3話
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物凄く励みになりました。
まだ薄暗い午前5時。就寝したのが早かったせいかこんな時間に目が覚めた。
クルスを起こしてから手早く身支度を済ませ食事を取る。
朝食はコロッケ弁当。賞味期限はとっくに過ぎているが気にしない。少なくとも腐ってないし。
持ってきた出来合いの弁当はこれで最後。そう思うと妙に美味しく感じる。
嫌いだったナスの和え物も躊躇せず口に入れ舐めるように弁当箱を空にした後、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「ンヴァ」
クルスは私が喋ると必ず合いの手を入れてくれる。
独りじゃないと思えるので嬉しいが口に何か入っている時はやめてほしい。
飛んできた飯粒を拭いつつケトルを火にかけ湯を沸かす。
コーヒーの缶を開け銀紙を剥がすと独特な香ばしい匂いが鼻を刺激した。
その香りにニンマリしつつ粉をカップに入れお湯を注いだ。
「朝はやっぱりコーヒーよね」
「ン……」
「食べながら話すの禁止」
何度も米粒を飛ばされたらたまらない。
悲しそうな思念を伝えるクルスは放置して熱々のコーヒーを啜りながら周囲に広がる森を眺める。
節約していたつもりだが向こうから持って来た水の1割をもう使ってしまった。
水が欲しい。切実にそう思う。
ろ過器があるので多少汚れていてもいい。
水といえばパッと思いつくのは川だが、果たしてこの深い森に分け入り発見できるだろうか?
運良く発見できたとして無事このキャンプ地まで戻ってこられるだろうか?
「無理だろうなあ」
山歩きの経験は全くない。アウトドア専門店の店員からアドバイスは貰ったが所詮付け焼刃。
迷った挙句行き倒れる己の姿が目に浮かぶ。
クルスを単独で行かせる手もあるがなるべく一緒にいたい。一人になるのは不安だ。
ならばと森からキャンプ地である村跡に視線を移す。
異世界人とは未だ接触をできてないが、どんな姿形であれ同じ哺乳類ならば私と同じく水分を必要とするはずだ。
そうであれば村を作る時は必ず水場の近くにする。
当てもなく森に分け入るより先にまずこの廃墟に水がないか調べてみるべきだろう。
「決まりね」
早速行動に移るためコーヒーを飲み干し、勢いよく立ち上がった。
◆◇◆◇◆
クルスを連れ索敵スキルを発動させながら注意深く歩く。昔はそこそこ発展した村だったのだろう。地面には白い石畳が敷かれ家屋跡も数は少ないが等間隔で並んでいる。
深く生えた雑草や石畳に開いた穴に足を取られ何度か転びそうになりつつも、見落としがないよう目を凝らす。
しばらく進むといきなりクルスに袖を引っ張られた。振り返ると歩みを止め一点を指差している。
「どうしたの?」
「ヴァーヴァ」
クルスが示す地点は特に崩壊が酷かった。
石塀が崩れたのかそこかしこに瓦礫が散らばって小さな山を作り、その上ありとあらゆる隙間から雑草が顔を出している。
腰に下げた鉈で雑草を刈り取り慎重に近づくと黒い何かが見えた。
――――これか。
瓦礫を脇に寄せながら更に近づき付着している砂埃を手で払う。
表面は冷たくつるりとしている。明らかに人工物だ。他の石と違い風化している様子はない。
大部分は瓦礫に埋まっているらしく見えているのは極一部のようだ。
「んー……結構でかそうだなあ。クルス、ここら辺にある瓦礫を全部どけて頂戴」
「ヴァ」
指示を出すと邪魔にならないように少し距離を取り一服しながら作業の様子を眺める。
1本目を吸い終わり2本目に火をつけた所で全体像が現れた。
黒い何かは四角い縦横1m程度の石で出来た物体だった。
一枚岩を切り出して作られたのか継ぎ目が一切なく、中央に向かって楕円を描くように深く削られている。
中央には小さな丸い穴が開いており、蛇口をつければ故郷にあった洗面台にそっくりだ。
顎に手を当て考え込む。
ここまでくる途中、ため池や井戸のような物は発見できなかった。
もしかしたらこの物体が村の水源で丸い穴から水が沸いていたのでは? そう予測を立てる。
もうすでに枯れている可能性もあるが、ゴミが詰まっているだけかもしれない。そう思い、近くにあった木から長めの枝を1本手折り勢いよく穴の中に差し込んだ。
――――カチ。
乾いた音と共に赤茶けた汚泥が勢いよく噴出した。
「ちょっ!」
慌ててその場から逃げるが間に合わず全身に浴びてしまう。汚泥は口内や服の隙間にも侵入し肌にシャツが張りつく。激しく咳き込んで喉に詰まった汚泥を地面に吐き出すと泥の中で糸ミミズのような虫が無数に蠢いていた。
「さ……最悪」
顔から血の気が引き鳥肌が立つのがわかった。
靴底で蠢く生き物を踏みつけペットボトルの水で口を何度も何度も濯ぐ。汚泥を被った衣服を脱ぎ捨て貴重なはずの水を惜しげもなく頭上からかけ汚れを落とす。
「服とタオルを取ってきて!!」
「ヴァ」
後で考えればこの時の私は軽いパニック状態だったのだろう。頭の中はこの生物への嫌悪感で染まり節水などという言葉は吹き飛んでいた。2本目のペットボトルにも手を出し皮膚に張り付いた虫を必死に地面へと洗い流した。
我に返ったのは2本目のペットボトルが空になった頃。
「やっちゃった……」
クルスが持ってきてくれたふかふかのタオルで水分をふき取りつつ自己嫌悪に陥る。
たかが虫ごときでここまで取り乱すなんて情けない。自分で自分を殴りたい気持ちで一杯だ。
結果論になるが糸ミミズもどきに害はなかった。冷静に対処すれば塗らしたタオルでふき取る程度で十分だったはずだ。
「ヴァー」
「あー、ごめん。もう平気だよ」
心配げにこちらを伺うクルスにそう声をかけ着替えのズボンを手に取った。
着替えを済ますと諸悪の根源である水場に視線を移す。
最初にあった勢いはすでになくこんこんと水が湧き出している。だがせっかくの湧き水も汚泥と混じり合いこのままでは使えそうにない。
一旦車に向かいビニールのバケツ2つとポリタンクに石鹸を抱えて戻る。
そしてバケツで泥水をすくい地面に捨てる。これを何度か繰り返すと濁りは大分薄まってきた。
かき出す作業をクルスに任せ、もう一つのバケツに水を汲んで汚れたタオルを軽く濯いだ後石鹸をつける。
後は一心不乱に水が溜まった窪みをゴシゴシ擦っていった。
◆◇◆◇◆
「やっと綺麗になった――――!」
「ヴァ――――!」
両手を高く掲げ湧き上がる達成感に身を浸しつつすっかり様変わりした水場に目をやる。
薄汚れていた岩肌は側面までピカピカに磨き上げられ黒光りし、湧き出す水も透明になった。
石鹸で洗ったバケツに水を汲み鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
「うん、臭くない」
さすがに直接飲むのは怖いが煮沸消毒すれば問題ないだろう。
早速丸めていたポリタンクを広げバケツに汲んだ水を入れていく。
このポリタンクは災害用で使わないときは衣服の様に丸めて仕舞っておける。底近くに小さな蛇口が付いており捻れば水がでる便利仕様だ。
「こんなもんかな……ってやっぱり重い」
ポリタンクの容量は20L。とてもじゃないが持ち上がらない。クルスに運ぶよう頼み一緒に車へ戻る。
途中、腹の虫がぐーっとなった。いつの間にか太陽は中天に昇り時計の針はちょうど12時を指している。
水はまだまだ欲しいが急ぐことでもない。先にお昼を済ませるべく歩く速度を少し上げた。
◆◇◆◇◆
クルスはゼリーで、私はアルファ米で簡単に昼食を済ませ午後の予定を考える。
やりたいこと、やらなければいけないことは沢山ある。
溜まった汚れ物を洗濯しないと着替えがなくなるし、髪も洗わなければそろそろ痒くなりそうだ。水場への道を転ばずに歩けるように整備もしたい。それに食事を作ったり水を沸かすために薪を集める必要がある。コンロのガスは有限なのだ。
「あー……階段の下を見に行かなきゃいけないか」
本音を言えば階段の下なんて放置してしまいたいが、階段下にいるモンスターが昨日のゴブリン1匹だけなんて思えない。他にもいるはずだ。
昨日の様にいきなり車を揺らされたら困る。先制を加え安全を確保すべきだろう。
覚悟を決めて重い腰を上げる。
「クルス、探検行こっか」
「ヴァ!」
車体の下を示しながら声をかけるとクルスは張り切って準備を始めた。伝わってくる感情は“喜び”
もしかして戦闘が好きなの? そう問いかけたかったがやめた。
これまでもこれからも生き残るため、辛いことや危ないことの矢面にクルスを立たせる私が聞いていい質問ではない。
嫌いと答えられてもこの方針を変えるつもりは一切ないのだから。
「私って結構身勝手だったんだなあ」
またもや自己嫌悪に陥りそうな思考を振り払い車のドアを開けた。
腰に尻皮とウェストポーチをつけ黒のローブを羽織って厚手のカッパを頭から被る。
尻皮にタオルを、ウェストポーチには水や飴に包帯と傷薬、懐中電灯を入れている。まずは偵察だけのつもりだから簡単だ。
カッパは体液対策。これならば汚れても水洗いすれば簡単に落ちる。
クルスにも同様に皮のジャケットの上からカッパを着せ、短柄の斧を持たせる。長柄の方は柄に入れて背負わせた。
クルスを先頭に索敵のスキルを発動させつつ慎重に階段を下りるとそこには20畳くらいだろうか? 大きな地下室が広がっていた。
階段正面にはクルスの倍はある両開きの扉がどっしりと鎮座している。
懐中電灯を持ってきていたが必要ないほど部屋全体が明るい。軍手をはめた手で壁に触れてみると粉のような物が付着していた。
子供の頃アニメで見た光ゴケだろうか……気になるが便利だし今の所害はないので放置する。
空中に浮かんだ地図に目をやると扉を開けた先は通路のようだ。【索敵Lv1】の有効範囲は半径10m。この距離ではどこに繋がっているかはわからない。
もう少し奥を見てみよう。そう思い近づくと扉が内側に開き僅かな隙間が出来ていた。昨日のゴブリンはここから出てきたのだろう。
中に入るか迷っていると通路に赤いアイコンが表示された。
――――敵だ。
音を立てないようにゆっくり扉を閉め、敵の情報を探る。
アイコンは2つ。1つは昨日出会ったのと同じ斥候ゴブリンLv3、ステータスや装備は変わらない。そしてもう一つは――――
ゴブリン戦士 Lv5
HP 200/200
MP 10/10
力 15
体力 15
素早さ 10
知力 2
精神 6
運 10
――――――
E:青銅の剣
E:皮の丸盾
E:ぼろぼろの腰巻
【スキル】片手剣Lv3・盾術Lv2
こいつだ。
体力以外全てクルスのステータスを上回っている。Lv的にも明らかに格上。厄介極まりない。
クルスとゴブリン戦士の1対1なら私の回復魔法もあるし何とかなるかもしれないが、斥候ゴブリンと同時では勝負にならない。一方的に叩き潰されるだけだろう。
「扉、押さえてて」
「ヴァ」
とにかく時間を稼いで奴らを倒す方法を考えなくては……ぐっと両手を握り締め階段を駆け上がる。
勢いよくドアを開け車内の物資を漁り、使えそうな物を片っ端からリュックに詰め込む。
登山用のザイルにロープ、ビニール紐。テント用のハンマー、支柱に止め釘。最後に毎度お世話になっているスコップを持ってとんぼ帰り。
すぐさま扉の取っ手に支柱を通しロープできつく固定する。
「これでひとまず大丈夫かな」
額に浮かんだ汗を拭いタバコに火をつけ階段に腰を降ろした。
「さて……と」
奴らが扉付近をうろついている以上、殺さなければ安心できない。
向こう側に飛び込むのは問題外。1匹づつ誘き寄せて戦いたいが奴らは一緒に行動している。
私が参加して2対2の状況を作る? 無理だ。戦闘経験がないLv0がLv3に勝てる訳がない。
1匹がこちら側に来たら扉を閉める? 不可能だ。戦闘はクルスの役目、ならば扉を押さえるのが私の役目になるが、どちらのゴブリンが向こう側に残ろうと私の数倍力が強い。
ならば罠を仕掛けて足止めするか?
「……足止めの罠か」
2匹同時には無理かもしれないが1匹だけならば何とかなるかもしれない。
脳内をひっくり返しありったけの罠に関する知識を引きずり出す。
罠といってまず連想するのは有名なトラバサミだが持ってないので却下。作る技術なんてない。
学生の頃よくやった黒板消しを挟むアレは……無理だ。相当重い物じゃないと効果がなさそうだし、そもそも準備が整うまで開けたくない。
ネズミ用の罠も奴らが釣れる餌がわからないし、ゴキブリ用も粘着質のものはガムテープくらいしかない。鳥もちの作り方も不明だ。
「残るは落とし穴しかないかあ」
昨日から穴ばっか掘ってる気がしないでもないが、単純で効果的だ。
ジャンプして抜け出される可能性もあるがそこはジャンプ出来ないようにしてしまえばいい。
後はどこに仕掛けて待ち構えるかだがこれはもう階段上しかない。
この部屋の床は石製っぽいから掘れないし……。
「ん? 石?」
閃いた。床を壊して穴を掘ればいいのでは?
床に膝をつき一面に生えたコケを払い指で叩くと軽い音がした。
石製で正しい気がするが厚みはさっぱりわからない。とりあえず試してみるしかないだろう。
クルスを呼び寄せハンマーを渡して命令を出す。
「合図したらこれで床を思いっきり叩いて。それまでは音を立てないでね」
「ヴァ」
クルスが頷いたのを確認した後、地図と時計を交互に睨みつけ奴らの行動周期調査を開始した。
十分な時間をかけた結果、多少の誤差はあるものの地図の範囲から消えて20分後に赤いアイコンが再び表示されることがわかった。
ならば奴らが扉から一番遠くなるのは10分後。
タイミングを計って叫ぶ。
「クルス、今!」
「ヴァ!!」
部屋中に鈍い音が響き渡り石の欠片が頬に飛んできた。床にヒビは入ったが割れてはいない。
素早く時計に目線を移す。まだ10秒しかたってない。
「もう1回!!」
これが決定打となった。縦横無尽にヒビが増殖し、叩きつけた部分は凹んでその下に隠れていた地面に破片が突き刺さる。
予想以上の音が響いたが幸いなことに奴らは気づかなかったようだ。
安堵のため息が口から漏れるが本番はまだまだ先。頬を打って気を引き締め破片を取り除く。
そしてスコップを床と地面の間に挟み、持ち手に体重をかける。するとヒビが入っていた床はすんなり剥がれた。
落とし穴の位置は扉前1mの地点と決めた。
クルスは墓穴とトイレでコツを掴んだのか豆腐でも掘るようにさくさく掘っていく。まことに頼もしい限りだ。
掘り出した土はゴミ袋に詰め階段前に土嚢として積み上げる。最悪の状況になった場合の備えだ。生き残るため、逃げる手段は常に用意しなければ落ち着かない。
落とし穴の深さは2m程度。クルスがぎりぎり這い出れる高さだ。
底に床の破片を埋め込もうかと思ったが自分たちが落ちた時のことを考え却下。代わりにクルスの膝程度まで水を入れグルグルとかき回し粘度のある水溜りを作成した。
奴らの身長は1m以下。この落とし穴から出るのは困難なはずだ。
最後にゴミ袋で穴を隠し軽く土をかけて完成。
床剥がしや穴掘り、水運びに土嚢の積み上げなどゴミ袋に土を詰める作業以外は全てクルスにお願いした。
さすがのクルスも体力が尽きたのか肩で大きく息をしている。少し罪悪感が沸いた。
「お疲れ様。ちょっと休憩しよっか」
「…………ヴァ」
心なしか声に張りがない。
ペットボトルを渡して水分を取らせ、濡れタオルで顔や手についた土を丁寧に拭い乱れた髪を結いなおす。
「ゴブリンを殺したらご飯にするからがんばって」
「ヴァ!」
ご飯という単語を聞くと元気が出たらしい。それまでこれで我慢してと飴玉を放り込んだ。
◆◇◆◇◆
1時間ほど休憩した後、ハンマーを叩いた時と同じタイミングで扉を片方だけ開けた。こちらからは近づかない、奴らに襲われるのを待つ。
配置は奴らから見て扉、落とし穴、クルス、土嚢、私の順だ。
この位置関係ならばクルスが持っているスキル【忠誠:主を背後にして戦う場合力+10】が生きるし、私もクルスが危なくなれば回復魔法で援護したり、リターンを唱えて帰還させ地上に逃げたり出来る。
最初に気づいたのは斥候ゴブリン。耳障りな叫び声を上げ指差しながらゴブリン戦士に私たちの存在を教え、ナイフを抜いて走り出す。ゴブリン戦士もそれに続くが足は斥候ゴブリンの方が早い。
そして罠にかかるのも……。
「ギャギャ?!」
盛大な水音と共に斥候ゴブリンが罠にハマった。中で暴れ何度も脱出しようと飛び上がるが泥水に足をとられ適わない。
計画通りの展開に思わず頬が緩んだ。
ゴブリン戦士は落とし穴の手前でしばしうろうろと躊躇を見せていたが、やがて意を決したのか助走をつけ力強く床を蹴った。
弧を描くように飛ぶゴブリン戦士。その姿に思わず突っ込む。
――――通路を作ってあったのに何で使わないの?!
予定では扉と落とし穴の間にある1m程の細い通路で戦わせるつもりだった。狭い場所では動きが制限され戦い難いはず。そう考えて決めた作戦だった。
というか1匹目がハマった後、それを見た2匹目が敵前で飛び越えるなんてリスキーなマネをするとは思わない。誰だって迂回路を探すか撤退すると考えるのが普通だろう。
あほだ。こいつら想像以上のあほだ。
ズキズキと痛む頭を手のひらで押さえつつ指令を下す。
「……クルス、足を攻撃」
「ヴァ!」
着地寸前、クルスの斧が風を切り命令通り足を狙う。軌道を悟ったゴブリン戦士は体を丸め、盾の影に身を隠すがクルスはとっさに右足を軸に体を捻って半回転。体勢を入れ替え無防備な背後から斧を振り下ろした。
「ギャアアアアァ――!!」
体を縮めたのが仇になったのか、足を狙った刃は腰へと食い込み赤黒い血液が空中に飛び散った。思わずそむけそうになる顔を叱咤し惨劇を凝視する。
床に転がったゴブリン戦士は必死の形相で立ち上がろうと両腕に力を込めるがもう遅い。斧が首筋へと振り下ろされその生命活動は永久に停止した。
◆◇◆◇◆
ゴブリン戦士の死亡確認後、クルスと自らのステータスを見比べ肩を落とす。
「うーん、やっぱり経験値入ってない……」
「ヴァー」
先ほどの戦闘でクルスのレベルは1から2へと上昇していたが、私は未だLv0のまま変わっていない。
戦闘を始める直前、クルスのおこぼれを貰おうと『パーティ作成』、『クルスを仲間に入れる』、『経験値分担』など思いつく限りの単語を声に出してみたが何の変化もなかった。
もちろん空中に浮かぶウィンドウも同様だ。あらゆる場所に触れてみたが反応なし。
そうなればレベルを上げる方法はただ一つ。
「殺さなきゃだめか」
未だ落とし穴の中で暴れ続けている斥候ゴブリンに目をやる。別に殺しが嫌だとかそんな気持ちは一切ない。主に実力の面で殺せる自信がなかっただけだ。
まあ、罠にハマったコイツなら何とかなるだろう。
顎に手をあて方策を練った後、テントの支柱にゴブリン戦士が装備していた小振りな青銅の剣をビニール紐で結びつけ、ずれない様にガムテープで補強し簡素な槍を作成する。
「よいしょっと」
多少重いが斧よりは断然マシだ。
まずはクルスに渡して斥候ゴブリンの利き手を傷つけてもらい、ナイフの投擲を防ぐ。
そして安全な落とし穴の上からちくちく突く。
ほとんど避けられているが気にしない。下手な鉄砲数打ちゃ当たる。
「汚れないし我ながらいい方法だわ」
自画自賛しつつ30分ほど続け無事、初のレベルアップを果たした。
扉を閉じてロープで再び封印した後、そろそろ上に戻ろうかと荷物を纏めていた作業中、強烈な異臭が漂ってきた。
目に染みるほどの酷い悪臭に思わず手で鼻を覆う。
発生源はおそらく死体だろう。そう半ば確信しつつ顔を向ける。
「なっ!?」
ゴブリン戦士の死体があったはずの場所。そこには淡い光を放ちながらうねうねと動く塊があった。
何かが溶ける嫌な音と共に白い煙が立ち昇り塊の体積がだんだん小さくなっていく。
鼻を覆った手が僅かに震えている。落ち着けと自分に言い聞かし索敵スキルで情報を探るが表示されない。アイコンすらもない。
スキルは危険じゃないと教えてくれている。ならばあれは一体何なのか。様々な憶測が頭を駆け巡る中、ふと気づいた。
――――光ゴケだ。
よくよく見れば死体があった場所の壁面や床はどこか暗い。彼らの主食は死体なのだろう。
普段は壁や床に張り付き近くにいる生物が死ねばその肉体を捕食する。そんな所か。
ゴブリンも生きている間は無事だった。ならば私たちも生きているうちは襲われないはずだ。
念のため軍手を外し壁に触れて確かめてみるが、皮膚に付着した光ゴケは何の反応も示さない。
腰に巻いた尻皮に目を落とす。こちらも無事だ。
材質がお気に召さないのか。新鮮な死体しか食べないのか。疑問点は尽きないが私たちに害を及ぼさないならどうでもいい。
安堵のため息をついて顔を上げると塊はもうなく、ゴブリン戦士が身につけていた腰巻と小さな盾だけが残されていた。
◆◇◆◇◆
階段を上り地下から地上に出て新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。
「空気が美味しいってこういうことなのね」
「ヴァーヴァヴァー」
現在時刻は午後7時。太陽はとっくに沈み周囲は一寸先も見えないほど暗い。
車内灯をつけ荷物を車内に押し込み、夕食は何にするかと思った所ではたと気づく。
「先にステータス振ろっか」
「ヴァ」
クルスに歯が生えればおかゆは卒業だ。舌も生えるようなら美味しいものを作ってやりたい。
とりあえず手早く自らのポイントを割り振る。
不安要素だった体力を4上げて5に。知力を1上げて6にした。
知力を上げたのはMPを増やすためだ。クルスの知力が1でMP0、ゴブリン戦士の知力が2でMP10、そして私が知力が5でMP20だった。
ならば6にすればMP30になるのではないか? そう思って試したが正解だったようだ。
スキルは【索敵】をLv1からLv2へと上げた。
攻撃魔法が欲しかったが取得可能スキルの中にはなかった。たぶん条件が足りないのだろう。
結果はこうなった。
アキ・ヤマシタ Lv0→Lv1
種族:人間 性別:男 年齢:28歳
職業:会社員
HP 10/10→60/60
MP 20/20→30/30
力 1
体力 1→5
素早さ 1
知力 5→6
精神 32
運 8
【残りステータスポイント0】
【スキル】【ホムンクルス召還】【回復魔法Lv1】
【索敵Lv1】→【索敵Lv2:取得条件・索敵Lv1。効果・半径20m以内にいる敵の情報を探る】
【残りスキルポイント0】
【次のLvまで必要経験値18】
クルスのステータスは1づつ容姿に振っていく。
ポイントを無駄にしたくないので、目標である歯と舌が生えれば見た目宇宙人でもかまわない。
2上げて8にした所で舌が生え、更に2増やして10すると奥歯が生えた。前歯がないがそれは次と決め、素早さに割り振る。
スキルは前回見送った【片手斧Lv1】を取得した。
クルス Lv1→Lv2
種族:人工生命体 性別:男 年齢:0歳
主:アキ・ヤマシタ
職業:無職
HP 210/210→220/220
MP 0/0
力 15
体力 20
素早さ 6→7
知力 1
精神 0
運 5
容姿 6→10
【残りステータスポイント0】
【スキル】【忠誠】【献身】
【片手斧Lv1:取得条件・力10。効果・片手斧の操作技術が上がる】
【残りスキルポイント0】
【次のLvまで必要経験値38】
決定ボタンを押すと以前と同じく、ぐにぐに顔面が動く。2度目だからかもう気持ち悪さは感じない。
しばらくたつと瞳は半分ほど小さくなり麻呂のような眉毛が生えた。鼻も団子のようだが心持ち高くなって凹凸が出来、宇宙人から脱却。ようやく人類の仲間入りを果たした。
そして驚くほどの変化があった。
「クルス! もう1回、もう1回お願い」
胸の前で手を組みクルスの口元をじっと見つめる。
「あ……ありゅ、ありゅじ」
「おおっ!」
クルスが喋れるようになった。ただそれだけなのにじわじわと喜びが湧き上がってくる。
まだ舌が回らないのか言葉がつたないが練習すれば上手くなるはずだ。
今夜はご馳走にしよう。腕によりをかけて美味しいものを作って満腹になるまで食べさせてやりたい。
ならば聞かなければいけないことが一つある。
「ねえ、クルス」
「……あい」
「晩御飯、何食べたい?」
答えは私の日記にしっかり刻まれている。
斥候ゴブリンLv3(経験12)
ゴブリン戦士Lv5(経験20)
必要経験値
Lv0→Lv1(10)
Lv1→Lv2(20)
Lv2→Lv3(40)