①再会
「いつまでそんな怒ってるの?」
カウンター横の椅子に座る知美は、大人気なくふてくされているオレを横目で微笑みながらトムコリンズを飲んでいる。俺は別に怒っている訳ではない。いや、まんまと嵌められたことには確かにムッときているが・・・。
日曜の19時過ぎ、俺は住んでいる町の駅前のバーで知美と2人で酒を飲んでいる。知美。彼女は高校時代、俺の彼女だった及川知美だ。それを過去形にすべきなのかはなんともいえない歯切れの悪いものがある。と、言うのも、彼女は高校三年の夏に、事前に告げないままアメリカに転校して行き、それから7年まともな連絡は何もなかった。別れも、待っててとも言わず、いきなり俺の前から消えて、今7年ぶりに、二人して駅前の滝路庵で飲んでいる
7年間ぶりの知美の雰囲気は少し変わった。陽気で大胆な彼女の性格とは一致せず、一七五センチある俺の肩ぐらいまでしかない身長に小柄な体型はそのままに見えるが、高校時代の時のような少女と大人が入り混じった感じは消え、より輪郭・ラインがよりくっきりし、外見だけみれば綺麗な女性ではあるが、俺の知っている面影が少しなくなってしまった気がしてそれはそれで切ない気持ちになる。
必死に冷静を装ってはいるつもりだが、内心はひどく動揺している。
「想定外」、一時その言葉が世間を賑わせたが、まさにそんな心境だ。
2ヶ月前、高校時代のやっていたソフトテニス部の後輩に頼まれた俺は、今日、相方である孝太とダブルスを組んで久々にソフトテニスの大会に出た。
こういってもなんだが、俺は中学、高校と前衛では県内で結構名の知れた奴だったと思う。実際、沢木と組んだ中学では県大会優勝しているし、県選抜にも選ばれた。高校は、県内の強豪校に入り、一年よりスタメンだった。相方の沢木が一時スランプに陥って全国はいい成績は残せなかったが、関東大会で全国一になった相手を破り優勝している。
が、しょせん過去の話である。
俺は高校3年の夏以来テニスをしなくなった。正確には、3年の関東大会後に俺のテニスは終わってしまった。理由は別にして、テニスをしなくなり、ダラダラとした大学生活、社会人になった俺は、高校時代に比べ、一回りも二回りも大きな人間になってしまった。
昔の杵柄か、そんな状態でも、試合に出るために1か月前より久々に練習をした
おかげか、1回戦、2回戦はなんだかんだ言っても勝ててしまった。
あれ?俺ってやっぱ、いまでもいける♪なんて奢りをもったまま、高校時代一度も負けたことない後輩の大沢・室井ペアーとの同高卒対決。なぁ~に。社会人になってもやっていたとはいえ、あいつらは高校時代もうちのレギュラーではなかったはずだし(たしか4番手ぐらいだったはず。)だし、格の違いを見せてやろう。なんて、思ってはいなかったが、
あいつらは試合の際、通常のセオリーと逆の前衛の俺狙い。正確には、俺を振り回し、俺がぎり取れない場所をばっかしここぞと撃つ作戦で遊ばれた。
おれは。。。おっと、テニスの話で本題からずれてしまった。(苦笑)
後輩とのテニスの結果は一矢報いようと、2ゲームはとったものの、4―2で負けた。※試合は7ゲームマッチ。
そんで試合が終わると、俺は、沢木と後輩の大沢・室井の3人とでコートの外に歯試合の談笑をしながら歩いていた。
「いい作戦だね。やられた俺としては、結構落ち込むが。」
まさか、この俺が。恐らく後衛の沢木の球が走っていなければ、通常ゲームになっていたかもしれない。ただ、俺のペアーの沢木は現役ほどでないにしても何故か球が走っていた。
室井も社会人でやっているはずだが、ラリーでは沢木に若干押されていた。そんななか、3人のレベルに何故かついて行っていないのが、俺だったということか。ま、技術云々んより、スタミナが圧倒的に不足してたもんな。久々だったが、後輩に前衛狙いまでされて、負けは負けで予想以上にショック。そもそも、俺は後輩に今まで負けたことは一度もなかった訳で、現役ではないにせよね。
そんな俺の気持ちを知ってか、孝太は苦笑しながら、言い続ける。
「お前の全盛期をしっている奴がみたら笑うぞ。あの柿野が、スタミナ切れて達磨になっているって。」
「沢木先輩、言いすぎですって。」
沢木の容赦ない一言に、後輩の大沢はそういいながら、苦笑している。
「後輩に弄ばれ、試合後に相方の孝太までそんなこというのかよ。」
俺はそう言いながら、奴らの意見ももっともなこともわかってはいたので、なんともいえない悶々とした気持ちになった。
「ほんと、太りすぎたねぇ・・。もっと運動しなきゃ駄目だよ優ちゃん。」
コートの外に出てすぐ、その声は後方より聞こえた。
「え」
時が止まる体験とはこの時の事だったのだろうか。俺の思考回路は一時空白を生じた。
俺は相方の孝太や後輩2名と話していたはずなのに、俺に向けられたその声は孝太とは違っていた。背中側から聞こえた声。大会には知り合い・後輩・友人の線で俺の名前知っている奴はいる。ただ、そのどれにも該当しない声。赤の他人?そんな感じではない。俺の下の名前を知っている。であれば知り合い。知っているはずの声?でも、その瞬間すぐには思い出せない。
混乱。
思考がゼロになった瞬間というのだろうか。なんでそうなったのかもわからず、俺の思考から答えは出てこない。
横を向くと、俺の隣にいた相方の表情は変わっていった。その言葉からの意味に気付いたらしい。表情から窺える。そんな中でも俺は答えがわからない。唯一、自分にその言葉が向けられていた事以外。
意を決し、俺は振り返った。
ピンク色のキャミソールにブラックデニムのジーンズ。長くなった髪とは対照的に変わらないくりっとした大きな眼に小さな鼻と淡いピンクのグロスが塗られた口元で俺を見て彼女はニッコリ微笑んでいた。
そこには7年振りの及川知美がいた。
突然の再会にその理由もまだよく理解できずにいる俺を尻目に、同じくこのサプライズを知らなかったであろう孝太は、その割に手際よく俺と知美を駅前の洒落た居酒屋滝事庵に連れてった。俺の知っている孝太は・・・。そこまでは、いい相方を持ったと思っていたのだが、トイレに行って俺が事態の整理を考えているうちに、孝太は知美にさらっと急用ができたと言って帰りやがった。
鈍感な俺にだってわかる。おそらくそれは嘘だろう。
何を話せばいいのか。言いたい事や聞きたい事がいっぱいあるはずなのに、その順序を組み立てる事が出来ない。そして声が出ず沈黙・・・。それが知美には怒っているように見えているのかもしれない。
「ねぇ。優ちゃん沢木君に手紙の事いってなかったでしょ?」
俺がうまく話せないでいるために、沈黙が少し続いたあと、
知美は少し怒り気味で話を唐突に振ってきた。
「へ?」
唐突だったのと、返しの知美の表情が怒っているようで、
俺は間抜けな声をだしてしまった。
沢木とは孝太の苗字である。高校時代、俺の彼女だった知美は孝太ともその縁で仲良くなったが、それでも孝太を孝太とは呼ばず、いつも苗字で呼んでいた。
「私がロスに行って、その後優ちゃんに手紙送ったでしょ?」
さっき俺がトイレに行っている時、知美は孝太に、いや、あるいは、孝太が知美になんか言ったのだろうか。ロサンゼルス。手紙?手紙ねぇ?・・・。7年前の記憶がうっすらと浮かび上がっていく。
「ああ。」
「その事は何も言わなかったの?」
そう言った知美は怪訝そうな表情に変わっている。予想通りどっちが言ったかはまだわからないが、知美はその事に怒っているらしい。たしかに、知美がロスに言った後に着いた手紙の事を、俺は孝太に言った覚えはない。
「あれ?・・・言ってなかったっけな・・・。」
「言ってなかったっけじゃないでしょ。さっき優ちゃんがトイレ言ってる時に沢木君に怒られたんだから。」
いつの間にか俺は知美に怒られている。
あれ、なんか納得いかないけど、怒られているし、言い返せない。
反論しようと思いつつ、俺は同時に当時のことを思い出していた。