表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジック・デッド・サーヴァント  作者: 浅咲夏茶
第一章 召使と獣
8/50

肉じゃが作り 01

「奏汰様は、くだらない理由で私をトイレに行かせないような真似をしたのですか……?」


 唯依がトイレから帰ってきた後、奏汰は唯依に事情を話した。唯依のタメ口が見たかったゆえに犯した過ちであることを、奏汰はまず唯依に報告し、それから事情を話した。


 唯依は、決して怒るような真似はしなかった。ツンデレのキャラであれば、今、この段階で自分は頬でも背中でも叩かれていただろう、と奏汰は思った。


「あの、奏汰様。奏汰様って、敬語を使う召使が嫌いなんですか? 嫌なら私は……」

「いや、別に俺は敬語を使うとかタメ口を使うとか、そんなの気にしてないから大丈夫。ただ、お前が敬語じゃなくてタメ口を使っているところを見てみたいなって思って。だからさ、さっきみたいにくだらない理由で唯依を傷つけちゃってさ。本当に、ごめん……」


 奏汰は、「この通りだ」という文字の如く、土下座をしようとその場にしゃがみ込んだ。しかし、奏汰に土下座させるのは召使としてどうなのか、と思った唯依は、土下座する奏汰を前にして、動揺した。そして、奏汰に怯えるような声で告げた。


「た、確かにその、私も女ですから、トイレ系は勘弁して頂きたいと思っていますが、奏汰様に土下座して欲しい訳ではないのです。だから、土下座なんてやめてください……」


「唯依……。ほ、本当に、お前は俺を許してくれるのか……?」


 なんという惨めな奴なんだろうか、と奏汰は思った。自分が犯した過ちに対し、こんなふうにして解決するなんてなんて惨めなんだろうか、と奏汰は思った。でも、奏汰には自分を惨めだと思うこと以外に、それといって生まれてくる感情はなかった。


「奏汰様は、本当に許し難いことをしてくれたのですが、私はさっき言いました。『好きでもない人の召使にはならない』と。まあその、私が奏汰様を思う気持ちは変わっていませんから。だから、つまり、私は奏汰様のした行為を許します――」

「そ、そっか……。ほ、本当に俺を許してくれるんだな……。有り難う……」

「そんな暗い声で言わないでください、奏汰様。私の主人はそんな人ではないはずです」


 唯依がそう言うだけで、奏汰の暗闇が少し晴れた。自分がした行為に関して、彼女はそれほど追及してくるような訳ではなかった。その為か、奏汰には唯依が天使のように見えていた。言葉の件もあったが、金髪だからそう見えても当たり前なのかもしれない。


「あ、あの、奏汰様? ご夕飯、どうされますか……?」

 目の前の唯依を天使として奏汰が認識し、妄想に浸ろうとし始めた時だった。唯依は、奏汰がそんなことを考えているなど思いもせず、夕飯のことについて聞いた。

「そうだな……。まあ、別に俺が手伝ってやらないものでもないが……」

「じゃ、じゃあ、その、奏汰様。あの、私と一緒に、肉じゃが……つ、作りませんか?」


 奏汰が途中、「何?」と聞こうとしたのを振りきって、唯依は話を続けてそう言った。奏汰は、別に肉じゃが程度だったら自分にも出来る、と思っていた。だから、直ぐにその唯依の提示した条件を呑んで、肉じゃがづくりに協力することになった。


「そ、それでは材料を拝見しますね……」


 彼女は自分の家で無いような言い方をした。居候するのだから、もっとタメ口聞いてもいいのに、と奏汰は思ったが、あまり思いすぎるのもどうかと思い始めた。何しろ、ついさっきのことを繰り返すのは避けたかった為だ。自分を反面教師にしようと思った為だ。


「ど、どうかしましたか?」

「い、いや、考え事をしていただけだ。ああ、取り敢えず肉類は冷蔵庫の中にあると思う。何か足りないものがあれば、それこそ近所のスーパーマーケットにでも行って……」


 奏汰は、自分で冷蔵庫を管理していたとはいえ、作る料理は偏っていたと言っても過言ではなかった。確かに、野菜料理は取り入れていたが、おかずが二品目に対して野菜が一品目のみであったため、バランスがいいメニューとは到底言えなかった。


 だが、野菜料理も作れるということも有り、奏汰が作れる料理のレパートリーは豊富である。しかしながら、料理を作っても好みは人それぞれであるため、奏汰が好きな味が、イコールで唯依が好きな味になるとは断言することは不可能である。


「そうですね。ただ、確認してみたんですが、そこまで足りないものはないですよ? まあ、調味料系はまだ確認が済んでいませんが、肉やじゃがいも、人参は有ります」

「そっか。ああ、調味料はキッチンの棚の右側から二番目のところ――」

「ああ、これですね。はい、大丈夫です。有りました、奏汰様」


 味醂、醤油が入ったそれぞれのペットボトル容器と、酒の入った緑色の瓶を唯依は手に持った。そして、それを調理台の上に置いて奏汰に聞いてきた。


「それで、奏汰様。冷蔵庫とか覗いても良かったんですか? 一応、私は今日奏汰様の家に居候させて貰ったばかりの召使ですし、もう少し仲良くなってからと言いますか……」

「そうかな? まあ、俺はそういうことは気にしないしな。確かに、女の子だからって躊躇うことも有るけど、唯依の場合は直ぐに打ち解けちゃったというかさ、さっきああやって虐めたのも、そうやって打ち解けたせいだからさ……」

「ということは、奏汰様にとって、私は『家族同然』のものということですか?」

「そういうわけになる……のかな? まあ、それは唯依がどう受け取るかだと思うぞ?」

「要は、『信じるか信じないかはあなた次第』というふうなことでいいのでしょうか?」

「ああ、概ね方向性は間違っていないぞ。というか、殆ど、いや、全然間違ってないな」


 最初に概ね、という言葉を使ったことを取り消し、奏汰は冷凍庫から肉を取り出した。


「で、唯依。俺は何を手伝えばいい? 『肉じゃが』を作ろうと言いだしたのは唯依なのだから、恐らくレシピは知っていると思うが……。知ってなかったか?」

「あ、は、はい。知ってませんでした。ただ、私は肉じゃがが好きなので……」

「チョコレートや大福とかは?」

「チョコ……レート? 大福……? ――あの、奏汰様?」

「どうしたんだ、急に。お前さっきと反応が相当違うように思えるんだが――」


 違うようにみえるというのは、目がキラキラしているためだった。目の星が浮かび上がるくらいに、彼女の目はキラキラしていた。その為、奏汰はまさかとは思ったが、聞いてみることにした。


「チョコレートと大福、食べたいか?」


 その瞬間、キラキラ輝いている目を見せていた唯依は、すぐさまそっぽを向いた。「私はチョコレートも大福も、そんなやつは大っ嫌いですからっ!」ってアピールしたいのだろうけれど、奏汰には見抜けていた。男は鈍感と言われているが、ここまでわかりやすい反応をされれば、わからないほうがおかしいだろう。


 だが、こういったわかりやすい反応を唯依にとられた為、奏汰の中の「虐めたい」という欲望が大きくなっていった。そして、ついに奏汰はその欲望にかられ、唯依を虐めだす。


「チョコレートなら、俺の家に有るんだがなあ……。そっか、お前は要らないのか……」


 酷いことをしているということは、奏汰にも分かっていた。だが、やっぱりこういう小動物系の女の子を見ていると、どうしても『虐めたい』という欲望にかられるのだ。

 だが、先程の事を体験したにも関わらず、奏汰が想像しているどおりの反応を唯依が取ってくるため、奏汰は更に欲望にかられていくのだ。


「まあ、お前が手伝う内容を言わなければ、俺はチョコレートを食べ……」

「まっ、待ってください、奏汰様っ!」


 口を閉ざしていた唯依だったが、突然奏汰の服の裾を掴んだ。目をぎゅっと瞑るようにして。だが、唯依がそんな表情をする反面、奏汰はニヤけ顔でそんな唯依を見ていた。


「どうしたんだよ、俺に抱きついて。チョコレートか大福、食べたくでもなったのか?」

「――わ、悪いですかっ! 私だって女の子なんですよ? チョコレートなんて、そんなの、餌付けって分かっていても、そんなの無理ですよ……。食べたくなりますよ……」


 女の気持ちについて、奏汰は一切わからなかった。そりゃ、性別が違うのだから当然と言っちゃ当然である。


「で、唯依。お前は一体、何を食べようとしているんだ? チョコレートか?」

「一番いいなあと思うのはアイスですが……。ああ、無ければ別にチョコとか……」

「ああ、ごめんな。俺の家には今、チョコレートしか置いていないんだよ」

「そ、そうでしたか。そ、それじゃあその、チョコレートを少々頂けませんかね……?」

「別にいいぞ。何しろ、妹が稼いだ金で送ってきてくれているチョコレートだしな」 


 自分で買ったチョコレートではないと奏汰が主張した時、話を聞いていた唯依は「そうなんですか!」と、大きな声を出していたし、びっくりした様子だった。

 そりゃ、奏汰の妹はアイドルで生計を立てている。その声は多くのオタクに人気を博しているし、CDの売上も相当なものらしい。今では、奏汰の妹が所属している会社では、奏汰の妹が一番人気なのだから。それでいて、奏汰の妹は声優活動まで熟す。


 元々奏汰の妹は声優だったわけだし、考えてみればCDとかはおまけと言ったほうがいいかもしれない。けれど、今じゃ声優活動がおまけに見えてくる。


 そういうことも有り、忙しくて学業が疎かになっていないか、奏汰はじめ両親も心配していたが、凛音発表のメールによれば、そういうことはないらしい。


「んじゃ、これ――」


 奏汰はそんなことを考えつつ、台所の下の収納庫内に収めてあるチョコレートを取り出した。チョコレートと言っても板チョコレートである。勿論、取り出した個数は一つだ。


「あ、ありがとうございます……。い、板チョコなんて……」

「いいんだよ。だって、これを送ってきているのは凛音だし、気にすることはないぞ?」

「そ、そうですか。そ、それでは一口、いただきますね……?」


 奏汰は、誰かが見れば「餌付け」に見えなくもないと思った。そりゃ、知り合って一日目の女の子が、金髪蒼眼の眼鏡美少女が『チョコ食べたい』と言っているのだ。それまでろくに会話が有ったわけではなかった。けど、なんかチョコを食べようとしている時だけでも、唯依と話す機会が少々ながら増えたんじゃないか、と奏汰は思って唾を呑む。


 へへ、と笑みを浮かべ、奏汰はチョコを頬張る唯依を見る。


「一口じゃなかったのか……。まあいいや、好きなだけ食べろ。チョコは美味しいもんな」

「はい、そうですよね、奏汰様!」


 笑みを浮かべる奏汰に対し、唯依はその上をいく笑みを浮かべた。若干、頬を赤くさせているのがわかった。照れているのだろうか。照れるような事を考えているのだろうか。


「――ところで、奏汰様に一言言いたいんですが」

「どうかしたか?」

「別に小さいことでは有りません。大きいことです」

「いやいや、そこは『別に』とか使ったら駄目だろ。それ、『大きいことじゃないよ、小さいことだよ』って時に多用する言葉だし、お前の今の言い方で『別に』って使うのは……」

「お恥ずかしながら、その『大きい』『小さい』って、奏汰様の胸の好み……」

「違う! 断じてそんなことはない! 俺は別に、小さいのも大きいのも関係ない!」


 奏汰はそう言って強く主張した。ここに机があれば、その机に手を強く叩きつけていただろう。だが、この場所に叩ける机はない。その為、奏汰は手をグーにして言った。


「まあ、今の話が関係するんですよ。その、私の寝る場所に関してなんですが……」

「寝る場所に関してとか、普通にそれちゃんと言おうな? な?」


 奏汰は、「寝る場所なら妹の部屋でも、亡き母親の部屋でも空いている」と告げ、足早に台所へ戻ろうとした。だが、戻ろうとするのを唯依が拒んだ。


「寝る場所は、その、奏汰様と一緒がいいのです――」

「な、何を言っているのかな、唯依は。はは、冗談きついよ、もう……」


 隠し事をするように笑った奏汰に、唯依は奏汰の右腕にしがみつくという技を使用した。当然、しがみつかれれば唯依の胸が当たる。奏汰は、その感覚に心をバクバクさせた。


「な、なんで寝る場所一緒がいいんだよ? 別に、寝る場所なんてさ、違くても……」


 違くても、というより、違うほうが奏汰は良かった。そりゃ、理性が保てなくなるから遠慮したかったのである。「自分だって健全な男子高校生だ」と、奏汰は自分に言い聞かせて、出来る限りそういった、危険な方向へ話が進むのを避けたかった。だが、奏汰の思っていたことなど、すぐに崩れていった。


「それは、奏汰様が強い魔力を持っているからです。もし、突然寝ている最中に、ここ近辺を焼き尽くしたり、氷の結界を張ったり、風で地獄絵図にしたりしたりでもしてみてください。それは、最悪の結末、と言えませんか?」

「そりゃ、まあ、最悪の結末って言うことが出来ないとは言い難いが……」

「それに、私が奏汰様の召使をやっているのは、ある意味監視のためでも有るんですよ?」

「魔力暴走を防ぐ、為……か?」

「そうです。それに加えて、俺の魔力を狙う奴らを叩きのめすためってのも有りますね」


 これまで魔力のことなんてそんなに考えたこともなかった奏汰からすれば、今日、新津の駅前でコンビニから出た瞬間に、銃撃戦が勃発し、銃を構えていた女が『召使』だと、訳の分からない事を言いだし、結局居候させる羽目になった……という、ため息混じりの声しか出ないような展開が起こってきたわけである。


 確かに、これまで身近な異性といえば、妹ぐらいだった。だが、今はそんな妹は東京へ行っている。アイドル活動、声優活動を通して、家計を支えている。だから、この家に異性は居なかった。母親も亡くなっていたから、この家に異性など居なかった。


 だから、そんな中で居候という羽目になったのは、ある意味好都合なのかもしれない、と奏汰はそんなことを考えつつ、話を言ったん断ち、肉じゃがづくりに戻ろうとした。


「じゃ、じゃあ、唯依。肉じゃが、作るか?」

「ですね。肉じゃが作りましょう。ですが、私には実力なんてものは皆無ですから、そこら辺は勘弁願えますか? 料理に失敗しても、笑いませんか? 絶対、笑いませんか?」


 上目遣いでこちらを見る唯依。今更ながら、奏汰は、唯依は背が自分より小さいということを再確認した。ただ、背が小さいと言っても、一五〇センチは超えていると思われる。


「ああ、笑わねえよ。一所懸命になっている奴を笑う奴が笑われるべきだっつの」


 奏汰が鼻で笑う。そして、奏汰が先に手を洗い、続いて唯依もそれに続いて手を洗った。


「んじゃまあ、肉じゃがを作ろうか。取り敢えずまずは材料を……」


 調味料系は先程殆ど出しておいたため、準備する必要はない。だが、調味料だけで料理をつくるのは出

来ないに等しい。醤油を辛口で口内へ注ぎ込めとでも言うのか、という話である。勿論、調味料には食品添加物や塩分、その他あらゆるものが入っている。また、その中でも食品添加物の代表例はソースや醤油、塩分の代表例は勿論、塩だ。

 

 調理台の上には、まな板がセットされた。先程まで置かれていた酒の入った緑色の瓶と、味醂、醤油の入った大きなペットボトルが退かされていた。


「砂糖と塩に関しては、後ろの食器棚の一角に置いてあるからいいとして――」


 砂糖の場所を唯依に一応教えておき、奏汰は、冷蔵庫から必要な材料である四つのじゃがいも、残っていた牛の薄切り肉、玉ねぎ、二分の一になっている人参、糸こんにゃく一袋、サヤインゲンを取り出した。


「さてと。一応、唯依が包丁を使えるのであれば、調理作業の大半を任せたいが……」

「あ、べ、別に大丈夫です。そりゃ、主人様のお役に立つことが召使の使命ですから」

「なんか、凄い格好いい台詞のように聞こえたんだが……。まあ、指を包丁できらないようにな。一応絆創膏は救急箱の中に入っているからいいとしても、もしそんなような真似をしたら、唯依には今後一切包丁もカッターも握らせないからな? 心しておくように」

「は、はい!」


 包丁を持てなくなる、という条件に不服はないらしい。そりゃまあ、確かになってみなければ、経験してみなければ分からないかもしれないが、不服ではないっぽいしいいか。


「さてと。んじゃ、俺はお前が包丁で色々と斬っていくのを終えるまで待機だな。出汁なんざ、薄めて使えばいい話だし、肉の調理後に入れないと駄目だし」

「そ、それなら、その、奏汰様も料理を手伝って……」

「まあ、そうしたい気持ちは山々なんだ。けどほら、調理台って狭いだろ? だから、まな板を置くスペースは一箇所しか無い。だから、俺はお前が指を切らないように、ちゃんとリビングで見ているよ。そういう訳で、俺はお前を助けてやれない。……ごめん」

「あ、謝らないでくださいよ、奏汰様! そういう、奏汰様が人を手助けしてあげようとする気持ちは、私嫌いじゃありませんし、むしろそういうところは好き――」

「好き……か。まあ、俺のやっていることをバカにしないで評価してくれる奴なんてそんなに居ないもんな。まあ、それは俺への褒め言葉として受け取っておくよ」

「ほ、褒め言葉ですよ! バカにしたりとか、絶対にそんな真似をしていっているわけでは有りませんから! だからその、変に受け取らないでくださいね? 奏汰様……」

「だからさっきから言っているだろう、『褒め言葉として受け取る』って」


 唯依は、さっきから何度も何度も、言っていることを聞いてきたりしているが、動揺しているからなのだろうか。それとも、確認のために行っているのだろうか。

 正しいことは分からなかったが、取り敢えず、奏汰はテーブルの椅子に腰掛けた。


「まあ、その、変にドジしなければいいからさ、取り敢えず作ってみてよ」

「……あ、えと、あの、その、レシピは……?」


 唯依に言われ、奏汰は初めてレシピを彼女に渡していないことに気付いた。あれほどさっき唯依をいじめていた奏汰でさえ、流石にレシピを渡さずして料理を作らせるのは御免だった。そりゃ、メシマズ状態になっては自分さえも困るためだ。だから、奏汰はレシピを渡し忘れるのは御免だった。嘔吐するような料理を作られるのは御免だった。


「あ、ごめん。んじゃはい、これ……」


 奏汰は、リビングのテレビ台の棚の中からノートを取り出し、肉じゃがのレシピの書いて有るところを開いて唯依に渡した。


「有り難う御座います。それでは、奏汰様においしい笑顔を作っていただけるよう、召使として、頑張りたいと思います」

「ああ、その気持ちは忘れないでくれ。色悪くなっても、味が悪くなければ俺は許す」


 基本的に、奏汰は食品への好き嫌いなどなかった。別に両親による躾がそこに有るわけではなかった。自分で何故か、いつの間にか、好き嫌いがゼロになっていたのである。


 全ての食材を美味しい、と言えるようになっていたのである。小学生五年生の頃には、奏汰はもう好き嫌いなど無くなっていた。だから、味さえ良ければ食材は食べられるのだ。


 ただ、ブルーカレーライスだとか食欲を失せさせる料理は、流石に奏汰も無理だった。


「ええと、一番初めにじゃがいもの皮を剥く――」


 独り言を唯依は言っていた。奏汰は、唯依が料理を作っているのを見ていたが、こういった時間が出来たのであればゲームがしたいと思い立ち、ポケットからスマートフォンを取り出してスマートフォンゲームを始めた。勿論、ライトなゲームではない。ヘビーなゲームだ。つまり、ストーリーがあり、長い時間プレイできるゲームということだ。


 イヤホンを耳に装着し、適当な音量に合わせて奏汰はゲームを始めた。とは言え、イヤホンを装着したのは左耳だけであるため、右耳から料理の様子が音で伝わってくる。


 勿論のことながら、まな板を通してじゃがいもの皮など剥くことはない。左手でじゃがいもを持って、右手で包丁を掴んで、唯依はじゃがいもの皮を剥いていった。


「ピーラー欲しいなぁ……」


 奏汰が声を出さずに沈黙を守っていたため、場の空気を軽くしようとしてか、唯依がそう言った。その言葉は、イコールで彼女の心情を表しているのだろう。勿論、ピーラーは台所にある。食器棚の一角にしっかりと置いてある。使おうと思えば直ぐ使えるし、見つけようと思えば直ぐ見つかる場所においてある。


 だが、唯依には場所などを伝えていないため、唯依はそんなことを口に出したのだ。場の空気を軽くしようとしたのも兼ねて。


「――あ、あの、すいません。奏汰様に聞きたいのですが、面取りとは一体なん……」


 何でしょうか、と唯依が言い切る前に、奏汰は唯依の言葉を断つようにして返答をした。


「ああ、面取りっつうのは、じゃがいもの角を削る意味だ。料理だけじゃなくて、工業とかでも使われている言葉だぞ。まあ、別に面取りしなくても肉じゃがは作れるが……」


 奏汰は、肉じゃがをよく作っていたから知っていた。別に面取りしなくとも、肉じゃが自体を作ることは可能である事を。ただ、その場合、煮崩れする可能性が高まる。煮崩れした料理を食べたくないか、と言われても、味が良ければ奏汰は良かったが、やはりここは手順に沿ってやって欲しかった。その為、奏汰はその旨を唯依に話すことにした。


「別に、煮崩れしても味に変化はそれほどない。だが、やはり形を綺麗にすることも料理のルールなんだよ。別に、俺みたいな庶民は味だけ良ければなんでもいいって思ってるけどさ、やっぱり、そういう言葉も知らないような人には、手順通りに作って欲しいかな」

「そ、そうですか。……それでは、奏汰様に従って作りますね?」


 奏汰は、唯依に「従う」と言われてそこまでいい気分にはならなかったが、「そうか」と返答をしておき、「頑張ってな」とエールを送って、再度スマートフォンのゲームに戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ