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ALIVE  作者: 清 涼
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第四章(六)

 日も暮れようとした頃、身支度をすっかり終えた原田に連れ立って司と晃一は、路地裏の小さな小料理屋に入った。遠くから三味線の音が聴こえ、明日行われる歴史的出来事である江戸城無血開城の前夜を静かに見守っているようだ。

今日の昼間も別段と争う音も聞こえず、時々すれ違う侍同士が、互いを敵か味方か見極めようと神経をとがらせているだけだった。

今では洋装姿もよく見られるようになり、土方のような軍服を着た者もいれば、司のようにシャツにズボン、そしてベストを羽織っている姿も見られる。が、晃一のようにTシャツ姿は珍しかった。

 入り口から細長い通路を通り、奥の座敷に案内される。

既に土方は来ているようだった。

「待たせたな」

障子を開けるなり、原田が声を掛けると、既に土方はんでいた。

「何だよ、もう呑んでるのか」

原田は呆れたように言いながら土方の向かい側に腰を下ろす。司と晃一もそれぞれ膳の前に腰を下ろした。

「総司が・・・」

「え?」

突然、土方が切り出したので、皆、土方に視線を送ると酒の入ったさかずきを手に取る。

「お前と手合わせをしたかった、と言っていた」

そう言って司を見ると、盃を掲げた。「そう」、司はそれだけ返事をすると、軽く盃を掲げそれを飲んだ。原田と晃一も同じように飲み始めた。

「光月、お前の住んでいるところでは、いくさはあるのか?」

「え?」

突然の問い掛けに思わず息を呑む。一体どういう意味なのだろう。

「 ・・・、いや、応えたくなければ応えなくていい。ただ、この戦、俺達のやっているこのいくさにどれだけの意味があるのか、 ・・・、 よく、分からなくなっちまってな・・・。 らしくないと言えばそれまでだが、ただ少し、弱気になっている」

少しうつむき加減に言う土方に少し驚いた。原田もこんな土方を見るのは初めてなのだろう。黙ったまま盃を置いてしまった。

「近藤さんを失った今、・・・、いや、近藤さんはもう、ダメだろうな・・・。それなのに、俺は、これからどうしたらいいのか・・・」

「 ・・・ 」

土方の問いに誰も何も答えられず、ただ黙って土方を見る事しか出来なかった。

鬼の副長と言われ続けた京での新選組副長としての土方歳三が、今は何処どこにもない。

ほんの一時いっときの、裏面を見た感じだ。

「ま、悔いても始まらん。何処に居ても死ぬのなら、戦い抜いて死に場所を見付けるさ。それに、薩長の連中にも一泡くらい吹かせたい」

次にそう言って顔を上げた土方はいつものようにりんとしていた。

原田は安心したように息を吐くと、盃に酒を入れ、再び呑んだ。

「土方さん、オレ達が住んでいるところでは、日本人同士、血を流すようないくさはないよ」

司は思い切ってさらっと言った。

「そうか」

土方の笑みを初めて見た気がした。いくさというものが無くなれば、この笑みをもっとたくさん見る事が出来るのだろう。原田を見ると、同じような笑みを浮かべながらうまそうに酒を呑んでいる。

「そういや司、土方さんにアレ見せてやれよ」

急に思い出したように原田が言った。

「ん?」

「ホラ、おめぇがモクモク煙吐く、タバコとやらにつける、何だ」

「ライター?」

「おう、それだそれ」

「何だ、それは?」

土方は盃を置くと、司のポケットから出された銀色をした四角い小さな箱のようなものを手に取りながら不思議そうに見つめた。

「火を付けるもんらしいぜ」

原田は少し嬉しそうに身を乗り出して土方の手の中にあるライターを覗き込む。

「これでか?」

「こうやるんだってよ」


 カチっ


原田が土方からライターを取ると、司から教わったように火をつけた。

「ほぉ」

物珍しそうに目を輝かせた土方は早速原田に教わって火をつける。

「これはいい。俺も欲しいな。何処で手に入る?」

司に返しながら訊くと、目を細めた。まるで子供のように無邪気な目だ。

「まぁ、いつかは入って来るとは思うけど、今すぐは難しいだろうな。 いいよ、これ、やるよ」

そう言って司は、そのライターを土方にポンと投げた。

「いいのか?」

「いいよ、別に。その代わり、他のヤツには内緒だぜ」

「分かっている」

少し意地悪そうに言うと、土方は笑った。

「ホント、土方さんって、新しいもん好きだよな」

原田は笑ったが、次の言葉の時には少し神妙な顔付きになっていた。

「だったら、長生きして新しい時代、見届けてみろよ」

そう言うと、土方をじっと見つめた。

思わず司と晃一は息を呑んで原田を見つめ、土方に恐る恐る視線を送った。

 

 ・・・。


少しの沈黙が四人を静かに包む。

「そうだな」

土方は一言だけ言うと、ライターを見つめた。


 ゴーン


何処どこかでときを告げる音が聴こえる。静かにその音に耳を傾けていた原田が盃を置いた。

「行くのか?」

盃を傾けていた土方が原田に視線を送る。

「ああ」

「そうか。 ・・・、原田、戦いはこれからだ。死に急ぐなよ」

「 ・・・、その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

「 ったく・・・。 とにかく気を付けて行け。薩長のヤツ等、あちこちに包囲網を敷いてやがる。とにかく旧幕府に組みしていたヤツを片っ端から片付けるつもりだ。一度江戸を出たら二度と戻って来れねぇぞ」

「分かってるって。それは俺に限らずあんたも同じだ。土方さんこそ気を付けてくれよ。何たって今じゃあんたは、新選組の局長なんだからよ」

そう言って原田は口の端をニっと上げた。土方は思わず苦笑してしまった。

「じゃ、俺は行くけど、司、晃一、あの長屋は好きに使っていいぜ。今までの礼だ。俺はこれからチャンスとやらをつかんで生きるぜ」

力強く言うと刀を掴み、自分の前に掲げた。そして、決心したように一息つくと、立ち上がって、「じゃあな」と、出て行ってしまった。


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