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ALIVE  作者: 清 涼
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第四章(六の2)

「俺もそろそろ行くが・・・、お前らはどうする?」

土方はさかずきを置くと、ゆっくり顔を上げた。

「 ・・・、上野に行ってみたいんだけど」

かれて咄嗟とっさに出て来た言葉だった。言った後で司は自分でも驚いていた。

「上野? 寛永寺かんえいじか?」

「う、うん」

慶喜公よしのぶこうは既に水戸に発たれたぞ」

「知ってるよ。けど、ちょっと見てみたい」

「ま、いいが。 ・・・、ならば途中まで案内する。行くぞ」

不意に口から出た自分のリクエストだったが、土方は何の懸念も見せずに司と晃一を連れ立って夜の町を歩いてくれた。

夜空を見上げると、現代の東京の空では決して見られる事のない幾千の星がまたたいている。そして、中でも一際明るい月は、何処どこかで見た様な形をしている。

「下弦の月か」

司と晃一が夜空を見上げているのに気付いた土方が言った。

「お前らと京で初めて会った時と同じだな」

「え?」

遠い何かを見ているような土方の言葉が懐かしく聴こえる。

「時代も月と同じだな。満ちては欠け、また満ちて行く。常に輝いている訳ではなく、かすみが掛かっていれば、雲で見えない時もある。これから欠けて行く月と、今の時勢はよく似ている。 ・・・、新月になれば、また、変わるか・・・ 」

つぶやくように言うと、土方はフッと笑った。

「ここを真っ直ぐ行けば寛永寺だ。俺はここで別れるが」

「土方さん・・」

何か言いたかったが、その言葉が出て来ない。黙ったまま土方を見つめた。

「何だ? 何か言いたい事でもあるのか? ・・・、さっさと言え」

二人が黙ったままなのが気に入らないのか、最後にはかすように言った。

「 ・・・、何でもないよ」

思わず苦笑してしまった。土方も苦笑したようにフッと笑うと、「じゃあな」 と、言って背を向けて元来た道を歩いて行ってしまった。

 司と晃一は、土方に声を掛ける事が出来ず、土方の姿が見えなくなるまで、黙ったままその場に立ち尽くしていた。

「司・・・、何か、静かな夜、だな」

人影もなく、ひっそり静まり返った路地に二人は居た。

「嵐の前の静けさってヤツか・・・」

夜明けと共に江戸城は新政府軍に明け渡される。それは、江戸時代の完全な終焉しゅうえんと、武士の世の終わりを告げる戊辰戦争への幕開けでもあった。

そしてこの江戸では、今から司達が向かおうとしている上野の寛永寺を舞台に上野戦争が起こり、旧幕府に忠誠を誓う彰義隊が壊滅。宇都宮での惨敗、そして、悲劇の会津戦争、そして箱館は五稜郭。時代と時代のぶつかり合う戦いで、旧時代を守ろうとする者が必死で新時代の大波にあらがうのだった。そして、その大波は古き時代を、真っ向から呑み込んでしまった。

 司と晃一は、黙ったまま歩き、寛永寺の門前まで来た。きっと昨夜までは最後の将軍徳川慶喜公を護衛する兵で、この門の周りは固められていただろう。しかし今は、誰もいない。死者の魂の眠る寺のごとくひっそりとしている。

大きな門は閉ざされたままだったが、小さな木戸は誰かが閉め忘れたのか、半分開いていた。二人はためらわず木戸を押し開け、中へ入った。そして、晃一が木戸を閉めた。

砂利道から石畳の上を歩く。さすが徳川家ゆかりの寺だ。敷地がとてつもなく大きい。大きな木が風に揺られ、さわさわと木の葉が揺れる。

その内、ふと灯りが見えた。


 ?


木の陰から見えたような気がした。まるで提灯ちょうちんが木に吊られているように、木の上から見えたのだ。

不思議に思い更に近づくと、それは、白々とした街灯だった。


 !?


思わず二人は息を呑んで辺りを見渡した。


「ええっっ!?」


よくよく見れば、目の前に大きな建物がある。それはまるで博物館のような建物だ。そして、コンクリートの大地が広がり、柵に囲まれた芝生の中に木々が植えてある。どこかで見た事のある公園のようだ。

「ここっ!?」

言ったきり二人は絶句してしまった。

何と二人は上野公園内にある、国立近代美術館の前に居たのだ。

「司ぁ・・・」

晃一は少し情けない声を出すと、階段に腰を下ろした司の隣に座った。

「なぁ、確か寛永寺って、もっと向こうになかったか?」

晃一が指す。

「いや、ここだよ。今の場所は移転してるから。この場所で、彰義隊が戦って散って行ったんだ」

遠くを見つめながら言うと、星の見えなくなった空を見上げた。

「じゃあ、原田さんも・・・」

「晃一は、原田さんがやっぱここで死んだと思う?」

「そうは思いたくないけど・・・」

「オレは大陸に行ったと思うよ。チャンスつかんで」

「え?」

「だって、結構念入りにルート調べてたぜ。それに、いつ何処どこいくさになるかとか、しきりに訊いて来たし」

「ああ、そう言えば」

晃一は思い出した。

  

 とある昼間、原田が関東一帯の地図を広げていた時の事だ。

『なぁ司、俺達はこれから水戸街道から会津へ入る事になった。が、ちとその前に訊きたい。これからお前と話す事は俺だけの胸の内に取って置くが、会津に行く前に何処でいくさになるんだ?』

『 ・・・ 』

思わずためらいを隠せず、見ていた地図から顔を上げてしまった。と、同時に少し呆れもしたが。

『だから、誰にも言わん。 それと、この俺にチャンスとやらをくれ』

そう言われてしまっては、答えない訳にも行かない。

『ここだよ』

『宇都宮か。 まぁ、大方の予想通りだ。 で、いつだ?』

『いつって・・・』

『ならば、幕軍はいつ江戸を出る?』

『多分、江戸城開城の後だから、12日じゃないかな』

『 ・・・、って事は、5日もあれば十分だな。着いて翌日、18か19日か』

原田は何かを考えるように地図をじっと見ている。

『何とか鹿沼かぬままでは行けるか・・・』

『え?』

中仙道なかせんどうを行くか』

『中仙道? それじゃあ殺されに行くようなもんだぜ』

晃一が言った。

『だって、西からぞくぞく来るんだぜ。東海道、中仙道は絶対ダメだろ』

『そうか、そうだよな。 ・・・、ならば途中から三国へ出るか。そんで、北陸道か・・・。 よし、それで行こう』

一人納得したように原田は言うと、少し嬉しそうに晃一の肩を叩いた。


「きっと、途中まで靖共隊の皆と移動して、どこかで道、れたと思うな」

司は下弦の月を見つけて言うと、目を細めた。そして、ポケットからタバコを出すと、ライターを探すが見当たらない。

「あれ? ライター・・・」


 シュポっ


音と共にオイルの匂いがする。見ると晃一がライターに火をつけ差し出している。

「土方さんにあげたんだろ」

「そうだった」

二人はフッと笑うと、タバコに火をつけた。

二つの白い煙が晩夏の夜空に昇って行く。だが、何処からか漂う新緑の匂いを感じながら二人はそこに居た。


第四章 終

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