駅前での銃撃戦
「じゃあな」
「ああ」
新潟駅で互いに二方面に別れた。帆人は白山駅の方角へ、奏汰は長岡の方角へ、それぞれ背を向けるようにしていた。駅舎の通路を通り、丁度三番線ホームが来たところで互いに別れを告げる。
出会いの季節なのに、何故「別れ」なんていう悲しい言い方をしてしあまったのか、奏汰にはまだ分からなかった。
だが、奏汰も帆人もメールアドレスを交換している。だから、そこまで困ることはない。それに一応、帆人には凛音のメールアドレスも教えてある。だが、当の本人は着信拒否指定しているらしく、それは正月に彼女が遊びに来た時に奏汰へ教えてくれていた。
『――五番線ホーム、普通列車長岡行き――』
アナウンスが耳に入った。入学式のシーズンだ。まだまだブカブカの制服を着た中学生から、部活に専念しているような坊主の高校生から、多くの様々な人が電車には乗っていた。
スマートフォンを弄り倒してメールやらゲームに夢中になっている女子高生もいれば、ゲームに夢中になっている中年のサラリーマンまでいた。まさに十人十色の空間である。
『――次は、新津、新津――』
乗車して数十分経ち。車内アナウンスが耳に入ってきて、新津駅に近づいてきているんだということを感じ取れる。
「まあ、普通列車だしこれくらいが普通」
そりゃ、快速電車で新潟まで行くなんて、なんて贅沢だという話だ。貧乏人は大人しく普通電車に乗るものである。それこそ、自費で電車代なんて叩いているんだし、快速電車になんか乗ったら、小遣いが一瞬で破産するだろう。
『入学式終わった』
そんな旨のメールを妹の凛音に送った後、奏汰は新津駅の駅舎を後にした。だが、近くにあったコンビニエンスストアに釣られ、中へと入ってしまった。食べ物――いや、お菓子が欲しかったのだ。
「あ、こ、これください……」
奏汰がチョイスしたのはアイスだった。チョコレートのラクトアイス。季節感が皆無であるが、夏になればなったで、奏汰は家から出ることも少ない為、季節感など無視して奏汰はアイスを頂く。
「美味い……っ!」
木のスプーンをコンビニエンスストアで付けて貰い、奏汰は帰路につく……はずだった。
「えっ……?」
コンビニエンスストアから出たと同時、目の前に居た少女に奏汰は手を引っ張られるやいないや、一瞬にしてその場で銃撃戦が始まった。
快晴の晴れ空の下、少女は拳銃を目の前にいた男に向かってぶっ放した。躊躇いが無いわけではなかったが、少女は奏汰の手をぐいぐい引っ張っていたためか、強いプライドを持って相手に戦いを挑んでいた。
奏汰の目に映ったのは、綺麗な金髪に、蒼眼、そして赤縁の眼鏡を掛けており、見たことのない高校の制服を着ている少女だった。彼女は一切自身の名を名乗ることもなく、ただ淡々と目の前の男に向かって拳銃をぶっ放しているだけだった。
『――近づけば殺される――』
いつしか、奏汰の脳裏にはそのような言葉が浮かんでいた。適当に戦いの前線へ出て行けば、銃弾によって殺される可能性は否定出来ない。この守りを失ったら、奏汰は死ぬんでしまうんじゃないか、と思った。だから、安易な行動など奏汰には不可能極まりないことであった。
「く……っ!」
目の前の少女からも、前に映る男からも、拳銃やら何やら、武器を奪い取ることも出来ない自分に対し、奏汰は歯を噛みしめる。同時、そのような声が漏れる。
「――終わりました」
漏れてから数秒。いや、数十秒、数分……。正確な時間は覚えてはいないが、それほど長い時間という訳ではなかった。目の前にいた金髪蒼眼の少女が、奏汰に近付き話しかけた。
「い、一体……何だったんだ……?」
「私は、唯依と言います。冴時唯依、それが私の名前です」
「冴時さん……か」
「はい」
会話が詰まった。何か会話のネタに出来るものはないだろうかと、奏汰は必死に探したがそれは見当たらなかった。神は「そうは問屋が卸さない」とでも言いたいのだろうか。
「い、いや、名前を教えてくれたのはありがたいんだけど、なんで俺の手を引っ張ってまでなんかして……。日本じゃ銃撃戦があっちゃおかしいのに……」
奏汰は正論を言った。憲法で銃などの所持は一部事例を除けば、全面禁止されている。日本は銃社会ではないから、テロなんかはそこまで起きないはずだが、何故自分自身の地元で銃撃戦が発生して、それに巻き込まれなければならないのだろうか。
「それは、なかなか言えば言えないことなのですが。まあ、簡単に言わさせてもらうと、貴方にくっつこうとしているあの男を排除しただけですね。ああいった男は害悪以外の何物でも有りませんからね」
「害悪……」
「はい。何故なら、あの男は貴方に近づこうとしました。いえ、それだけでは有りません。あの男には、『魔族』の紋章が有ったのです」
「ま、魔族……?」
「詳しく説明すると時間がかかりますので、取り敢えずそれは貴方の家に行ってからにしてもらえないでしょうか」
「お、おう……」
さっきより口数は増えた。しかし、口数は増えた反面、彼女は奏汰の家へ入る事を要求した為、奏汰は少々戸惑った。奏汰だって年頃の男の子である。十六歳の高校二年生、まだまだ青春真っ盛りの、年頃の男の子である。
恋愛経験が皆無のため、勿論童貞であるが、それ以上に、女性との付き合いが奏汰は苦手だった。自身の妹でアイドルの凛音とは、楽に会話をしたりできるものの、クラスメイトの女子との会話では弾むことはない。いつもどこかに、女子との会話の際は帆人の影がちらほら映る。
しかし、奏汰は認めてしまった。「お、おう」という風に。
だが、そんな中で帰路についていた時に唯依が話をしだした。
「別に難しい話では有りません。ただ、魔族と魔法使いは同じ世界で共存できないため、私がこうしてあの男を殺したまでです。それ以外に何も有りません」
「そ、それってもう、詳しい説明じゃ……」
「貴方がそう思うならそれで構わないのですが、それでも家に上がらせて貰えませんか?」
「いや、あの、それは……」
「構いません。居候させていただくだけですので」
「……は? ……え? ……はい?」
「ですから、貴方……いえ、奏汰様の家に居候させていただくだけです。勿論、食費や部屋などは、奏汰様の全負担となりますので、そこのところはご了解願いますでしょうか」
奏汰はわけが分からなかった。しかし奏汰は渋々、嫌々ながらに募る『帰れ』という思いを抑えつけ、「仕方ないんだ」と、自身の心に言い聞かせてから、目の前の金髪蒼眼の少女、唯依に対して言った。
「分かった。それじゃ、居候を許す」
「分かりました、奏汰様。私は奏汰様にお仕えする召使ですから、料理等の命令等はいつでも受け付けます。その他、許容範囲内であれば、何でも受け付けます」
奏汰は「今なんでもするって言ったよね?」なんていう事を言おうとしたが、その有機すら消え失せてしまっていた。