不器用な父の愛情表現
それは父と初めて二人きりで外食した時のこと。
「お前、箸の持ち方が綺麗だって言われない?」
唐突に父が言った。箸の持ち方なんて気にして無かったから、私はそれを褒め言葉とは受け取らなかった。
「そんな事、言われた事ない」
「そうか…」
父は口下手な人で、中身のある会話はあまり長く続かない。私は沈黙を好む方だから、別にやかましく喋ってくれなくて良いのだけど、父は娘となんとか会話したいらしく、必死に言葉を探しているのが感じられた。
「箸の持ち方、俺とママで必死に治したんだぞ。どこに出しても恥ずかしくないようにな。箸くらい使えないとだもんな」
幼稚園の頃は酷く癖のある握り箸で、箸が上手く使える友達を見て、両親に「箸の持ち方を教えて」と言ったのを覚えている。幼いながらに、大人になるにあたって、箸は正しく扱えないのはカッコ悪いと思ったのだろう。我ながら、ませた子供だったな。
「お前、お腹いっぱいなら、無理して食べなくていいんだぞ」
父は私の食事のペースが落ちたことに気づいたらしい。細かい所を見ている人だ。きっとこれが、母を苛立たせる原因なんだろうな。
「嫌だ。世の中にはご飯食べれない子だっているんだよ」
私は米粒一つ残さないで食べるよう心がけている。小学生の時、給食を残す生徒に対して先生が「世界にはご飯が食べられない子もいるのよ」と言っていたのが衝撃的で、それ以来、私は出された食事を残す事に罪悪感を覚えるようになった。幸い、嫌いな食べ物も食品アレルギーもない。つまり、残す理由は無いのだ。
「お前は優しいな。そう思っても実行する人間の方が少ない」
「そうかな。もう習慣みたいなものだから、あんまり意識してない」
「いい事だ。品格って言うのはそういう細かい事の積み重ねだと思う。いつもそうしていて習慣になっている人と、特別な時だけそうする人とじゃ全然違う。お前は品のある女性になりなさい」
こういう説教くさい所も、きっと母を苛立たせる要因の一つだ。
「箸の持ち方だとか、ご飯を残さないだとか、お前のそういう所を見て、いいと言ってくれる人と結婚しなさい」
「…」
これには少し息が詰まった。今までは食べるのが遅いだの、三角食べをしろだのと悪い所ばかり見られてきたからだ。そういえば、母も好き嫌いがないし、綺麗にご飯を食べる人だったように思う。
「俺はそういう女性の方がいいし、また食事に来たいと思う」
「なら、また連れてきてよ」
「おっ、なら月に一度、デートするか?」
「うん」
こうして、私は月に一度、父と外食する日を持つ事になった。あと何回、こうして食事に来れるだろうか。そう思うと、たくさんありがとうを言いたいなという気持ちになる。時間の許す限り、私は父とデートに行きたい。