第五章(二)
ドサっっ・・
っテ・・・
全身を思い切り地面に打ち付け、すぐに体を起こす事が出来なかった。
っつぅ・・・
頭も打ったのだろうか。とにかく転げ落ちてしまったようだ。周りの景色も見る事が出来ず、そのまま体中から走る激痛に耐えるしかなかった。
どれくらい経っただろうか。えぐられるような激痛が治まり、今の自分の状況を確認しようと、ふぅと一つ長い息を吐いて目を開けた。
ドーーン・・
遠くの方で地響きのような音がする。工事でもやっているのだろうか。それにしては辺りは薄暗いし、どうも様子がおかしい。ドーン、ドーンという音は明らかに何かが爆発するような音だ。
「はぁ?」
その内、わぁっという何百という雄叫びも上がる。
運動会か? それとも、合戦か?
「 っ!?」
思わず体をガッと起こすと辺りを見渡した。
「ええっっ!? ちょっと待ったっ!」
とたんに肩から背中にかけてズキンっという痛みが走る。
顔をしかめて自分が今居る場所を改めて見渡した。周りは全て大きな木の林に囲まれている。そして、先程、箱館山に上った時には昼間の太陽が眩しかった筈なのだが、今は明け方なのだろうか、朝陽が昇って来ているような、そんな陽射しだった。
それにしてはここはどこだろう。箱館山の麓なのだろうか。しかし、どう考えても現代に居るような感覚がない。
「晃一っ!? 秀也っ、ナオっ 」
ようやく立ち上がると、司は辺りを見渡しながら叫んだ。しかし、返答はなかった。しかも気配すらないのだ。
「まさか・・・、一人でタイムスリップしたんじゃねぇだろうな・・・」
自分の背丈程に生い茂る草木をゆっくり掻き分け、音のする方へ歩いて行った。
もし、あの時代へタイムスリップしてしまったとなれば、函館だ。間違いなく戦火の中だ。しかも、あの音は間違いなく大砲だろう。
もし、この場所が先程居た場所なら、弁天台場と五稜郭に挟まれた一番戦火の激しい地になる筈だ。そうでない事を願わずにはいられない。
ドーン ドーン
パーン パーン
わあぁぁぁぁっっっ・・・
戦闘の音が大きくなって来ると、硝煙の匂いも鼻に衝く。
戦場が近づくにつれ、司の胸もドキドキして来た。平和に慣れ切っている。戦争や戦場は画面を通してでしか見た事がない。
そっと、木陰から覗いた時、息を呑んで立ち尽くしてしまった。瞬間、自分でも血の気が引いて行くのが分かった。
「マジ、かよ・・・」
思わず全身の力が抜け、ふらっと木に寄りかかってしまった。
数十メートル先で激しい戦闘になっていた。
ドーンという音と共に一瞬の火柱と土煙が上がる。そして、「わあぁぁぁっっっ」という喚声を上げ、何百という人が剣を振りかざしながら黒い塊となって突進して行く。その中にドーンと大砲が撃ち込まれると、馬と人が吹き飛ばされていた。
彼等の先を目で追うと、もっと向方では激しい音と土煙がたくさん上がっていた。
彼等が押したのだろうか、少しの間近くの大砲の音が止んだ。それと共に更に叫び声を上げながら黒い塊が押し寄せて行く。
「幕軍だ・・・」
洋装の中に、甲冑をまとい、刀を振りかざして行く者がいた。白い鉢巻を頭に巻き、長い槍を掲げながら突進して行く者もいる。また、馬上で長い刀を振りかざしながら指揮している者もいた。
まさか、土方さんじゃ・・・
一瞬そう思い、目を凝らしたが、違うようだった。少しホッとしていた。
ここを離れるべきか、それとも動かずに居るべきか。
遠からず聞こえる大砲の音に悩んだ。ここが何処なのか分からないが、恐らく新政府軍が箱館に総攻撃を掛けたのは間違いなさそうだ。
確か、その日は明け方5時くらいに箱館湾から弁天台場に向けて一斉砲撃している筈だ。その報せを聞いた土方隊が、弁天台場を援護する為に出撃するのだ。そして、その最中、土方は銃弾に倒れるのだった。
「どうするか・・・」
このままここに居ても現代に戻れるかも分からない。どの道、蟻の大群のように押し寄せて来る新政府軍に見付かればただで済むとも限らない。幸いにも背後から争う気配はない。もう少し近づいて様子を伺うか。ここにもし晃一がいれば、そんな事はしなかっただろう。しかし今は一人だ。悪いクセだとは思いながら、そっと近づいて行った。
硝煙の匂いと血生臭い匂い、それに土埃で視界も悪い。
人の顔が分かる程まで近づいた時、息を呑んだ。
多数の遺体が転がるように横たわっている。皆、無残な姿をしていた。辺りを見渡した時、思わず堪え切れずに涙が溢れていた。
同じ日本人なのに・・・
何度となくテレビや映画での戦のシーンは見た事がある。その時はただの戦いのシーンだと、流れて行く映像を見ていただけだ。それなのに、何故今はこれ程までに苦しいのだろうか。息が詰まりそうになって、思わず両手で顔を覆った。
ドーンっっ!!
再び近くで砲撃の音がした。「わあぁぁぁっっ!!」 という喚声が上がり、ハッと顔を上げると、目の前を刀を振りかざしながら何十人という塊が突進して行く。
カツっ カツっ
「ひるむなぁっっ!! 進めぇっっ!!」
誰かが馬の上から刀を振りながら大声で叫んでいる。その声に応えるように、あちこちから喚声が上がっていた。
ドーーンっっ
パーンっ パーンっ
大砲と銃声、それに、罵声や奇声、雄叫び、大地を揺るがすような声とはこの事をいうのかという程の音が響き渡る。
地面が音を立てて揺れ、爆発し、吹き飛ぶ。土煙と共に血煙までが飛ぶ。
ドサっ
司の目の前に、刀を持った肘から先の手が落ちた。
恐怖というよりは、何かとてつもなく切なく苦しい思いが満たしている。
「やめ・・ろよ・・・」
足元に落ちた血だらけの手を見つめた。赤黒くなったその手は力の限りぐっと刀を握り締めている。
「やめろよ・・・」
よく分からない苛立ちを感じていた。
そして司は顔を上げると、
「やめろーーーっっ!!」
と、叫んでいた。