第四章(四の2)
「原田さん」
言いながら顔を上げると、原田は茶碗を床に置いた。そして、体ごと司に向く。
「さっきも言ったけど、今日、近藤さんが捕縛された。新選組は今やお尋ね者だ。何処へ行こうと追われる。たとえこの戦が終わったとしても、今までのように生きて行く事は難しいと思う」
「それで、近藤さんはどうなる? 江戸は? 確か、もうすぐお城が明け渡される筈だぜ」
「うん、4月11日に江戸城は新政府に明け渡される。それも前代未聞の無血開城だ。江戸の町は火の海にならずに済む。だが、上野でしょ・・、戦争が起こるが、これも一日で終わる。・・・、近藤さんは・・・、いずれ処刑されてしまう」
「そうか・・・」
司は一瞬「彰義隊」と言いかけて息を呑むとそのまま続けたが、原田は近藤の処刑の方がショックだったようだ。司はそのまま続けた。
「江戸も東京に名前が変わって、町の人は安泰だよ。そして、それから何年もしない内に何もかも変わる」
「そうか・・・。でも、会津は? やっぱり容保公は・・? 容保公も恭順なさるのか?」
「会津は・・・。この戦いの中で、というか、この国の内戦では、歴史上最も悲惨な戦場になる。言葉にするのも憚られるくらいだよ」
「そうか・・・。 それで、土方さんは? 新選組は・・・、どうなる?」
「新選組も土方さんと共に終わる」
その言葉を言ったとたん、原田と司、それに晃一は深い息を一つ吐いた。
しばしの沈黙が三人を包む。それは、重苦しい気の渦に呑まれるようなそんな空気だった。
「悪かったな、嫌な事、言わせちまって」
「え?」
「本当は言いたくなかったんだろ? でも、俺が無理に言わせちまった。お前には悪いが、俺は何となくすっきりしたぜ」
「え?」
意外な原田の言葉に思わず気が緩む。もっと、こう殺伐とした言葉が返って来るかと思ったのだ。
「新選組も終わる、か。 何かそれ聞いちまったら俺の大義も終わったような気になるぜ」
ばっさりと切ったように言った原田に、司と晃一は呆気に取られてしまった。
「でも、靖共隊が・・・」
「なぁに、靖共隊ってのは、新八が近藤さんについて行く気になれなくなっちまって出来たいわゆる新選組の別部隊ってヤツだ。俺も近藤さんだけは見限ったが、土方さんの事は認めてたしな。それに、斎藤だってまだ残ってる。あいつの信念も俺は認めてる」
「じゃあ、戻るの?」
「はははっ、何馬鹿言ってやがる。終わっちまうのに戻るはねぇだろ。それじゃあ死に行くようなもんだ。司が生きろと言ったんだろ? おかしな事言うなよ」
原田は笑い飛ばすと、膝を叩いた。そして、急に真剣な目になると、「俺は生きるぜ」と、言った。
「え?」
思わず聞き返すと、原田のごつい手が司の肩に乗る。
「俺は生きる。この乱世に俺は生きてやる。そして、何がどうなるのか生きて見届けてやるぜ。チャンスがあるなら必ず生きてやる。多分、今がそのチャンスってヤツだ。だから俺に、そのチャンスとやらをくれ」
真顔で言われ、思わず面喰らってしまった。そして、さらに食い入るようにじっと見つめられてしまい、原田の顔が徐々に近づいて来る。
「 ・・・、近い・・・って・・」
ぐぐっと原田の体重が圧し掛かるようだ。ここで何とかしないと、重みでバランスを崩しそうになる。
『チャンスをくれ』と、言われても・・・。
どう返事をしていいのか分からない。
何かこうじりじりと迫って来るものに、司の背が徐々に反り返って行く。
バタっ
とうとう堪え切れず、そのままひっくり返ってしまった。
「 っつう・・・」
頭と背中をもろに床板にぶつけ、なおかつ原田が覆いかぶさっているのだ。まるで、格闘技でもやっているかのようなその筋肉質の体からの独特の男臭さに、潰されそうになってしまう。
思わず呻きそうになった時、ガバっと原田が起き上がった。
「ケホっ ケホっ ケホっ・・」
「お前っ!?」
司が咽ながら何とか起き上がると、晃一が気の毒そうに「大丈夫か?」と、声を掛けた。
「大丈夫」
司も半分苦笑しながら晃一に返したが、原田は息を呑んだまま驚きを隠せず、司を指したままだ。
「どうしたの?」
茶碗に入っていた薄い酒を飲んで息を整えた司が原田に言った。
ごくりと何かを呑み込んだ原田は、
「お前、女かっ!?」
と、言った。
「何だ、今頃気付いたのか? 土方さんと斎藤さんはとっくに気付いてたけどな」
別段気にする事もなく応えると、晃一と目が合い、溜息をつくような息を吐いた。
「ま、まぁいいけどよ。それなりに訳ありって事だろ。 ・・・、それとも、その、新しい時代ってのは、そうなんのか?」
少し探るように恐る恐る訊く。
「どうだか? まぁ、男女間の隔差ってのは無くなりつつあるだろうよ」
と、司が言うと、
「まぁ、男が女に頭が上がらないのは、いつの時代も一緒だと思う」
と、晃一が付け加えた。
「ちげぇねぇ」
原田も納得したように同意した。




