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ALIVE  作者: 清 涼
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第四章(三)

 鳥羽伏見の戦で敗戦し、江戸へ戻って来た後、甲陽鎮撫隊こうようちんぶたいとして甲府攻めをしたが、そこでも敗戦し、二番組組長の永倉新八と十番組組長の原田左之助が離隊したのだ。

この二人の離隊は新選組にとって大きな痛手だっただろう。そして、形勢は大きく変わっていた。時代が音を立てて変わっているようでもあった。

「お前らがいなくなってから、司、お前の言った通り、大変な世の中になっちまった。何たって、俺達は今や賊軍の汚名を着せられちまったからな。薩長のヤツ等、やり口が本当に汚ねぇ。ぜってぇ、許す訳にはいかねぇ。だがな、冷静に考えると、時勢ってぇのには、やっぱり逆らえねぇのかなぁって、思うんだよな。武士のほこりだたましいだのって言ってても、今じゃ銃の時代だしな。それに、俺らだって結局、薩長のようなヤツ等と同じ洋装にもなっちまったしな」

そう言って、無造作に着た薄汚れたシャツとズボンを見下ろし、司と晃一の洋服を見た。

「それに、近藤さんの悪口を言う訳じゃねぇけど、あの人の考え方にも付いて行けねぇのも事実だ。土方さんのように前を見ようとしない。あの人は何かこう時代をさかのぼって行くような感じでさ。 ・・・、昔はああじゃなかったのにな・・・」

一つ溜息ためいきをつくと、再びさかずきに口を付ける。

「 ・・・、土方さんは?」

少しの間の後、思い切って聞いてみる。

「さあな。別れた後、新選組は江戸を離れたってのは聞いたけど。今、何処どこに居るかは・・・」

「そう、いつ?」

「さぁ、・・・、もう20日くらい前になるんじゃねぇか? それに、俺達もそろそろ江戸を離れて会津に行くつもりだからな」

「20日前? ・・・、ちょっ、今日って何日?」

「今日か? 確か、4月3日の筈だが」

「えっっ!?」

思わず絶句してしまった。

慶応4年4月3日と言えば、近藤勇が千葉県流山市で捕縛ほばくされた日だ。それは新選組という組織の一片が音を立てて崩れた瞬間でもある。

「ヤケに驚いてるな・・・、今日、何かあるのか?」

原田の射抜くような視線に息を呑む。さすが剣客というべきか、相手の心情を読むような鋭い観察力を持っている。

「隠さずに言えよ。お前の事は斎藤から聞いている。先を見る力を持っているが、用心に越した事はないってな」

耳元で低い声で脅すように言うと、刀に手を掛けている。

一瞬息を呑んだ司だったが、挑発されればされる程、ニヒルに返したくなる性質たちだ。勘念したように息を吐くと、苦笑してしまった。

「斎藤さんも人が悪いな。ま、いいけど。 ・・・、ところで原田さんは何で離隊したのさ?」

ちょっと意地悪く聞いてみると、原田は刀から手を離して座り直すと、一つ溜息を付いて、盃に口を付けた。

「それを訊くか? お前なら知ってんじゃねぇのか? ・・・、ふぅ、まったく・・・、呆れる話だが、近藤さんは俺達に家来になれって言いやがった」

そう言って、とっくりから酒をぎ足した。


 新選組結成以来、初めて多大な犠牲を払い、敗戦した鳥羽伏見の戦から江戸へ帰還後、土方を中心に立て直しを計っていた。そんな矢先、近藤の願い出から甲陽鎮撫隊と変名して、甲府へ出陣する事になった。

江戸から甲府まで3日の距離だったせいか、近藤はなかなか動こうとせず、内藤新宿で、事もあろうか、酒盛りにふけっていた。すっかり甲府城は自分の手に落ちたも同然と思っていたらしい。甲府城を取ったならそこを与えられ、城主になれると約束されたのだ。すでに夢の中の大名に酔っていたのだろう。近藤の故郷である府中や日野でも長期滞在していた事に、永倉や原田、それに他の隊士達も苛立ちを感じていた。仕方がない、局長である近藤が動かないのだ。だが、たかが3日、されど3日で、近藤がゆっくり酒を呑んでいる間に、甲府城は板垣退助率いる新政府軍に恭順してしまったのだ。それも、たった1日の差だ。たった3日で行ける事にタカをくくっていたのか、形勢逆転で敗戦は目に見えていたが、必ず援軍が来るという嘘で近藤はげきを飛ばしたが、それもすぐにバレ、味方の隊士は一夜にして逃走してしまったのだ。またも新選組は散々な状態で敗戦してしまった。近藤の指揮が甘かったせいだと、永倉と原田は思っていた。

そして、ようやく江戸に戻り、無事だった隊士達と近藤との待ち合わせ場所に行ったが、そこにはらず、探し回った挙句、他でゆっくり養生していた事が分かったのだ。

甲府から戻って来てから永倉と原田は、時勢を見ながら議論を重ね、会津へ行こうという事になった。そして、それを近藤に提言した時の事だった。

『君等が勝手に決めた事に俺は手を貸さん。が、俺に従うのならばそうしよう』

と、言ったという。

その言葉に完全に腹の立った永倉が、

『俺はあんたの家来になったつもりはない。元々は同志だ。それに、二君に仕えるような武士は何処にもいないぜ』

と、タンカを切って離隊したのだ。永倉に同意していた原田ももちろん離隊した。そして、永倉のかつての親友・芳賀宜道はがぎどうと共に、『靖共隊』を結成したのだった。


「京での長州征伐辺りからおかしかったんだ。ちと、図に乗って来たって感じか。段々幕府の言い成りで、幕臣になってからは大名気取りだ。土方さんがいなかったら俺達はとっくに新選組を辞めてる」

最後には吐き捨てるように言うと、ぐいっと酒を飲み干した。

黙って話を聞いていた二人は、顔を見合わせると同時に深い溜息を付いてしまった。

「何だ?」

忌々しそうににらまれてしまった気がして首をすくめたが、原田の顔が司に近づくと少し息を呑んでしまった。

「今度はお前の番だ」

そう言って原田は再び酒を注ぐと盃に口を付ける。そして、何か言いにくそうな司を横目で睨む。

「分かった、言うよ」

とうとう本当に勘念してしまった。意外としつこい、そう思うと苦笑してしまうが。

「その近藤さんだけど」

「いいのか? 司、言っちゃっても」

言いかけた時、晃一と目が合った。

「いいよ、もう。どの道知る事になるんだから」

一瞬考えたが、あっさり返事をしていた。

「近藤さんがどうかしたのか?」

口に付けていた盃を一旦離すと、もう一度ゆっくり口に付けた。

「今日、流山ながれやまで、新政府軍に捕まった」


 !?


「ゲホッっ!?」


言った瞬間原田の手から盃が落ちた。

「今、何てっ!?」

「しっ、声が大きい。大事な事なんだから」

驚きの余り立ち上がり掛けた原田を司がおさえた。慌てて原田も一息つかせると、座り直す。そして、のれんの隙間からそっと店内を伺う。

だいぶ人も少なくなって来ている。今夜は余り長居はしない方が良さそうだ。そう思った原田は、話はそのままに勘定を済ませると二人を連れ立って自分の長屋に戻った。


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