茜の記憶
俺は幼い頃、両親を亡くした。
母は俺を産んでから、すぐに病気で亡くなり父は俺が五歳の頃に出現した怪物との戦闘で亡くなったと聞いている。
俺の父は天学の学園長、魔技野の元に集まった騎士の一人だった。
両親のいない子なんてそう珍しい話ではないだろう。実際、魔技野の騎士は三千人ほどいたのが壊滅状態に陥ったと聞く。ならばその子供は親を亡くしているということだ。
俺もそんなたくさんいる不幸な少年の一人だっただけだ。
俺はその後、じいちゃんの家に預けられた。
田舎の山々が連なるのどかな場所だったと記憶している。まあ、少し前までそこにいたのだが。
じいちゃんの家に預けられた俺は当時慣れない環境への不安で押しつぶされそうだった。
そんな俺を助けてくれたのがそこで出会った一人の少女だった。
名前は茜。
元気の塊のような少女だった。
彼女は世間知らずで名家の家の子だった。
それからは毎日が楽しかった。
じいちゃんとも仲良くなり、すっかりおじいちゃんっこになった。
二年経ったある日、茜は突然俺の前から去った。
俺は泣いた。わんわんと、大泣きした。
そんな俺の頬を彼女は優しく撫でた。
そして、こう言ったのだった。
「泣かないで、しろちゃん……」
「わたしたち、ずっと一緒にいたんだもの。
きっと、また会えるよ……だから……いつか、わたしを見つけて」
「みんなを……守れるくらい強い男の子になって……」
天学に入ったのはそんな彼女の想いに応えるためだった。
彼女にまた会いたい。誰も守れなくても良い。ただ、茜さえいてくれれば。
だが、何かを忘れているような気がする。とても悲しいことが心からすっぽり抜け落ちたような。
それが何なのかは思い出せない。
思い出さない方が良いのかもしれない。
「藤代君、どうしたの?」
夜、談話室で考え事をしていたら、岡倉が話しかけてきた。
「ああ、いや、ちょっとな」
突然のことに反応が遅れる。
「そう言えば、今日、茜原さんに謝れた? 話しできた?」
「うっ……」
思わず顔をしかめてしまう。
「出来なかったんだ?」
「……そうなんだよ」
俺は頭を抱えた。情けなくて、耐えられなかった。
「なあ、岡倉。俺、ここにいても良いのかな?」
気づけばそんな質問をしていた。
「……藤代君はどうしたいの?」
「え……?」
意外な返事が返ってきた。
「藤代君がここにいたいのなら、それを邪魔する権利なんて誰にもないと思うけど」
淡々と言葉を発する岡倉。
「俺が、どうしたいか……」
俺は……
「あ、忘れてた」
不意に岡倉が声を出す。
彼女は手にコンビニ袋を持っていた。
「さっき一階のコンビニ行ってきたの」
岡倉はそう言うと、袋からアイスを取り出した。
ガルガル君、ぶどう味だ。
「わたし、アイスはこれが一番好き。さっぱりしていてしつこくない」
「あっそう……」
独特の空気についていけなくなる。
岡倉はマイペースだと俺の頭は理解した。
「……まあ、自分に自信、持ってみるよ」
「なんのはなし?」
「ここにいても良いのかってことだよっ!」
「ああ、それ。まだ続いてたんだ」
「おいおい、ひどくないか……?」
「……なら、お詫びにこのアイスを一口あげる」
岡倉はさも大したことなさそうに俺にアイスを差し出した。
「えっ、マジでくれんの?」
「うん、溶けちゃうから早く」
うへ、何この展開。
せっかくだし、アイスをベロベロに舐め回すか……
「じゃあ、一口」
俺はお言葉に甘えて一口齧る。
俺に舐め回す勇気はなかった。
「おいしい?」
「あ、ああ」
味なんて正直、分からないほどに緊張していた。
いやいや、これはあれよ? お詫びだから。
俺に対して特別な感情とかないから。
自分に言い聞かせてなんとか抑える。
「ふう……そろそろ、寝るわ」
「そう……また明日ね」
「ああ、いろいろありがとな」
そうして、俺は自室に戻った。
翌日、いつものようにホームルームに出席すると、いつもニコニコしている先生が険しい顔をしていた。
「なあ、綾子ちゃんどうしたの?」
栗壺が訊いてきた。
「知らんがな。俺に言われてもわからんよ」
すると、先生が口を開いた。
「皆さん! 明日は、クラス対抗戦の初戦です! 絶対に勝ちますよ!」
「気合入ってんなあ」
先生はメラメラ燃えていた。
「せんせー、初戦の相手はどこなんですか?」
クラスメイトの吉上が質問する。
「はい、相手はBクラスです。先生の見たところCクラスとは五分五分と言ったところでしょうか」
まあ、入学当初からそんなに差はないだろう。
「藤代、頑張ろうぜ」
栗壺がニヤッと笑いながら言う。
「おう」
それに俺もニタッと笑いながら答える。
そして、対抗戦当日が来た。
だだっ広い演習場に両クラスの生徒が並んでいる。配置は委員長である茜原と田中が最後尾にいて、後は適当だ。
俺は茜原の前に配置されたので少し彼女に話しかける。
「よう、調子はどうだ?」
「問題ない」
「そか、安心しろよ、俺が守ってやるから」
キリッと決める俺。
「いや、全然当てにならん」
スパッと切り捨てる茜原。
「ま、そりゃそうか。 まあ、頑張れよ」
「……ああ」
「……なあ、茜原。 俺、ここに来たのはな、約束を守るためだ。 世界で一番大切な人に会うためにここに来た」
「そうか」
「そのためならどんな手でも使ってやる。お前にどんなに非難されようが構わない」
俺は自分の想いを茜原に話す。
「いや、わたしも自分の価値観を押し付けてしまったな。すまなかった」
茜原は俺に詫びた。それは心からの謝罪に聴こえた。
「なんだ、これで仲直りだな」
「そうだな」
俺たちは握手を交わした。初めて触れる茜原の手は温かかった。
「さあ、勝ちに行くぞ、修介!」
剣を形成すると茜原の周りに炎が巻き起こる。彼女はとても頼もしく見えた。