丸一日経っても目が覚めなかったらしい。
それで心配したアイシャが俺の体温が下がらないように、横で添い寝をしてくれたそうだ。だがそこで、後からテントに入って来た七海と鉢合わせ、それなら私もと七海も言い出し、そして今に至るそうだ。
「アイシャったらしれっと抜け駆けするんだもん!油断も隙もあったもんじゃないよ!」
「べ、別に私は抜け駆けなど!この辺りは陽が落ちてくると冷える。私はただ、レン殿の体温が下がらないようにだな…」
「それでもし私がいない間に蓮の目が覚めたら、そのまま…えっと…色々するつもりだったんでしょ!絶対そうだよ!」
「そ、そんな事をするわけがない!いや、絶対に無いとは言い切れないが…。というか前から聞きたかったのだが、ナナミ殿は一体レン殿の何なのだ!?」
「ふ、ふぇ!?わ、私が蓮の何って…?」
「おいおいお前達…」
俺が突然目の前で巻き起こった修羅場にあたふたとしていると、七海が意を決した様な表情で驚くような言葉を口にした。
「わ、私は蓮の許婚よ!」
「なッ!許婚だと!?くッ…だ、だが、許婚が解消されるなんて事はよくある話だ!」
「私達の国では、一度許婚になったら絶対に結婚する決まりなの!」
「な、なんだと…!な、ならば重婚なら…或いは…」
「ちょ、ちょっと待て七海。日本にそんな決まり無いだろう…。というか、いつ俺が七海の許婚に…」
「蓮はちょっと黙ってて!」
「そうだ!これは私とナナミ殿の話だ!レン殿は黙っていてくれ!」
「ええ…」
「アイシャ、ちょっと場所を変えましょう。一度アイシャとはとことん話をしておく必要があるわ」
「望むところだナナミ殿」
すると七海とアイシャは視線をバチバチと交錯させながら、テントの外へと出て行ってしまった。すると、二人と入れ替わるようにアイディールがテントの中へと入って来た。
「…どうしたんだいあの二人は」
「アイディールさん…。まあその、色々とあって…」
「まあ凡その予想は付くけどねぇ…。それで傷の方はまだ痛むかい?」
「あ、あれ?そういえば痛みが殆ど無い…」
「治癒魔法の心得のある者に治療をさせたから、しばらく安静にしていればすぐに完治するはずだよ」
「そうだったんですか。それは助かります」
「いいのさ、これくらいの事」
するとアイディールは優雅な身のこなしで姿勢を正し、俺に向けて頭を垂れてきた。
「…レン殿。此度の件、心から感謝するよ。レン殿とナナミ殿には返しても返し切れない恩を受けてしまった」
「…アイディールさん、頭を上げて下さい。俺達は友のために当然の事をしたまでです」
「レン殿の気持ちがどうであれ、二人がこの村を救った英雄である事に変わりは無いさ。村を代表して心からお礼を言うよ。その上でこんな話をするのは厚かましいかもしれないが…一つ頼みを聞いてはくれないかね?」
「…頼み?」
「アイシャの事だよ。もしレン殿が嫌でなければ、アイシャをレン殿達の旅に同行させてやってはもらえないだろうか?」
「アイシャを…ですか?」
「ああ。あの子は今までずっと過去にとらわれてきた。この村を何とかしようと自分の気持ちを犠牲にし続けてきた。でもあの子にはまだ未来がある。これからはあの子の自由にさせてやりたいんだよ。あの子だって本当はレン殿達と一緒に行きたいはずさ」
「…でもアイシャは何があってもこの村を守ると言ってました。それに今は戦士の数も足りてないんでしょう?アイシャが素直に一緒にそう言うとは思えないのですが…」
「その事なら心配しなくてもいいぞ」
すると突如入り口の方から聞きなれない野太い声が聞こえてきた。
俺が入り口の方に視線を移すと、そこには甲冑に身を包んだ筋骨隆々の男が立っていた。
「えっと、貴方は?」
「俺は隣街のオーリストで王国の駐屯兵団を纏めているギリアムという者だ。レン殿といったな。此度の件、誠に感謝する。黒い牙には俺達も相当手を焼いていたんだ」
「そうだったんですか」
「黒い牙は元々南方で暴れまわっていた盗賊団なんだが、最近こっちの方に流れてきていてな。それにしても君のような少年が一人で黒い牙を退けるとはな…。Bランクの冒険者ですら軽々と蹴散らすような奴らなんだぞ?」
「た、たまたま運が良かったんですよ」
「たまたま…ね。まあとにかく君には心から感謝している。それでさっきの話の続きなんだが、ギルカ族の村には俺の所から選りすぐりの兵士を警護要員として派遣させる事になった」
「なるほど、そういう事になってたんですね」
「あれからこの辺りを捜索したのだが、村の周辺にガズハールの姿は見当たらなかった。連れの女の子から聞いた話と状況から察して、恐らくどこかに仕込んでいた転送石でも使って逃げたのだろう。奴が消える前に、足元に魔方陣のようなものが現れなかったか?」
「確かに、ガズハールが何かを噛み砕いた後に足元に魔方陣のようなものが現れました」
「なら間違いないな。奴は転送石を使い、どこか遠方へ逃げたのだろう。だが今回の件で奴以外のメンバーは全員捕らえたし、これで黒い牙は事実上の解散だ。さすがの奴でも、警護が厳しくなったこの村を再び一人で襲おうとは思わないだろう」
「…そうですか。なら良かった」
「そういう事だよレン殿。この村はもう大丈夫さ。だからアイシャの事を…どうかお願い出来ないかい?」
そう言ってアイディールが再び俺に頭を下げてきた。
アイシャがもし一緒に行きたいと言うのなら、俺としても断る理由は無い。
まあさっきの様子を見る限り、七海と上手くやってくれるかどうかが心配なところだが…。
「…わかりました。アイシャが一緒に行きたいと言えば…ですが」
「おお…そうかい。ありがとうレン殿。レン殿なら安心してアイシャを任せられるよ」
「アイシャは強いですから、俺が手を出さなくても自分の身は自分で守れると思いますよ。もちろん不慮の出来事が起きた時は全力で守るので安心して下さい」
「…そういう意味で言ったんじゃないんだけどねぇ。これはアイシャも苦労しそうだよ」
「ふははっ!レン殿は腕は立つようだがそっちの方はまだまだの様だな」
「は、はぁ…」
「男は強いだけでは駄目だ。女心がわからないと一人前とは呼べないからな。…っと、少し話が逸れてしまった。レン殿にはこれを渡しておかないとな」
そう言うとギリアムは懐から拳大の皮の袋と一枚の手紙を取り出した。
「黒い牙のメンバーを捕縛した分の報奨金、金貨100枚だ。それとこの手紙をレン殿に渡しておく」
「これは?」
「これから王都に行くんだろう?王都の冒険者ギルドのマスターは俺の兄なんだ。冒険者ギルドでこの手紙を兄に見せれば色々と良くしてくれるだろう」
「そうなんですか。それは助かります」
これは良い物をもらってしまった。
初めて行く土地なのでどうなる事かと少し心配していたが、これで冒険者ギルドのマスターとの繋がりが出来るならとても心強い。
「…それにしても、それ程の腕前ならわざわざ冒険者にならなくても王国に仕官出来そうだがな。どうだ、俺が口利きしてやるからうちの駐屯兵団に来ないか?」
「い、いや。俺一応本職は料理人なので…」
「むう…そうか、それは残念だ。だがもし気が変わったらいつでも俺の所に来てくれ。歓迎するぞ」
ギリアムが心底残念そうな顔で俺にそう言ってきた。
その表情を見て何だか俺も少し居た堪れなくなり、七海とアイシャを探しに行くと二人に伝えテントを後にした。
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テントの外に出てしばらく歩いていると、訓練所の方から七海とアイシャが戻って来るのが見えた。二人の雰囲気を見る限り、どうやら和解はしているようだった。
「あれ、蓮どこか行くの?」
「いや、七海達を探しに来たんだ。それでもう話はいいのか?」
「ふふふ、まあね」
「うむ。私とナナミ殿はオトメドウメイというものを結成した。だからレン殿はもう何も心配しなくていい」
「…乙女同盟?」
「ちょっとアイシャ!それ言っちゃダメ!」
「む…そうか、それは済まない。レン殿、今のは聞かなかった事にしてくれ」
「あ、ああ。ところで、アイシャに話があるんだが」
「レ、レン殿から話だと?そ、それはオトメドウメイの規約に触れるような話なのか?」
「いや、俺その同盟の規約知らないから…。それで話なんだが、アイシャが良ければ俺達と一緒に来ないか?」
「…ッ!」
俺の言葉でアイシャが明らかに動揺したのが見て取れた。
やはりアイシャ自身も、それはずっと考えていた事なのだろう。
「アイシャが一緒に来てくれれば俺達も心強い。どうかな?」
「わ、私も…レン殿達と一緒に行きたい…だが…」
予想していた事だが、やはりアイシャの様子からは葛藤が伺えた。
この場で考えさせるのも少し酷だと感じた俺はアイシャに助け舟を出す事にした。
「明日改めてここを経とうと思ってる。一晩考えてみて、それから答えを聞かせてくれないか?」
「…わかった。即答出来ずに済まない」
「いいさ、気にするな」
こうして俺と七海はアイシャの返事を一日待つ事となった。
そして気付けば辺りはすっかり陽が落ちていたので、その日は解散しそれぞれのテントに戻った。
ちなみに余談だがテントに戻る最中、七海がずっと俺の腕を抓ってきて物凄く痛かった。
****
テントに戻った俺と七海は出発の準備を終え床に就いていた。
床に就いてからどれくらい経った頃だろうか。テントの外に人の気配を感じ、その気配で俺は目を覚ました。
「…誰かいるのか?」
「…私だレン殿」
「…アイシャか?」
「休んでいるところ済まない。少し外で話せないか?」
「…話?ああ、別に構わないよ」
その声の主はアイシャだった。
七海の方を見てみると静かに寝息を立てていたので、どうやらアイシャの訪問には気付いてないようだ。
俺は七海を起さないようにゆっくり床から起き上がり、テントの外に出た。
俺とアイシャはそのまま特に会話する事も無く、村の近くの湖畔に着くと並ぶようにして腰を下ろした。
そのまま暫く無言が続いたが、やがてゆっくりとアイシャが言葉を口にした。
「…レン殿。私は本当にそなた達と一緒に行っていいのだろうか」
「…村の事が気になってるのか?」
「もちろんそれもある。だが私は今回、奴を…ガズハールを目の前にして怒りを抑える事が出来なかった。もし旅の途中でまた奴と会う事があれば、その時はきっとまたレン殿達を巻き込んでしまうだろう…」
「…」
「今回はレン殿のお陰で何とかなったが…考えれば考えるほど怖いのだ。私はどうなってもいい、だがもし二人の身に何かあった時、私は…」
するとアイシャの目から一筋の涙がこぼれた。
そうか、アイシャは俺達の事を心配して一緒に行くのを躊躇していたのか。
「…アイシャ。今回の件で俺達はすでに奴と関わってしまった。アイシャが一緒に来ようが来まいが、奴と会う事があればその時はまた戦いになる事は必至だろう」
「…本当に済まない」
「別にアイシャが謝る事じゃないさ。今後命を狙われるリスクを背負ったとしても、俺は皆を守る事が出来て本当に良かったと思ってる」
「…レン殿」
「それに、奴が今の時点で俺達より強いなら、俺達がそれ以上に強くなれば良いだけの事さ。何も難しい話じゃないだろう?」
「…レン殿は本当にいつも前向きなんだな。何だか私の悩みがとてもちっぽけに思えてくる」
「楽観的過ぎるって七海にはいつも怒られてるんだけどな」
「…ふふ、そうか」
アイシャが俺の言葉で噴出すと、何だかその場の雰囲気が少し和んだような気がした。
そしてそのまましばらく二人で湖を眺めていると、アイシャが徐々にそわそわとし始めた。
「…どうしたアイシャ。寒いのか」
「い…いや…その…」
「?…寒いなら上着を貸そうか?」
「い、いやそうじゃない!そういえば、レン殿には助けてもらった礼をまだしてないなと思って…その…」
するとアイシャが湖の方向を見ながら、じりじりと地面を擦って俺との距離を近づけてきた。
そして気付けば俺とアイシャとの距離は腕と腕が触れ合うほどの距離に縮まっていた。
「ア…アイシャ?」
「…御免!」
すると次の瞬間、アイシャが俺を地面に押し倒し、そのまま馬乗りになってきた。
「ちょ、ちょっとアイシャ!?」
「…大丈夫だレン殿。痛くはしない。むしろ痛いのは私の方だと思う。村の女がそんな事を言っていた」
「ま、待て待て!早まるなアイシャ!」
「…早まってなどいない。それに、私の父と母もよくこういう事をしていた。だから…だから大丈夫だ…」
「いやいや、説明になってないって!何が大丈夫なんだ!」
するとアイシャが馬乗りになったまま詠唱を始め、身体強化の魔法を発動させた。
俺も何とか起き上がろうともがいてみるが、身体強化を使ったアイシャに肩をガシっと掴まれ中々起き上がる事が出来ない。
「…レン殿」
「ア、アイシャ…」
そしてアイシャが馬乗りになったまま、上体を俺の方に倒してきた。
アイシャの瞳は涙で潤んでおり、頬は紅玉の如く紅く染まっている。
月明かりに照らされたその表情はとても妖艶に見えた。
そして、俺とアイシャの唇が重なろうとしたその時…
「くぉらァァー!アイシャァァー!」
遠くの方から野獣のような声が聞こえたかと思うと、俺達の直ぐ傍にドスッという音と共に一本の矢が地面に突き刺さった。それと同時に、ドドドドという物凄い勢いでこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「…チッ、邪魔が入ったか」
「な、七海か」
「…どうやらこれは本気で逃げないと拙いな」
するとアイシャはすくと立ち上がり、七海の声がした方向の反対側へ走り出そうとしていた。
アイシャの馬乗りから開放された俺もその場から立ち上がるが、立ち上がった瞬間俺の右頬に何か柔らかい物が当る感触がした。
俺は驚いてその柔らかい感触がした方を向いてみると、零距離にアイシャの顔があった。
「…ア、アイシャ!?」
「…続きはまたいずれな、レン殿」
アイシャは俺にそう言い残すと、夜の闇の中へと走り去っていった。
そして俺が右頬に残った感触の余韻に浸っていると、後ろからまるで地鳴りのような声が聞こえてきた。
「レェェンンン…」
「ガ、ガズハール…!?」
「誰がガズハールよ!!蓮の馬鹿ぁぁ!!」
「ほげぶぅ!!」
後ろを振り向いた瞬間、俺は七海の強烈な張り手を左頬に喰らい数メートル程吹き飛ばされた。
そして俺は七海に襟をガシッと掴まれ、そのまま引き摺られるようにしてテントに戻った。
…今夜は長い夜になりそうだ。
****
翌日。
出発の準備を終えた俺と七海は、旅立ちの挨拶をするためにアイディールのテントを訪れた。
「おはようございます、アイディールさん」
「おはよう、レン殿、ナナミ殿。…というかその顔は一体何があったんだい」
「これはその…色々ありまして…あはは…」
「…ふん」
「…おやおや、なるほど。若いっていいねぇ」
「…そ、それでアイシャはいますか?」
「ああ、いるよ。アイシャ、レン殿達が来たよ」
アイディールがアイシャの名を呼ぶと、テント奥から旅の支度を整えたアイシャが姿を現した。
「おはよう、レン殿、ナナミ殿」
「…どうやら決心したみたいだな」
「…ああ」
するとアイシャが俺達の前に跪き、手に持っていた槍を地面に置いた。
俺はアイシャの突然の行動に驚き、その場で固まってしまった。
「…此度の件、二人には多大な恩を受けた。その恩を返すため、私は今後二人のためにこの槍を振るうと誓おう。どうか私も二人の旅に同行させてはもらえないだろうか?」
「…ア、アイシャ」
こんな事をされなくてもアイシャが一緒に行きたいと言うなら俺達は二つ返事で了承するつもりだった。
これはきっと、アイシャなりの決意表明なのだろう。
「…顔を上げてくれアイシャ。これだと何だか主従関係みたいじゃないか。俺はアイシャを一人の仲間として迎え入れたい」
「…レン殿。しかし…」
「そうよアイシャ。それに私達は友達であると同時にライバルなんだから、一緒に行くなら対等の位置にいないとダメなの」
「ラ、ライバル?」
「蓮はちょっと黙ってて。それと昨日の事は多めに見てあげるけど、乙女同盟の事は絶対に忘れちゃダメだからね」
「…ああ、昨夜の事はちょっとした気の迷いだ。オトメドウメイの事は忘れてないから安心してくれ」
「本当かなぁ…。まあいいや、それでアイシャは仲間として一緒に来てくれるのかな?」
「…ナナミ殿」
昨夜の件があり、七海とアイシャが鉢合わせたらどうなる事かと心配していたが、どうやら俺が心配していたような事態にはならなかったみたいだ。
むしろ、七海がアイシャに対して優しく説得しているようにも見えた。俺には全く理解出来ないが、これが女同士の友情というやつなのだろうか。
俺がそんな事を考えていると、アイシャがすくと立ち上がり、気を張り詰めていた様な表情を崩し、俺と七海に向けて言葉を発してきた。
「…二人の心遣いに感謝する。では一人の友として、二人の旅に同行させてもらいたい。それでも良いか?」
「ああ、もちろん大歓迎さ」
「ふふ、こうなると思って先に乙女同盟作っておいてやっぱり正解だったよ」
「だからその乙女同盟って何だよ…」
「蓮は知らなくていいの!」
「ふふ、そうだな。レン殿は知らなくて良い」
「…何なんだ一体」
困惑する俺を余所に、二人は楽しそうに笑い合っていた。
まあ長い旅になる事だし、ギスギスしてるよりはマシか。
そんな事を思っていると、アイシャが俺の方を見て何かを言おうとしてきた。
「…レン殿」
「ん?」
「不束者だがこれから宜しく頼む!」
アイシャはそう言うと、満面の笑みを俺に向けてきた。
というか不束者って結婚する時に言う言葉じゃ…まあいいか。
こうして、俺達の旅に晴れてアイシャが同行する事となったのだった。
****
アイディールに別れを告げた俺達は、村の入り口へと向かった。
すると村の入り口には、シンを筆頭とした若い戦士たちが俺達の見送りに来てくれていた。
「兄貴!もう行っちゃうんすか!」
「また絶対に来て下さいね!兄貴!」
「兄貴!俺、兄貴となら男同士でもいいっす!いつでも待ってるっすから!」
俺は若い戦士達の熱烈な見送りに少したじろいでしまった。
というか、途中で物騒な言葉が聞こえてきた気がするんだが…。
俺が苦笑いを浮かべていると、先頭にいたシンが俺に歩み寄ってきた。
「…もう傷は大丈夫なのか?」
「ああ、村の治癒師に治してもらったからな。もう大丈夫だ」
「…そうか、それなら良かった」
俺の言葉でシンが安堵したかと思うと、今まで一度も見せた事がないような柔らかい表情で俺に話しかけてきた。
「…レン殿…いや、レン兄。本当に…本当にありがとう。俺達はこの恩を絶対に忘れない。また近くに来たら必ず立ち寄ってくれ」
「…ああ、必ずまた来るよ」
「それとアイシャ姉、この村は俺が…いや俺達が強くなって必ず守る。だからアイシャ姉は何も心配しないで行ってきてくれ」
「…シン。…わかった、村の事は頼んだぞ」
「ああ、任せおいてくれ。それとレン兄、アイシャ姉を泣かすなよ?」
「…え?あ、ああ」
「ははッ!」
俺がその問い掛けに対し戸惑っていると、シンが声を出して満面の笑顔で笑った。それに釣られてか、後ろにいた若い戦士達も一緒になって笑っていた。
恨めしそうな顔をして俺とアイシャの事を交互に見てきた奴がいたような気がしないでもないが…ここは気にしないでおこう。
そしてシン達に別れを告げ、俺達は村を後にした。
「色々あったけど、いよいよだな」
「そうね、王都はどんな所なのかな?」
「ギリアム殿の話では、人の数は十万を優に越すと言っていた。かなり大きな街だそうだ」
「…そうか、それは楽しみだな。よし、行くか!」
「あ、ちょっと蓮!水蓮亭!」
「…そうだった」
「ほほう…おっちょこちょいなレン殿も中々…」
「何か言ったか?」
「いや、別に何でもない」
紆余曲折あったが、こうしてアイシャという新たな仲間を加え、俺達三人は王都リムドガルトに向けて旅立った。
だがこの旅立ちが、今後俺達が巻き込まれていく事となる出来事の序章に過ぎなかった事など、この時の俺達には知る由も無かったのだった。
一応これで一章は完結です。
二章は王都編の予定です。
二章に入る前に幕間を書くかもですが、何も思い浮かばなければそのまま二章突入です。
こんな行き当たりばったりの作品ですが、今後ともよしなに…。




