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ALIVE  作者: 清 涼
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第五章(三)

 陽も柔らいで来た頃には、砲撃の音も聞こえなくなっていた。

風が吹くと少し肌寒さを感じる。春とはいえ北の地の空気はまだ冷たかった。

「 ん? 」

不意にヒラヒラと何か白いものが舞うように落ちて来る。土方の黒い軍服に落ちたものは紛れもなく花びらだった。

 馬を止めると、サーっと風が吹く。それと共にふわっと花びらが舞い落ちて来た。

「桜だ・・・」

辺りを見渡して思わず息を呑んだ。先程まで気が付きもしなかった。

山肌の緑に縁取られ、山桜が一面に咲いていた。淡いピンク色をしている花びらが風に吹かれ、舞っていたのだ。

 ・・・ っく・・・

かすかにうめき声が聞こえて見ると、土方が頭をわずかに動かしている。

「土方さん?」

顔をのぞむと、薄っすら開いた目と合った。

「大丈夫か?」

「ああ・・・、下ろしてくれ」

土方を馬から下ろすと、そばの大きな木に寄りかからせて座らせた。そして、途中拾った竹筒に、沢でんでおいた水を飲ませた。

 ふぅっと大きな息を一つ吐いた土方は、急に落ち着いたように目を開けた。

「世話をかけたな。 ・・・、お前のお陰で死に損なった」

「 ・・・ 」

何も言い返せなかった。戊辰戦争最期の地を死地に選んでいた土方だったのだ。

「ま、お陰で命拾いした。 ところで此処ここ何処どこだ? 五稜郭ごりょうかくは近いのか?」

その問いに司は黙って首を横に振った。

「そうか・・・」

土方は、砲撃の音が何も聞こえない事に疑問をいだく事もなかった。すで此処ここが箱館から遠去かっている事を知っているようだ。

「光月、お前の知っている事を全て話せ」

「 ・・・、土方さん・・・」

司はためらうと目をそらせた。

「何を言われても驚かん。それに、五稜郭の事は察しが付く。時代が変わって行く事も分かっている。明治になってから、全てが変わりつつあるのは十分感じていた。何せ、俺達も自ら共和国を造っちまったからな。大名なんて古臭いものを失くしちまった。ヤツ等よりも先に建国しちまったんだ。同志で造った夢の国、だったんだがな・・・。じきに終わる・・・」

そう言って視線を動かすと、司の肩越しに一面の山桜を見付けた。

「見事だ・・・。遅咲きの桜か・・・」

司は土方の視線を辿たどって振り向くと、山肌を埋め尽くした桜を見つめた。


 遅咲きの桜


人知れず咲き誇った山桜が何処へ行くともなしに吹く風にあおられて舞っている。


 武士と桜か・・・。


よく言われる言葉だ。武士の魂はよく桜に例えられる。

桜は咲くまでえる。そして、耐えてこそ見事に一気に花を咲かせる。花の一生は短いが、散る時も美しい。武士も耐えに耐え、いくさでその花を咲かせ、散る時も潔い。そう言われている。本当にそうなのかはよく分からない。

しかし、司には今の桜と土方はよく似合っていると思った。

「土方さん・・・」

再び土方に視線を戻すと、土方も司を見つめた。

「五稜郭はいずれ陥ちる。 ・・・、そして、新選組もそれで終わる」

思い切って言うと、土方は目を閉じて、「そうか」 と、一言だけ言った。

そして、ゆっくり目を開け、

「「終わる、か・・・」

と、呟いた。

「でもその後、新選組は生きるんだ」

司のその言葉に土方は驚いたように顔を上げた。

「新選組は、武士の魂と誇りを持って、後世に語り継がれて行くんだよ、土方さん」

一瞬、時が止まったように息を呑んだ土方だったが、次には笑っていた。

「ふっ、・・・、戯言ざれごとを言うな、なぐさめにもならん。俺達はぞくだ。賊に明日はない。俺達の見ていた夢は散った。 ・・・、あの山桜のように」

そして再び、淡いピンク色が舞う桜吹雪を見つめた。

「まぁいい。いずれにせよ、戦が終わるのなら再起は不可能だって事だ。薩長のヤツ等に目にもの見せてやりたかったが、それもかなわないならいっそのこと此処ここで果てるか・・・」

「えっ!?」

「なわけねぇだろ。アイツ等がこれからどうやってこの日本を造って行くのか見届けてやるさ。今更死など恐れはしないが、せっかく助かった命だ、お前の言うように生きて見届けるのも悪くはないだろ」

「え?」

「会津で山口・・・、いや、斎藤か、あいつと別れる時にもらった言葉だ。チャンスがあれば生きるべきだ、生きて見届けるのも悪くはない、とな。まさかあいつがそんな事を言うなんてな、思いもしなかった。だが、あいつもまだ若い。何か思う事があったのか、何かがあいつの考えを変えたんだろう。その言葉をもらった時、不思議と死ぬ為に戦おうとは思わなくなった。むしろ、生きる為に戦おう、そう考えるようになった。だが・・・」

土方はそこで一息つくと、司に視線を送った。

「よく考えれば聞き慣れない言葉だったから、少しおかしいとは思った。ふっ・・、その言葉、お前が斎藤に贈ったのだろう。 月影には先見の目があるとは言うが、お前は違う。 ・・・、先見の目ではなく、先の世から来た、という事だ。俺達を見届ける為に」

「 ・・・っ!?」

土方に言われ、思わず絶句してしまった。未来から来たという事を知られたからではない。自分達が何故此処へ来てしまったのかという、その理由に驚いたのだ。

「まぁいい。だからと言って、先の事を聞いても始まらん。お前によって生かされたのだ。きっと、これがチャンスとやらなのだろう」

土方は司の驚いた顔にふっと笑うと、上着のポケットに手を入れ、ごそごそと何かを探すと、それを出して手の平を広げた。

「これっ!?」

それは、司が土方にあげたライターだった。だが、撃たれたのか、かなりへこんでおり、使い物にならない。

「弾が当たったんだ。お陰でかすり傷程度で済んだ。もしこれがなかったら、まともに撃ち抜かれて、あの場で死んでいただろう。きっと首もなかったな。 ・・・、あの時、お前の姿を見ていなかったら、俺は死んでいた」

ライターを見ながら言うと、ふっと笑った。思わず司も笑みを浮かべた。

「礼を言うぞ」

「 ・・・。 でも、もう使えないな」

「まぁいいさ。いずれ何処どこかで手に入れる」

そして、土方はそのライターを握り締めると、木に寄り掛かりながら立ち上がった。

「大丈夫か?」

司は声を掛けながら、体を支えた。


 サーっと優しい風が吹くと、桜の花びらが舞う。新緑の匂いが辺りを包むと、金色にも似た陽射しが入って来た。

「日が暮れる前に何処かに行かないと・・・。まだ、この時季夜は冷えるからな。それに、新政府軍も来る」

「ああ・・・」

もう少しこの景色を見ていたかったが、現実にはそうも行かない。

土方を馬に乗せようとした時、土方の手からライターが落ちた。司はそのまま土方を馬に乗せると、ライターを拾ったが、その壊れたライターを見つめて一つ息を吐くと、自分のポケットから金の縁取りをした銀色のライターを出して土方に渡した。

「これ、新しいのやるよ。使えないものを持っていたって仕方ないだろ」

「いいのか?」

「いいよ」

土方は新しい司のライターを手に取って見つめると、笑みを浮かべて嬉しそうに頷いた。そして、司はそのまま壊れたライターを自分のポケットにしまった。


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