第十一話
蓮が盗賊の頭と戦う話。
修正・加筆の可能性大です。
ギルカ族の村の皆に挨拶を終えた俺達は水蓮亭へと戻り、王都に向けて出発するための準備を進めていた。
「いよいよね、蓮」
「ああ、そうだな。とりあえず王都に着いたら宿を取ってから市場を回ってみよう。おっと、その前に冒険者ギルドにも登録しないといけないな」
「アイシャの話だと魔物から獲れた素材はギルドで買い取ってくれるみたいだしね」
この四ヶ月で俺と七海が狩った魔物の数は優に千を超える。一匹分の素材がどれくらいの値段で売れるかはわからないが、売れば恐らくそれなりの金にはなるだろう。
王都に着いてからの当面の目標は土地を買う金を貯める事だ。土地さえ手に入れば水蓮亭を展開させて、そのまま店を開く事ができる。
しばらくは宿に泊まりながらギルドでの仕事をこなす事になるだろうが、その間にこの世界の情報を仕入れたりしよう。可能ならば人脈も作っておきたい。店を開くには国か役所に許可を取らないといけないだろうしな。
「これでよし…と。とりあえずこんなものかな」
「こっちも終わったよ!後は出発の前にお店をしまうだけだね」
「そうだな。よし、まだ少し早いけど明日に備えて今日は早めに寝ておくか」
「えー!まだ眠たくないよー」
「明日は山を越えるんだ。寝不足だと辛くなるぞ?」
「むー。じゃあさ、眠たくなるまで蓮が何かお話してよ!」
「お話って…。この四ヶ月ずっと七海と一緒にいたんだぞ。目新しい話なんて何も無いんだが…」
「ぶーぶー!蓮のいけず!」
「いや、いけずって言われても…」
俺は結局そのまま七海が眠たくなるまで他愛の無い話をさせられる羽目になった。
本当に他愛の無い話だったのだが、七海は俺のそんな話をとても嬉しそうに聞いていた。まあ楽しんでもらえたならそれでいいか。
****
ベッドに入ってどれくらいの時間が経っただろうか。
俺は何か胸騒ぎを感じてふと目を覚ました。時計を見てみると、午前0時を過ぎたところだ。
「…なんだ、この臭いは?」
目を覚ました俺は微かに何かが焼けているような臭いを感じた。マジックコンロの火は消してあるはずだし、今の水蓮亭は(すいれんてい)ガスが通ってないからガス漏れの心配も無い。
俺は外で何かあったのかと思いカーテンを開けてみる。すると少し離れた場所で、まるで火の手が上がっているかのように何かが赤く光っているのが見えた。
「あの方角は…まさか!」
するとその時、ドンドンと何かが入り口を叩く音が聞こえた。…魔物か?いや、それにしては随分と叩き方に規則性がある。
「…俺だ!シンだ!頼む、ここを開けてくれ!」
声の主はシンだった。
あの赤い光にシンの突然の訪問。恐らくギルカ族の村で何らかのトラブルがあったのだろう。
俺が一階に降りると、七海もシンの声で目が覚めたのか、少し遅れて二階から降りてきた。そして俺が入り口を開けると、そこには焦燥しきったシンの姿があった。
「どうしたんだシン。村に何かあったのか?」
「…はァ…はァ…。村が…盗賊に…黒い牙に!」
「何だって!?」
俺がシンの言葉に驚いていると、シンが倒れこむようにして、膝を付いて俺達に向けて頭を垂れてきた。
「た、頼む!村を…アイシャ姉を助けてくれ!」
「村のみんなは、アイシャは無事なのか!?」
「ア、アイシャ姉は今大剣の男と一人で戦ってる…。多分アイツが頭だ…。俺の力じゃどうにも出来なかった…」
「…例の男か」
「アイシャ姉は俺に隣町に応援を呼んで来るように言った…。きっとお前達の事を巻き込みたくなかったんだろう…。だがアイツを止められるのは恐らくお前達しかいない!頼む!この通りだ!」
シンが額を地面に何度も叩きつけながら必死の形相で懇願してきた。あのプライドの高いシンがここまでするのだ。きっと俺が想像も出来ない程の強い思いを持ってここまで来たのだろう。
俺はお気に入りの機能を使い一瞬で装備を展開させた。七海もすで状況を察しており、準備を終えている。
「俺はこれから急いで村まで行く。悪いが七海はシンを背負って隣街まで応援を呼んで来てくれ」
「ええ!?蓮一人で行くつもりなの!?」
「七海が走った方が早いだろう。シンは七海に道案内を頼む」
「わ、わかった…!」
「七海はシンを隣街に送り届けたら急いで村まで来てくれ。それまでは俺が何とかしておく」
「…もう、わかったよ!でも私が行くまで絶対に死んじゃダメだからね!」
「ああ、わかってるよ」
「アイシャ姉を…村を頼む…」
「任せろ。村のみんなも、そしてアイシャの事も必ず助けるさ」
「よし、それなら早くしないと!ほらシン君、早く立って私の背中に乗って!」
そして七海はシンを背中に乗せると、無詠唱で身体強化を発動させた。シンの話だと、村から隣街まではシンが全力で走って片道30分程だそうだ。だが七海の速さなら、恐らくここからでも往復で20分かからないだろう。
「じゃあ行くよ!振り落とされないようにしっかり掴まっててね!おりゃぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょっと待っ…!うわぁぁぁぁぁ!!」
七海が勢い良く地面を蹴ると、シンがまるでロデオにでも乗ったかのように頭をガクガクと揺らされながら絶叫を上げた。そしてその姿はあっという間に闇の中へと消えていった。
「よし…、俺も行くか」
それにしても俺達を巻き込みたくなかった…か。アイシャらしいと言えばアイシャらしい言葉だ。
「…ったく、水臭い事言いやがって。待ってろよアイシャ!」
そして俺も七海の後を追うようにして、夜の闇の中へとその身を投じた。
****
身体強化を使い全力で走っていると、数分で村の入り口が見えてきた。どうやら火の手は入り口付近で上がっているようだ。
そして村に着くと、俺が訓練を付けた若い戦士達が必死に盗賊達の足止めをしていた。だが善戦はしているが、どうやら徐々に押し込まれているようだ。すると一人の戦士が盗賊に足払いで地面に倒され、今まさに殺されようとしていた。
「へっ!手こずらせやがって!死ねやァ!」
「うわぁぁ!!」
俺は一瞬で盗賊の背後に周り、手刀で盗賊の襟首を打ち抜いた。すると盗賊はぐるんと白目を向きながらその場で気絶した。
「立てるか?」
「あ…兄貴…!!」
「よく頑張ったな。少し待っててくれ」
倒れていた若い戦士にそう告げると、俺は猛スピードで移動しながら盗賊達の首筋に次々と手刀を見舞っていった。
「がッ…!?」
「な、何だ!?見えねぇ何かに攻撃されて…うがッ…!!」
「ひいい!助けてく…ぐげぇッ!!」
そして俺は二十人程いた盗賊を気絶させ、入り口付近を制圧させる事に成功した。だがそこにアイシャの姿は無かった。俺がアイシャの姿を探していると、若い戦士達が俺の元に集まってきた。
「兄貴!来てくれたんですね!」
「うう…兄貴!俺感激っす!」
「兄貴の本気、半端無いっす!俺一生兄貴に付いて行くっす!」
「済まないが話は後だ!アイシャはどこにいる?」
「ア、アイシャさんは大剣を持った大男と戦いながら村の外れの訓練場の方に向かいました!多分、俺達を巻き込みたくなかったんだと…」
「訓練場だな…わかった。俺が向かうから、お前達は気絶してる盗賊達を縛り上げておいてくれ」
「「「はい!!」」」
俺はその場を若い戦士達に任せ、アイシャと大剣の男が戦っているという訓練場へと急いだ。
****
入り口から訓練場に向かう途中、激しい戦闘の跡と思われるものが所々に見て取れた。だが幸いにテントの中から人の気配はしなかった。若い戦士達の足止めが効を奏したのか、皆既にどこかへ避難しているのだろう。
「アイシャ、無事でいてくれよ…」
俺はアイシャの無事を祈りながら、訓練場に向けて歩を進める速度を更に上げた。
そして訓練場に着くと、地面に膝を付け、今まさに大男の大剣が振り下ろされようとしているアイシャの姿がそこにあった。
「…ッ!拙い!」
俺は咄嗟に鞘からナイフを抜き去り、二人の間に割って入り大男の大剣を受け止めた。攻撃を受け止められ大男が怪訝な表情を浮かべたが、俺はそれに構わず振り返りアイシャに声をかけた。
「…大丈夫か。アイシャ」
「レ、レン殿…?何故ここに…」
アイシャがまるで幻でも見ているかのような表情を浮かべている。
そしてよく見てみると、アイシャは体の至るところに痣や切り傷を作り、その姿はまさに満身創痍といった状態だった。
「…少し待っててくれ。こいつは俺が何とかする」
「…今のは俺の聞き間違いか?テメェみてぇな小僧が俺様を何とかす…」
「隙だらけだぞ、オッサン」
俺はがら空きになっていた大男の鳩尾に渾身の左ストレートをお見舞いした。俺の殴打をモロに喰らった大男は数メートル吹き飛び、そのまま壁に激突した。
「俺の友人に随分と手荒な真似してくれたみたいだな。礼はさせてもらうぞ」
「ぐ…テ、テメェ…一体何モンだ…」
「俺か?俺はこの子の友人でただの料理人だよ」
「…料理人だと?…冗談言うモンじゃネェぜ。俺をただの殴打で吹き飛ばすようなヤツがただの料理人な訳がねェ…」
大男は血反吐を吐きながらゆっくりと立ち上がり、俺を正面に見据え大剣を正眼に構えた。結構本気で殴ったつもりだが、やはりそれなりに頑丈だな。
俺はその大男に鑑定をかけてみる。
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ガズハール 41歳 男 レベル:48
職業:剣士 魔法適正:無
HP:1519
MP:520
筋力:421
体力:462
器用:361
敏捷:418
魔力:298
耐性:351
スキル
・剣術LV5
サブスキル
生活魔法LV5・気配察知LV4・隠密LV5・威圧LV5・サバイバルLV6
ユニークスキル
・なし
加護
・なし
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…なるほど、さすがにこの強さだとアイシャが苦戦するのも無理は無い。だがこれくらいなら身体強化を使えば一気に押し切れるはずだ。
「…小僧。テメェこの村の人間じゃねェな。入り口には俺の仲間がいたはずだが、どうやって入って来やがった…」
「お前の仲間なら全員眠ってもらったよ」
「な、何だと!?テメェ一人でやりやがったのか…!」
俺は驚愕の表情を浮かべている大男を余所に、無詠唱で身体強化をかけ直す。今の俺のレベルだと5分程で効果が切れてしまうが、それだけ時間があれば十分だろう。
そして俺は大男元い、ガズハールに対してナイフを身構えた。
「む、無詠唱で身体強化だと…!?」
「さて、覚悟はいいかオッサン」
「ぐッ…!調子に乗りやがってこのクソ餓鬼がァ!」
するとガズハールが巨躯に見合わぬ物凄い速さで大剣を振り回してくる。だが俺はガズハールを優に上回る速さで大剣を避け、殴打や蹴りでガズハールに対してじわじわとダメージを与えていった。
「ぐッ…!クソがァッ!!」
「どうしたオッサン。アイシャが受けた痛みはこんなものじゃないぞ」
「…うるせぇ!この野郎ォォ!!」
するとガズハールが怒りで我を忘れ、大振りの袈裟切りを放ってきた。俺はその斬撃をかわすと同時に一瞬でガズハールの後方に回り、襟首に渾身のハイキックを見舞った。
「ぐァァッ!!」
俺の蹴りでガズハールは前方に錐もみ状態で吹き飛んでいった。さすがの巨躯でも、首といった急所にまともに攻撃を受けたら大ダメージを受けるのは必至だろう。
俺はフラフラになりながら立ち上がろうとしているガズハールに近付き、首元にナイフを突きつけた。
「お前に勝ち目は無い。大人しく降参しろ」
「…ぐッ。殺さねェのか…」
「…本当ならこのままアイシャに仇を取らせてやりたい。だがお前みたいなゲスの血でアイシャの手を汚してほしくはないからな」
「…へッ。言うじゃねぇか小僧」
「それに俺もお前みたいな殺人狂じゃ無いんでな。もう直ぐ隣町の応援が村に着く。お前はその時に兵士に引き渡すからそのつもりでいろ」
「…クソが」
するとガズハールが大剣から手を離し、両手を挙げて降参のポーズを取った。俺もそれを見てナイフを鞘に収める。
「アイシャ、動けるか?悪いがコイツを縛る縄を持ってきて…」
「…くはは。甘ェ野郎だ…」
それは一瞬の出来事だった。
俺がナイフを収めアイシャに声をかけた瞬間、俺の視界から一瞬でガズハールの姿が消えた。
「…ッ!?」
「…こっちだ小僧」
ガズハールの声が俺の後方から聞こえてきた。
そして次の瞬間、俺は今まで味わった事の無いような物凄い衝撃を脇腹に受けた。
「ぐッ…!?」
物凄い衝撃と共に俺は宙を舞った。俺は吹き飛ばされながらも何とか空中で体勢を立て直し、受身を取りながら地面に着地する。だが着地すると同時に脇腹に物凄い激痛が走った。良くてヒビ、最悪肋骨が何本か折れているかもしれない。
「ゲ…ゲホ…。い、一体何が…」
「…ふはははは!!油断しやがったな小僧!!」
ガズハールが無手のまま、俺の方を見て不快な笑みを浮かべた。大剣は地面に置いたままだ。なら俺は何に攻撃された?ガズハールは体術のスキルを持っていないはずだ…。
「…不思議そうなツラしてるなァ。聞くがテメェ、恐らく鑑定持ちだろう?」
「…なッ!」
「はッ!やっぱりそうか。テメェが俺を見据えた時だが、一瞬口元が緩み全体から隙が生まれた。これは鑑定持ちのヤツが自分より低いステータスの人間を見た時によく出る癖だ」
ガズハールの指摘を受け俺は驚愕した。確かにガズハールに鑑定をかけた時、自分よりステータスが低い事で油断をしたのは確かだったからだ。
「そしてその後テメェはすぐに身体強化を発動させた。これはつまり俺とテメェの素のステータスにそこまでの差が無かったって事だ」
…俺はどうやらこのガズハールという男を甘く見ていたらしい。見た目通りの脳筋タイプかと思っていたが、どうやら頭も相当切れるようだ。
「…それで、テメェは俺様にどうやって攻撃されたか理解出来てねェんだろう?」
「…お前は体術のスキルを持ってないはずだ…。それに大剣は地面にある。なら何で…」
「…答えはこれだ」
するとガズハールが指にはめてあった指輪を外し、俺に見せてきた。
「これは秘匿の魔石をはめ込んだ指輪だ。秘匿の魔石は隠蔽のスキルと同じでステータスを改ざん出来る。更にこの魔石を身に付けてる人間には鑑定が一切通用しねぇ。例えどんな高レベルの鑑定スキルだとしてもな」
「…まさか」
「さあ、もう一度俺に鑑定をかけてみな。テメェの疑問が解けると思うぜ」
そして俺は言われるがまま、改めてガズハールに鑑定をかけてみた。すると…
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ガズハール 41歳 男 レベル:73
職業:剣豪 魔法適正:無
HP:3680
MP:1890
筋力:1180
体力:1210
器用:921
敏捷:954
魔力:521
耐性:836
スキル
・剣術LV8・体術LV8・無属性魔法LV7
サブスキル
生活魔法LV10・気配察知LV8・隠密LV8・威圧LV8・サバイバルLV10
ユニークスキル
・なし
加護
・なし
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「…ッ!!!」
「くはは!どうやら理解できたみてェだな。俺とテメェの力量の差ってやつをよォ!」
「…何故わざわざこんな事をする」
「何故だと?相手を油断させるのは立派な戦術の一つだぜ。それに俺様はテメェみてぇな正義感に溢れたヤツが一番嫌ぇなんだ。そんなヤツに一度は勝利を確信させ、そこから絶望の淵に落とす。これほど快感な事は無い」
「…変態野郎め」
「…テメェの驚いた表情も最高だったぜェ!本気で勝てると思ったのか?このガズハール様によォ!!」
「くッ…!」
「それとなァ、身体強化っていうのはこうやって使うんだぜェ…。よく見ておきなァ!」
ガズハールは俺にそう言うとまるで地鳴りの様な声で詠唱を始めた。そして最後に「強化」と口にすると、俺の身体強化とは比べ物にならない程の力強い光がガズハールの体を包んだ。その白い光はまるで電撃の様にバチバチと音を立て、更に髪は怒髪天を衝いていた。
「アイシャ!急いでここから離れろ!巻き込まれるぞ!」
「だ、だがレン殿が!」
「いいから早く!!」
「くッ…!」
俺の言葉に、アイシャがまるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。だが自分にはこの場をどうする事も出来ないのを悟ったのか、アイシャは俺を一瞥するとそのままどこかへと走り去っていった。
「…人の心配してる余裕があるのかァ?」
「…ッ!!」
俺はガズハールの声に慌てて視線を戻すと、不敵な笑みを浮かべているガズハールの姿が目の前にあった。俺は咄嗟に手に持っていたナイフで牽制するが、まるで瞬間移動でもしたかのように俺の視界からガズハールの姿が一瞬で消えた。
「…なッ!消え…」
「…こっちだ」
すると俺の真横から低い声と同時に、刃物が風を切る音が聞こえてきた。俺はその音に何とか反応し、ギリギリのタイミングでその斬撃をナイフで受け止める。
「ぐッ…」
「ほぅ…、俺様の本気の一撃を止めるか。そんな事が出来るヤツは帝国の騎士団にも中々いねェぞ」
「…帝国の騎士団だと?」
「俺はなァ、こう見えて元々帝国の騎士団で部隊長をやってたんだ。人を殺して賞賛される、あんな美味い仕事は無かったぜェ」
「…じゃあ何故今は盗賊の頭なんてやってるんだ」
「人を殺す衝動を抑えられなくなっちまったんだ。騎士団にいたら命令があった時にしか人を殺せねェ。だが盗賊なら殺したい時に人を殺せるだろォ」
「…この屑野郎め」
「…ふはは!いいねェその表情!もっと俺を興奮させてくれよォ!!」
そしてそこから始まったのはガズハールによる一方的な蹂躙劇だ。
脇腹の痛みを堪えながら必死にガズハールの攻撃を避けるが、防戦一方となった俺はじわじわと体力を削られていった。
「おいおいどうしたァ、避けてるだけじゃ俺様は倒せねェぜ!」
「…くそッ!」
俺はガズハールの挑発に乗り、大振りの斬撃をガズハールに見舞う。だがその斬撃はガズハールの大剣の腹で軽々と受け止められてしまった。
「…隙だらけだぜ小僧!」
次の瞬間、俺はガズハールの強烈な蹴りを鳩尾にモロに喰らってしまった。地面に倒れ込み痛みで翻筋斗打っていると、ガズハールが俺の首筋に大剣を突きつけてきた。
「が、がはッ…」
「もう終ぇか。だがテメェは中々強かったぜェ。どうだ小僧、テメェ俺様の仲間にならねぇか?テメェの実力ならすぐに俺様の右腕だ。人を殺す快感をたっぷり教えてやるぜェ」
「…冗談言うな。誰がお前みたいな変態の仲間になるか」
「…くはは!最後まで口の減らねぇ野郎だ。なら少し惜しいがテメェはここで殺しておく。生き延びられると後々厄介になりそうだからなァ」
「…」
「…じゃあな小僧。あの世で俺様に手を出した事を何万回と後悔しろやァ!」
ガズハールが勝利を確信したような表情を浮かべ、大剣を大上段に振りかざす。
普通なら死を覚悟する場面だが、俺はその時ガズハールに生まれた僅かな隙を見逃さなかった。
俺は尻餅を付いたままお気に入りの機能を使い、予め登録しておいた一本の槍を右手に展開させた。
「…相手を油断させるのも立派な戦術の一つだったな!」
「なッ…!その槍どこから…まさかテメェ、マジックボックス持ちか!」
そして俺は驚愕の表情を浮かべているガズハールの左肩に槍を突き刺した。
ギルカ族の戦士が束になっても敵わなかった男だ。俺はこういう展開になる事も予測して、予めこの槍をお気に入りに登録しておいたのだ。
ちなみに俺が使ったのはただの槍では無い。痺れの槍といって、一突きでドラゴンすら動けなくさせるような代物だ。
「な、何だ…!?か、体が動かねぇ!」
ガズハールが体の自由を奪われ地面に膝を付いた。だが俺ももう指一本動かす力すら残っていない。
するとその時、遠くの方から聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「ちょっと蓮!あれほど言ったのに何で死にそうになってるのよ!」
「…な、七海か。ナイスタイミング」
七海が弓を展開し、ガズハールに向けて弦を引き絞った。良く見ると矢じりに赤い液体が塗られている。恐らくあれは大型の魔物を捕獲する時に七海がよく使う眠りの矢だろう。
「…今度こそ終わりだオッサン」
「チッ…新手か!まさか俺様がここまで追い込まれるとはな…」
だがそう言うとガズハールは不敵な笑みを浮かべ、口の中で何かをガリと噛み砕いた。すると次の瞬間、ガズハールの足元に魔方陣のようなものが展開された。
「…小僧。テメェのツラは覚えたからな」
「…ッ!七海!撃て!」
俺の声に反応した七海が眠りの矢をガズハールに向けて放つ。だが次の瞬間、俺の目の前から魔方陣と共にガズハールが一瞬で消え去り、七海の放った矢は地面に虚しく突き刺さった。
「…くそ、逃げられたか…ぐッ…!」
戦いの緊張感から開放されると同時に、全身に猛烈な痛みが走った。そんな俺の様子を見て、七海が心配そうな表情で俺に駆け寄ってきた。
「蓮!」
すると七海が手に持っていた弓を放り投げ、物凄い力で俺に抱きついてきた。ボロボロになった俺の姿を見て錯乱状態に陥ったのか、七海は力の加減が全く出来ていない。徐々に俺の体からミシミシと悲鳴が上がった。
「な、七海さん…し、死ぬ…マジで…」
「え…!ちょっと蓮!大丈夫!?蓮!!」
そして俺は七海に肩をガシっと掴まれ頭をガクガクと揺さぶられ、そのままゆっくりと意識を手放したのだった。
どうやらラスボスは七海だったみたいです。




