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日本神話シリーズ

誰が為にきみはなく

作者: 八島えく

 なまじ、力や強さがあると、それを頼りに人が寄って来る。時々、同族である神々も、寄って来る。

 俺の強さは戦い向きの強さじゃない。だが、その強さは頼りになるらしく、厄介ごとを片付けてくれる程度には信頼される。


 俺――天手力男神は、要するにそういう厄介ごとの尻拭い役がお似合いということだ。



「手力様!」

 またか、と俺はげんなりした。自邸でのんびり昼寝でもしようかとした矢先にこれだ。

 俺を呼ぶのは、天つ神の一柱だ。ここ高天原には、八百万の神々が暮らしている。神々は天である高天原だけでなく、地上である中つ国にも数えきれないほど生きている。中つ国の神は国つ神と呼ばれているが、俺にしてみれば大した違いはない。


 聞けば、数月前に完成した家屋が倒れ、そこに暮らす人間たちが下敷きになっているとのことだった。

 怪力を持つ俺ならば、崩壊した家から人間を掘り起こすことができるということだろう。正しい判断だ。


 場所を聞いて、俺はその仕事を全うした。

 崩れた木々をどかし、生き埋めになった人間を引っ張り出した。

 助かった人間から、感謝をいただいた。いつものことだ、と適当にあしらって、俺は高天原に戻った。



 誰かに頼られるのは、いつものことだ。

 力のいる仕事、特に人間の物理的な力だけでは叶わないことが起きたら、俺が行って助けに行く。それがふつうだ。

 別に頼ってもらうのは嫌じゃない。神々の中でも群を抜いて怪力だというこの力を、人助けのために使えるのは、俺にとって誇りだったからだ。

 荒くれた神々に育てられて、知識も教養もまるでない、ただ力だけは一丁前にある俺の、誇りなのだ。


 だが、それも最近は嫌になりつつある。

 人間や神々は、あらゆることを俺に頼って来る。


 正直、それは俺の管轄じゃねえだろとあきれることも、全部ひっくるめて持ってくるのにうんざりしているのだ。


 俺が行くと、必ず囁かれる。

「手力様が来たからには、もう安心だ」

「手力様がおられるのだ。心配はない」

「手力様に任せておけば、大丈夫だ」


 どんな困難も、面倒事も、俺に任せておけばすべて丸く収まるということだ。

 たとえば、喧嘩の仲裁。そんなもんは菊理の姐さんに頼め。

 たとえば、仕事で使う機織り機が壊れた。お嬢に相談しろ。

 たとえば、捜し物が見つからない。知らねえよ。


 人間ならいい。最近は天つ神も国つ神も俺を便利屋か何かと勘違いしている節がなきにしもあらずだ。

 頼られる俺はたまったものじゃない。

 なまじ、力があるから頼られる。だけど、俺の力は非常識に強いというわけじゃない。非常識な強さというのは建御雷や経津主のことを言う。俺の力はまだ常識的だ。


 俺にだってできないことくらいある。無理だ、と断れば、「手力様なのに」「神なのに」と一方的に失望される。

 誰も、俺が弱いということに気付かない。俺にだって、美点と同じくらい弱点もある。

 人間も神々も、俺の弱点を見ないのだ。

 何でも引き受ける俺を、頼ってしまうのだ。建御雷には誰も頼まない。あいつむかつくから。人を苛つかせるのは天才的だから、誰も近寄ろうとしないのだ。

 そのしわ寄せは俺に来る。


 別に、頼ってもらうのはいい。だけど、俺にだってできないことくらいあるし、俺じゃなくても解決できることをわざわざ持ち込んできてほしくない。

 たまにはのんびり酒でも飲ませてくれ。



「手力様!!」



 またか、と俺はあきれた。

 せめて、俺でなくとも解決できる厄介ごとではないことを祈るばかりだ。

「どうした。喧嘩か」

「それが……。中つ国で、反乱が」

 さっと身を起こす。反乱なんて俺ひとりで納められることじゃない。

「詳しく教えてくれ」

「はい。氷川に、奇妙な力を持った人間が現れたんです。はじめは国つ神だけで鎮圧できると思ったのですが……」

「が、何よ」

「人間は、奇妙な剣を持っていました。その剣に斬られたとたん、国つ神神は倒れてしまったんです。神なら傷ついてもすぐに治りますのに、いっこうに傷がふさがらないのです!」

「何だそりゃ。……まあいい、中つ国の、氷川だな。行って来る」


 報告に来た天つ神を放って、俺は高天原から中つ国へ降りた。

 氷川に降り立つと、その場が血の臭いで満ちていた。


 名も知らない国つ神々が、倒れ伏している。

 おかしい。国つ神も天つ神も、差はあるものの、怪我や病気をしても、すぐに治るのだ。それこそ剣で斬られようと矢で射られようと、すぐに癒える。


 なのに、どうして彼らの傷はふさがっていないのだ? 目の前にいる、可笑しな武器を持った人間が原因なのはわかるけど。

 

 数十柱の神々が、息だえて倒れているのは、見ていていい気分になれない。同族の死というのは、苦しいもんだ。

 生臭い鉄の臭いに鼻をおおう。悔しげに見開かれた目が、痛ましい。それをそっと閉ざしてやる暇も、俺にはない。


 目の前の、奇妙な人間が、俺にその切っ先を向けているからだ。俺を斬るつもりでいるんだ。

 その人間は幼い。元服して間もない少年だ。目はうつろで、呆然と突っ立っている。ただ、剣を握る右手だけは、力がこもっていた。


「……チャンバラは建御雷の管轄だっつの」


 とはいえ、このままにしてはおけない。

 ざっと見、あの子供は剣を握れるようななりではない。誰かが子供に贈ったんだろう。


 ――こいつはやばい。国つ神を殺しているのだ。下手をすれば、俺も死ぬ。


 だけど退くわけにはいかない。この事態をみた国つ神のボス――大国主どのが気づいてくれればいいんだけど。無理だな。あいつ今頃出雲の美女の尻追っかけまわしてるだろうし。


 ふらふらとした足取りではあるのに、子供の剣さばきは正確だった。

 素早く横に薙ぎ、俺を斬ろうと狙ってくる。一撃を避けても、次の一撃がすぐに飛んでくる。

 薙いでだめなら突く。突いて回避されたら斬り上げる。とにかく、目の前の子供は俺を斬りたくてしょうがないらしい。


 だけど、俺だって素直に斬られるいわれはない。

 剣技を避けて、子供の隙を伺う。

 次の一撃を避け、俺は子供の右手首をひねり上げた。とにかく、その可笑しな武器を手放させなければ。


 ぎりっと力をこめると、子供は耐え切れず剣をぽろっと落とした。

 剣が離れた子どもはいきなり首をがっくり落として気絶した。


 どっと汗が吹き出た。

 子供から発せられる気が、尋常じゃなかった。これはどう見ても俺を殺すつもりで来ていた。

 胸がどきどきする。どうにかこうにか、助かったのだ。


 子供を木陰に寝かせる。とりあえず、国つ神の死体を黄泉に運ぶ必要がある。死体処理はカグツチの仕事だし、国つ神のことは大国主殿に伝えなければ。


 ほーっと息をついた直後、思わずつんのめった。


 視線を下に移動させると、腹に何かが突き刺さっていた。

 鋭い刃が、刺さってる。え、なんで?

 引き抜かれた。腹と背中に激痛が走る。


 背後を確認すると、死んだはずの国つ神が、その剣を構えていた。

「う、そ」

 死んでいなかったのか? いやそんなはずはない、あの出血量じゃまず助からない。俺が来た時には、皆手遅れだった。


「ぐぅ、う」

 腹を押さえて、俺はソイツに向き直る。やっぱりこいつ死んでる。目に生気が宿ってないし、何より穢れに満ちている。

 死体が動いているんだ。さらに厄介なことに、死んだはずの国つ神すべてが、むくりと起き上がった。狙いは、まあ俺だよな。


 傷はふさがらない。それどころか、血がどんどん流れていく。痛みも増してきた。息が苦しい。立っているのもやっとだ。

 こんなの、俺だけでは対処できない! せめて経津主か、鳥舟がいてくれれば何とかなる。

 いや、俺は戦闘に向かない。俺だけでは無理だ。

 

 このままでは、殺される。せめて、デカい声を出せたら、高天原にこのことを伝えることはできるだろう。

 だけど、腹を刺された俺に大声を出す気力は残っていない。逃げようにも、囲まれている。それに、気絶した人間の子供を置いていくこともできない。


 高天原を仰ぐ。誰も降りてこようとはしない。

 周囲を見渡す。人っ子一人いない。


 いつものあれだ。

『手力様が来たからには、もう大丈夫』

『手力様に任せておけば、問題ない』

『手力様なら、なんとかしてくれる』


 そう。こんな深刻な状態も、俺に任せりゃいいんだから。だから、他の神々を派遣なんてことはしないのだ。

 国つ神も、天つ神も、俺がひとりでこの場を収めてくれると本気で信じているのだ。無茶いうな。


 げほっ、と血を吐く。胸が赤く染まる。口の中が鉄っぽい味で気持ちが悪い。

 

 国つ神のひとりが、俺を床に押さえつける。思わぬ負傷でまともに動けない俺をすっ転ばせるのは簡単だっただろう。

 負傷がこんなに自分を縛り付けるとは思わなかった。

 手足を押さえつけられる。じたばた抵抗してみたが、余計力任せに押し付けられるだけだった。


 剣を持った国つ神が、死んだ目で俺を見下ろしている。にやりと笑っている顔が、不気味で仕方がなかった。


 ああ、俺、彼奴に斬られて死ぬんだな。


 誰にも心配されず、見向きもされず。


 誰も助けに来てくれない。叫ぶこともできない。


 俺は、ここで死ぬ。ああ、死んだら、がっかりさせちまうだろうなあ。手力様の癖に、ってさ。


 投げやりな気分で、諦めを感じながら、俺はもういいやと目を閉じた。

 


 ころん、と聞き覚えのある音がした。

 この音は、あの方の足音だ。だけど空耳だろう。あの方が、こんな血生臭いところにおられるわけがない。


 死体になってもなお動いていた国つ神は? 剣は? 子供は?

 いろんな疑問が頭をぐるぐる駆け巡る。

 いや、それよりも、どうしてあんたがくるんだ? だって、誰も助けになんて来なかったのに。


「もう大丈夫よ、手力」

 耳がおかしくなっているんだ。あの方の声が聞こえるなんて。相当俺の体はやばいらしい。


 仰向けに倒れている俺を、非力な腕で必死に抱き起そうとするのは、

 紛れもない、天照お嬢だった。


 霞んだ目でも、分かった。艶のある黒髪、太陽の髪飾り、無表情の顔。……無表情?

 

 お嬢は、泣いていた。泣き声を出すでもなく、悲しみの表情を浮かべるでもなく、ただ静かに涙を流しているだけだ。

 


 なんで? なんであんたが泣いてるんだ?


「よく頑張ったわね。もう、大丈夫よ。傷も、ふさいだから」


 お嬢は、俺を抱き寄せる。


「お、嬢……」

「気付かなくて、ごめんね」

「な、に」

「ごめんね、手力。ごめんね」


 泣かないでくれ。泣き虫を治すために無表情決め込んでるんだろうが。

 

 ああ、でもあんたは、俺のために泣いてくれるんだ。誰も心配なんてしてくれなかったのに。よりにもよってあんたが泣いてくれるのか。



 頼むよ、お嬢。何でもいいから。

 俺などのために、泣かないで。

 




 中つ国で、ひと騒動起こっていることは、割とすぐに気づいた。

 なんでも元服したての子供が、似合わない剣をひっさげて、国つ神を斬っているということだとか。

 わたしは、最初は国つ神に任せておけば問題ないと思っていた。だけれど、それどころではなくなった。

 

 子供の剣に斬られた国つ神は、みんな死んだ。神はけがをしてもすぐに治るのに、その剣に斬られると、傷がふさがるどころか、余計に血が流れた。そうして、神々は死んでしまった。


 そして、天つ神のひとりが、手力を派遣した。

 だけど、それっきりだった。

 

 誰も手力の加勢に行かない。建御雷や経津主を呼びにいかない。

 皆、ほっとしていたのだ。

「手力に任せておけば大丈夫」と、本心からそうこぼしていた。


 ほんとにそうなのかしら、と思っていたわたしは、万が一を考えて、手力を見守っていた。

 嫌な予感は、的中してしまった。


 死んだはずの神々が動き出し、手力をその剣で刺した。


 これは非常事態だと悟り、わたしは本能でこの身一つで地上に降りた。

 誰かの助けを借りようとか、建御雷を呼ぼうとか、そんなことを考えるよりも早く、手力を助けなければと思った。


 死体は穢れ。穢れは、光に弱い。太陽の神であるわたしは、穢れに対して相性がいい。

 わたしが太陽と光の力を借りて、死体となっても動いていた神々を、討伐した。

 剣も、破壊した。


 危うく、手力を失うところだった。

 手力は、今までひとりで、神々や人間の無茶を引き受けて、こんな風にいつも傷ついていたのだ。


 それに気づかなかったわたしは、大馬鹿だ。


 わたしは、手力を抱き締めた。

 こんなにぼろぼろになるまで、手力はずっとひとりで抱えていた。

 大きな力を、誰かのために、助けるために、善のために、ふるっていた。


 わたしは、それに甘えていたのだ。

 わたしが至らないから、手力を傷つけた。


 思わず、涙がこぼれてしまった。

 ばかね。泣き虫を克服するために、のっぺらぼうになったのに。


 ごめんね、手力。

 優しさのために、傷つかないで。

私の考える手力さんは器用貧乏な感じで、人助けするものの結果的に損するタイプのお兄さんです。いつも報われなくて苦労しますが、その苦労に最初に気づいてくれたのは天照お嬢かなあと。この一件がきっかけで、手力さんはお嬢をより意識してしまうわけで、つまり何が言いたいかというと天照お嬢と手力さんくっつけたいお!というね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 手力サンと天照サンの心情描写の対比が良いですね。少しウルッと来ちゃった。 こういうベタなのに弱いんだよなぁ(笑) [一言] 手力サンを描く必要が出てきたので、改めて拝読させていただきました…
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