召使の本音
今から二年前だった。奏汰が中学三年生に進級したと同時、奏汰の母親は天国へと旅立った。原因は『DV』である。つまり、家庭内暴力だ。
卒業式から帰った途端、奏汰は唖然とした。血を吐いて母が倒れていたからだ。朝、「行ってきます」と挨拶を交わして出て行った時には笑顔で見送
っていた母親が、家に帰ったらその場で倒れて血を吐いていたのだ。
「あとは三人で頑張ってね。」という、母親の最期のメッセージが書かれたレターと共に、母は倒れていた。
勿論、その後帰ってきた妹の凛音も母親を見て唖然とした。だが、ひとり唖然としない人間が居た。そう、クソ親父でもある父親の誠である。
彼は、家に帰ってきてやいなや、奏汰の母親、彼の妻である母が居ないことをなんとも思っていなかったのだ。そして、彼は独り言で、ぼそっと夕飯時に呟いた。
「――あんな奴、死んで当然だ」
そんな彼を奏汰は当然許せなかった。じゃあ何故俺を産んだんだ、と奏汰は父親……もといクソ親父に吐き捨てるようにして、何もかも捨ててしまうようにして、自分のすべてを壊してしまってもいいと思って、言おうとした。暴言を多量に含んだ言葉を言おうとした。
だが、奏汰にそれは出来なかった。いや、凛音がさせなかったのだ。
その静止を振り切って向かって行くことは出来なかったわけじゃないことは言うまでもない。しかし、それが出来なかった奏汰には後悔感が襲ってきた。
「そんな、過去が――」
奏汰は、その旨の話を、リビングのソファで、テーブルを挟んで対称になるように座りながら唯依に告げた。これから居候する相手に変にアルバムを見られ、過去を知られても自分が「恥ずかしくない」と確実に言える自信が奏汰には無かったためだ。
だから過去を彼女に告げたまでである。それ以外に理由など無い。勿論、出来心なんていうことはない。
「唯依さんにも、悲しい過去とかはあるんですか?」
「そうですね……。無いと言ったら嘘になりますが、出来ればそういった悲しい過去は話したく有りません。確かに居候していく相手として、奏汰様が私に自身の過去を言ってくれたことは感謝いたしますし、お礼申し上げます。ですが、私には小さい頃の記憶が無いのです」
「……え?」
奏汰は首を傾げた。それを見て、唯依が話を続ける。
「――あの、覚悟を決めて話すべきでしょうか?」
「いや、それは唯依さんに任せるけど、結局のところはご自分でというか……」
「そうですか、分かりました。それでは、話させていただきます――」
さっきまで全然話すことに乗り気でなかった唯依だったが、奏汰が「任せる」といったことを「挑発」と受け取ったらしく、彼女は話すことに決めたようだ。と言っても、他にも一杯理由がある。
「私は小さな頃、父親に捨てられました」
「……え?」
いきなりだった。彼女はヘビーな話を切り出してきた。話を切り出したのは奏汰だったが、その奏汰は、これ以上彼女からヘビーな話を聞くことに疑問を感じ始めてきていた。
「若さゆえの過ち……とでも言えばいいのでしょうか。私の父親は、見ず知らずの女をホテルに連れて行くような、そういった男でした。勿論、私が小さな頃も多くの女と身体の関係を持ち、一日おきに相手を変えていたようです」
「一日……おき……」
「はい。勿論、そんな男から私の母は逃げて行きました。彼女はまだ高校生でしたから」
「こ、高校生……?」
「はい、そうです。高校生です」
奏汰は、自身の親も大概だったが、それ以上にクソ男がいることに苛立ちを隠せなかった。自分自身が底辺の人間であることを奏汰は自覚していた。 だが、自身の父親の誠に加え、唯依の父親の方が底辺の人間だと、奏汰はその話を聞いて思った。
「そして、私が父親に捨てられた時、私はかろうじて服を着ることは許されましたが、お金も保険証も、なにもかもすべてを失いました。有ったのは、自分の生命と姓名と衣服だけでした」
「そんな事、あっていいのかよ……」
「仕方有りません。私の父親は、女性と夜を交わすことだけしか頭にない人間ですから」
その言葉は奏汰に衝撃を与えた。同時に、奏汰自身が先ほど思った思いを裏付ける言葉となった。唯依の父親はとてつもない底辺野郎だということをだ。
「――そんな中で、私は魔法に出会いました」
「魔法……?」
「はい、魔法です。と言っても、別に中二病患者というわけではないんです」
「でも、さっきのコンビニ前の戦闘では銃を……」
「いえ、銃を使えるも魔法使いとしては重要な事ですよ。『遠距離魔法』や『近距離魔法』、『回復魔法』に『光輝魔法』などといった魔術に頼るよりも、ああいった一対一の対決時は、銃を利用したほうが倒しやすいんです。無駄にMPを消費することも有りませんし」
「エムピー……? MP3か?」
「それは動画等の形式のお話ですよね。……と、ツッコミのようなものはこれだけにしておきまして、まあ説明すると、そのMPというのは『マジックポイント』というものです。要するに、スマホで展開する某パズルゲームでいう、『スタミナ』に該当するものです」
「それは例えとして成立しているのか……」
「はい、していると思います」
「そうか……」
「しかし、奏汰様は『回復魔法』とか『光輝魔法』とかの意味を聞かないんですね?」
「そりゃ、何となく名前で想像できるからさ。『回復』とか『光輝』とかは普通に意味を考えられる単語だし、遠距離も近距離もそうだ。……光輝魔法が有るということは、暗黒魔法も有るのか?」
「ええ、有りますよ。暗黒魔法は強いですよ。中二病なら完全にハマるでしょうね」
「『我が名は暗黒魔法の使い手……』から始まって変な名前をつけて。いや、本当に中二病は酷いな」
「別に中二病なんて発症してなんぼというものでしょう。なにせ、中二病が居なければ創作物は生まれませんしね。小説にしろ、漫画にしろ、ゲームにしろ、映画にしろ、中二病が居なければ創作物は作れません。作家も漫画家もゲームクリエイターも、皆中二病なんです」
「その理論、結構酷いな……」
「そうですかね? 私個人的には結構理論の筋は通っていると思うんですが……」
確かに綺麗にまとめられているということは奏汰も思ったことだったが、その綺麗にまとめてある言葉の根拠を示していないため、奏汰は理論の筋が通っていると判断しにくかったのである。
「いや、だって根拠を述べていないし……」
「いえ、根拠は有りますよ。中二病患者って、変に自分の思っているものを口に出したがったり、文章につづったりしたがるじゃないですか。それですよ、それ」
ため息混じりの「はぁ」という声を奏汰は出した。奏汰は唯依が言った理論に対し、過度に反対したり支持したりするわけではなかった。もう少々、考える時間がほしいというのが切実な意見だったが、そう上手く地球は回っていない。そう簡単には問屋が卸さないからだ。
「まあでも、創っていくのは想像力豊かな方が有利だっていうのは確かだな」
「私の理論を奏汰様が支持してくださって、私はとても嬉しいです」
「そうか」
奏汰は別に全ての理論を支持した訳ではない。一部の理論のみを支持しただけである。だから、奏汰からすれば大きな誤解はやめて欲しかったのが本心であった。けれど、そう簡単に行かないのが現実というもので、やはりそう上手く地球は回っていない。
「まあ、あれだ。これ以上そんな下らない理論について議論しても、話が発展することは考えにくい。取り敢えずそれはツイッターで呟いてもらうことにしよう」
「分かりました、奏汰様」
やはり、奏汰の召使という設定を彼女は続けており、その設定を変えるつもりは無い。
元々彼女の過去についての話だったのもかかわらず、魔法の話になって、挙句の果てに「作家は厨二病」だとか言い出す始末なのだから、話の論調がずれ過ぎているわけである。直そうと思っても、奏汰自身が熱くなっていたためにそれは出来なかった。
「つまり、唯依さんは魔法で救われた……のか」
「はい」
「で、何故俺を守るために銃撃戦なんか……」
「やっぱり、論調戻しますよね」
「そりゃ、俺が聞きたいのはそこだし……」
奏汰はまた首を傾げた。一方の唯依は、ため息混じりの声を吐いてから話を始める。
「――貴方から、微量ではない量の魔力を感じたのです」
奏汰は一度ごくりと唾を呑んで、冷静になって考えた。これは、よくあるライトノベル展開であるということを。
現実ではありえないことである。現実で、ヒロインが主人公に、『魔法使いになってくれ』などと頼むことが有るだろうか。それも、ブサイクに。
――ない。絶対にない。
有ったとしても、それは『ブサイク』ではなく、『平凡な高校生(笑)』だけだ。つまり、奏汰のようなブサイクかつ、成績も優秀でない生徒なんて眼中にないはずだ。
だが、そこまで考えて奏汰は気付いた。話の中で、奏汰を「魔法使いにしよう」などというものは一切ないことだ。そこで奏汰は、自身が考えていたことを恥ずかしく思った。
「たとえ俺が多量の魔力を持っていたとしても、俺はブサイクだ。成績も優秀じゃない。進級すら危ぶまれた。それに加え、バイトもしていないから親元を離れられない」
「構いません。魔法使いに必要なのは、『顔』ではないんです。『魔力』なんです」
「でも……」
「お伺いしますが、奏汰様は本当にご自身のことを不細工だとか思っているんですか?」
唐突な質問に奏汰は少々戸惑った。
だが、その戸惑いなどほんの二、三秒程度のものだっため、奏汰はすぐに回答を唯依に伝えることが出来た。
「ああ、俺は不細工だ。誰からイケメンと言われようと皮肉にしか感じない」
奏汰は言い切った。居候を認めた自分を責めると同時、自分を魔法使いにするくらいなら、他に逸材なんて大量にいるだろうと思ったのだ。例え自分が百年に一度の、一千年に一度の逸材だろうと。奏汰は、諦めてもらうために言い切った。
「私だって、生理的に無理な人に魔法使いになってと頼むことは有りません。勿論、不細工な人に頼むことは有りません。すなわち、人間に不細工なんていないということです」
「嘘だッ!」
露骨なひぐ○しネタ。それを奏汰は大声で言い放った。そんなのは綺麗事を言っているにしか過ぎないのだと、奏汰は強く思った。美化させて洗脳しようとしているだけなんだと、それに加えて奏汰は更に強く思った。
強く思うことで思考停止の状態にして、「自分が一番最初に思ったこと以外認めないでいよう」という風にも思った。
「呆れました。まさか、自分が仕える主人がこんな捻くれ者だったとは思いませんでした」
「まあ、俺はこういう人間だからな。嫌なら居候しなければいい。嫌なら俺を魔法で守らなくてよかった」
「そうですか。ですけど、私は引き下がるつもりは有りません。……言ったじゃないですか。微量ではない魔力を感じたと」
「どういうことだ――?」
「貴方を助け終える前に決めていたのです。貴方の召使になろうと」
「何故だ?」
「貴方が危険人物だからです。一般人で、魔法使いでもないのに微量ではない魔力を持っているなんて、我々からすればそれは『大事』なのです。故にそれを知られぬよう、私が奏汰様を守護し、監視し、そして共に戦おうと思ったのです」
「何度も言うが俺は――」
「奏汰様。すみませんが、少々黙っていてください」
「えっ……」
周りの風景が見えていた視界は、唯依によって遮られた。ただ手を当てられただけだったが、目に当てられれば周りが見えなくなる。それに、五感のうちの一つが使用不可となったため、身体がビクビクと震え上がりだす。
「んっ……ちゅっ……!」
「んむっ!」
視界が遮られる中、奏汰の唇に唯依の唇が触れた。ロングヘアーの金髪の毛先が奏汰の頬に時々当たる。同時に、髪の毛から溢れんばかりのいい匂いが奏汰の鼻腔を刺激する。
「――ぷはっ!」
ようやく視界が遮られるのが止められた時、捨て台詞のようにして頬を赤く染めた唯依は言った。
「好きではない人の召使になるなんて、私は絶対にしませんから……」
背中を奏汰の方に向けたあと、唯依はリビングを出て行った。