第1話
『勇者』
それは誰もが憧れる職業。
『勇者』
それは魔族や魔物と言った人間に恐怖や絶望を与える者達と戦い弱き者を守る者。
しかし、この物語の主人公は『勇者を尊敬する事は無い』
なぜなら……
主人公にとって勇者は
ただの『ろくでなし』でしかないから。
山奥の小さな村ジオスからこの物語は始まる。
この小さな村のはずれに少年が1人住んでいる。
少年の名は『ジーク=フィリス』。年齢は17歳であり、まだ、幼さの残る顔立ちをしているが祖母から受け継いだ村の小さな薬屋を営みながら1人で生きている。
昨日は長い時間、材料集めのために山の中を歩いていたせいで眠気が覚めなかった。調合なんて後に回して早く寝れば良かった、とジークは後悔した。
寝室のカーテンを開けると部屋に入ってきた朝日がまぶしかったようで表情を小さく歪ませて大きな欠伸をする。
過ぎた事をいつまでも引きずっていても仕方がないと思ったようで、起きたばかりで寝癖が付いた頭をかくと店を開ける事を決めた。と言っても村の薬屋に訪れるは年寄りばかりだ。
身体を大きく1度伸ばした後、いつもとあまり変わらないであろう客層の事を考えて苦笑いを浮かべるとタンスから洗濯を終えてキレイにたたんだ服を引っ張り出し、身支度を整えて寝室を出て行く。
顔を洗い、寝癖をキレイに整え、薬の調合に使用している工房に移動する。
工房は昨夜、片づける事なく眠ってしまったため、荒れている。
ジークは片付けをしないと行けないと思い、昨夜の自分の行動を後悔しつつも、後悔しているだけでは何も変わらないと思ったようで店先にかけてあるプレートを『営業中』に変えた。
片付けが一段落したようで休憩をしようと考えたジークは、レジカウンターのそばに置いてあるイスに座った。
その場所は窓が近く、窓から見える太陽の位置を確認するとあまり来て欲しくない客がいるようでため息を吐いた時、店のドアを「コンコン」と叩く音がする。
「ジーク、頼んだものできている?」
ジークが返事をする前にドアが勢いよく開き、腰に剣をかけた青いショートヘアーと髪と同じ色の瞳が印象的な少女が店のなかに入ってくるなり、少女は店の中にある商品を物色し始めた。
「できているけどな。今日こそ代金を置いて行けよ」
「もう。ジークは細かいよ。幼なじみの美少女がお願いしているんだから、ここはサービスするところでしょ」
「幼なじみだと言うなら、1人で生計を立てている俺の都合を考えろ。毎回、代金を踏み倒されて、俺にどう生活をしろと言うんだ?」
少女はジークの1つ年下の幼なじみでこの村の村長の娘の『フィーナ=クローク』であり、彼女は工房の薬瓶をいくつか手に取り、何かを考え始める。
彼女はいつも代金を支払わずに店の商品を持って行くようで、ジークは今日こそは代金を払うように言うが彼女は代金を払う気もないようであり、その言い分に大きく肩を落とすと小さな声で愚痴をこぼす。
しかし、フィーナはジークの事など気にする様子も見せずに商品の物色を続けており、ジークはそんな彼女の様子に眉間にしわを寄せながらも祖母が亡くなった時に彼女の父親には世話になった事もあるため、きつくは言えないようで眉間に青筋を浮かべている。
「ジークこそ、いつまでもこんなお店やってないで、私たちと一緒に行こうよ。魔族や魔獣と言われる魔物の1匹でも倒せば一攫千金、大金持ちも夢じゃないんだよ。村の外には夢も希望も落ちているの。こんな村で遊んでいる理由はないよ」
「……何度も言っているだろ。俺はこの店を続ける。ばあちゃんが守ってきた店が大事だしな」
フィーナは村長の娘のためかわがままに育っているようでジークの心境など気にする事はなく、いつものように彼を冒険に誘う。ジークは彼女の誘いを拒否し続けており、これ以上は無駄と判断したようで彼女の言葉に反応する事なく店の準備を続けて行く。
「ねえ。どうして、あんたはこんな片田舎から勇者様って呼ばれるまで有名になったおじさんとおばさんの子供なんだよ。その子供のあんたが村から出るわけでもなく、1人でこんな小さなお店で満足しているのよ」
「何度も言わせるな。俺は勇者様なんかに興味はない。周りからいくら騒がれようが、あんなもんただの『住所不定無職』だ」
フィーナはジークの態度に不満げな声を上げて彼の両親の事を引き合いに出す。しかし、彼にとっては両親の事は触れて欲しくない事のようで、フィーナの言葉に不機嫌そうな表情をすると両親を家族だと思っていないようで吐き捨てるように言った。
「住所不定無職って、他に言い方があるでしょ? 何で、そんなに否定的なのよ。おじさんもおばさんも立派な人でしょ。多くの困っている人を魔族や魔物の恐怖から救っているのよ。バカにしないでよ」
「うるさい。用が済んだなら代金を置いてさっさと出て行け!! 俺はお前の相手をしているほど暇じゃないんだよ!!」
フィーナは両親の事を悪く言うのは止めた方が良いと言うが、ジークはフィーナの相手をするのも限界のようで代金を置いて出て行けと叫ぶ。
「仕方ないな。今日は諦めるよ。また、誘いにくるからね」
フィーナは勇者と言われている両親の血を引くジークに才能があると思っているようで自分が有名になるために絶対に必要と思っている事もあるのか諦めないと笑うと店の商品を何点かカバンに詰め込み店を出て行こうとする。
「何度きたってかわらない。と言うか、まずは金を払って行け!! 村長には世話になってるから黙っていたが、いい加減にしろ!! お前がやっているのは窃盗だ!!」
「じゃあね。ジーク……きゃっ!?」
「ふぇっ!?」
ジークは彼女の行動に生活もかかっているため、代金を支払えと怒鳴る。しかし、彼女は本当に代金を支払う気はなく、ジークから逃げるように店を出て行こうとしてドアを開けて、店の外に駆け出した。
店の外にはキョロキョロと周囲を見回しながら歩いている赤色の綺麗なロングヘアーの少女がおり、フィーナはジークから逃げるために全力で駆け出したため、彼女に気が付いた時にはすでに遅く、勢いよく彼女に衝突すると2人は尻餅を付いた。