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ALIVE  作者: 清 涼
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第一章(二の2)

 本当に、およそ150年程前の幕末の世にタイムスリップしてしまったのだろうか。

思わずごくりと生ツバを呑み込む。

しかし、冷静に考えれば彼らは野蛮なただの人斬りではない。それに、彼らは自分達の事は何も知らないが、自分達はこの時代の事を少しは知っている。そして、この後どうなるのかも。ただ惜しい事に、史実が全て詳細に事実であるという確証がない。

「司?」

再び藤堂平助に首に刀を突き付けられてしまった晃一は、司が余りに慎重で、それでいて何か戸惑っている様子に少し違和感を覚えた。それと同時に何か嫌な予感も走る。

何をためらい、何に怯えているのだろうか。晃一は何か言いかけようとしたが、司の目がそれを制した。

「あんたらは、池田屋に用があって来たんだろ?」


 カチャッ


その瞬間、永倉の刀も司に向けられる。全員の殺気が司に集中するのが分かる。

「四国屋辺りか池田屋か、二手に分かれて来たようだが、残念ながらこちらが本命だ」

なんら臆することなく淡々と言う司に沖田が口の端をニッと上げた。

「どうします、近藤さん。斬りますか?」

沖田も司同様顔色一つ変えず、淡々と言う。

「いや、待て」

路地の陰から池田屋を覗いた近藤が沖田の刀を下ろさせる。

「確かにこっちが本命らしい。 ・・・、 君は何か知っているな。だが今はその詮議をしている間はなさそうだ。相手は何人位居るか分かるか?」

「近藤さんっっ!?」

平然と司に聞く近藤に永倉が呆れた声を上げた。

「どこの誰とも分からないヤツに聞くなんて・・・。 まぁ、近藤さんが聞くなら仕方ないな。 で、何人居るの?」

沖田もため息をついて呆れたが、仕方がないと司に聞く。既に晃一も藤堂の刀から解放されていた。

「長州、土佐、肥後、ざっと二十数人ってとこか。 それに・・・」

司は言いかけて一旦言葉を切るとため息にも似た息を吐いた。

ここにいる隊士は全部で10名。この後の結果は分かってはいるが、それでもやはり圧倒的に不利な人数だ。史実によればこの日の隊士の犠牲者は1名だが、本当の犠牲はどれ程なのか検討もつかない。

「それに?」

沖田が聞く。司は意を決したように沖田に視線をやった。

「それに、会津藩は来ない」

「えっっ!?」

これには近藤始め、隊士全員が息を呑んだ。

池田屋にいる不逞浪士全員を討つか捕縛しなければならない。新選組の名に懸けて一人も逃す事は出来ないのだ。場合によっては4、5本の刃と交えなければならない。

それに、今から伝令を出して、四国屋付近を捜索している他の隊士達を待っていれば、時間がなくなり、取り逃がしてしまう可能性も高い。そうなれば、今朝捕縛した討幕派古高俊太郎の自白した恐ろしい計画が実行されてしまうかもしれない。隊士達に不安と焦りの影が見え始めた。

「早く行かないと逃げられるぞ」

既に時刻は過ぎている。

「僕達、負けるのかな?」

沖田がそんな隊士達をよそにさらりと聞く。

一瞬、永倉と藤堂が息を呑んだ。


「 ・ ・ ・ 」


その一瞬の間が暗闇と化して辺りを包む。

「勝つよ」

ふっと一息ついて、司が上目遣いに沖田に視線を送りながら答えると、沖田は口の端をニッと上げた。

「ふん、ならば決まりだね。 近藤さん、行きましょう」

中でも一番軽装している沖田が勝ち誇ったように言うと、永倉もニッと笑った。藤堂も自信ありげに頷く。すると、他の隊士にもすぐに闘志が溢れた。

やがて、目を閉じてじっと考えていた近藤が顔を上げた。

「よしっ、我らだけで踏み込むぞ」

近藤の決心した力強い声は若い隊士全員の気迫を高める。

「土方さんには?」

不意に、永倉が思い出したように言うと、一瞬その気迫も静まってしまった。一人でも欠ければ、いくら勇猛果敢な剣客達でも危険は増す。何せ相手も名の通った同じ剣客なのだから。

誰もが一瞬目を合わせた。

「オレが行くよ」

今度はさらっと司が言った。

「お前が?」

「君が?」

永倉と沖田が驚いたように言う。

「ああ。 ・・・、 もう少し居ると思ったんだが、本当に10人じゃ伝令役は誰もいないだろ。それに、沖田総司にこんなとこで死んでもらっちゃ困るからな。 行くよ」

司は隊士の数が本当にこれだけしかいないのを見ると黙っていられなくなってしまった。だが、沖田の嫌味とも殺気ともつかないイヤな視線を感じると首をすくめた。

「ならば頼む。 ・・・、 そうだ、これを持って行け。トシに見せれば怪しまれずに済む」

そう言って近藤は懐からお守りを一つ司に手渡した。

「時は一刻を争う、頼んだぞっ。 我らも行くぞっ、続けっ」

突然、鋭い闘志に満ちた両眼を見開くと、近藤の体全身から凄まじい殺気が溢れた。それに伴い、力強く頷いた隊士全員からも同じような気迫が溢れる。ここに一人一人の気迫が一つに集まると、物凄いパワーを感じずにはいられなかった。


 やはり現実だった。

今、目の前で歴史の中の一幕に立ち会おうとは。

司と晃一は、路地の陰から黙って息を呑んだまま様子を伺った。

 池田屋の前には、近藤、沖田、永倉、藤堂の四人が残り、他の隊士は裏口へと回って行く。

そして、戸口が開かれると、まず沖田が刀を抜いて押し入るように入り、永倉、近藤、藤堂の順に入って行った。

「会津藩お預かり新選組であるっ。御用改めを行う。手向かいする者は容赦なく斬り捨てるっ」

近藤の威勢のいい声が開かれていた戸口から外まで聞こえると、二階の灯りが消えた。

「始まるぞ」

司の呟く声と同時に、バタバタバタっ・・・、ガタガターーンっっ・・・、ガシャーーンっっ!! という荒々しい物音と剣と剣のぶつかり合う激しい音、ウオーーっっ!! という雄叫びが静かな夜空に響いた。

 こんなに生々しく争う音など聞いた事がない。テレビや映画などで作り出された音だけだ。それでもスピーカーからの迫力ある音には驚愕させられる時もあるのだ。それを現実に実際の生の音をこの耳にすると、これ程までに体の中から震撼させられる程の恐怖を感じるものなのだろうか。

人と人とが生死を掛けたこの争いの音に、晃一は自分の膝がガクガクと音を立てて震えているのを感じていた。

「つ、司、どうすんだよ・・・」

たまらず司の肩を掴んだ。こうしていないと立っていられなくなりそうだ。

「行って来るよ」

「い、行って来るって・・。ち、ちょっと待てよ・・。っていうか、こ、この状況って、どうなってんだよっ!?」

ほぼパニックに陥ってしまった晃一だ。自分達を取り巻くこの状況をどう判断すればいいのかなど全く分かっていない。

「とにかく行って来る。だからお前はここで待ってろ」

「え? ・・・ ええーーっっ!?」

無情にも自分を置いて走り去ってしまった司に、茫然となってしまった晃一は、木の壁に寄り掛かると、そのままへなへなと座り込んでしまった。

「どうなってんだよ・・・」

呟くと、暗い夜空を見上げた。


 ガターーンっ、カキーーンっ、ザザっっ・・・


激しく争う音と共に大きなドスの効いた居合いの掛け声、雄叫びが聞くともなしに聞こえて来る。

都会の空では見た事もない程のたくさんの星を見ていると、今ここで起こっている出来事がまるで遠く夢の中で起こっているようで仕方がない。

「そういや、・・・、前にもこんなおかしな事あったなぁ・・・」

思い出したくはなかったが、思い出さずにはいられない。半年ほど前に遭遇してしまった体験。未知の世界、伝説の世界へと足を踏み入れてしまった。現実と幻想の世界。その狭間での生きるか死ぬかの瀬戸際を体験してしまった。

あの時は何とか聖なる森と言われた幻想の世界から脱出し、実在していた人食い族からも逃れて助かった。まるで異次元の世界に行ってしまったようだったが、それでも現在だった。

が、しかし、今は映画の撮影なのかドラマなのかよく分からないが、歴史に残る過去という時代に居るのだ。到底理解出来るものではないが、何がどうなっているのか、晃一にはさっぱり分からないでいた。

「まさかのタイムスリップか・・・? また変なとこに来ちまったのかよ。・・・、にしては、あの沖田総司って、司みたいに嫌味な野郎だな・・」

晃一は文字通り茫然自失になっていた。



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