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ALIVE  作者: 清 涼
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第三章(四)


油小路の変から10日後、藤堂の傷も順調な快復を見せ、江戸に向けて出発する事になった。

「 って、やっぱ、歩いて行くんだよな・・・」

旅支度をしながら晃一はぼそっと呟くように言った。

当然と言えば当然だが、車や電車などは走っていない。この時代、唯一機械の動力で動く物と言えば、軍艦くらいだ。

「東京までどれくらい掛かるんだよ・・・」

「オレに聞くな」

今まで当たり前のように新幹線に乗って、3時間くらいで行き来していたのだ。それを、人の足で、しかも冬の短い昼間だけで歩き続けて、一体何日くらい掛かるのだろう。

晃一は自分達が東海道を歩く姿を想像して、思わず身震いしてしまった。

「雪で足止めを喰らわなければ、正月は江戸で過ごせるだろう」

斎藤の言葉に「はぁ」と、晃一はため息をついた。

「正月か・・・」

司は思い出すと、遠くを見るように溜息にも似た息を一つ吐いた。

「どうした? 正月に何かあるのか?」

正座の苦手な司はいつも足を崩して座り、片足の膝を立てているが、斎藤はよく正座をしている。

「今度の正月はかなり荒れるぜ。気を付けろよ」

司はそう言うと、少し心配そうに斎藤を見た。

「荒れる? またいくさか・・・。 時勢だな」

「新しい時代への幕引きと幕開けだな。もし、本当にそうなったら、斎藤さんはどうするんだ?」

分かり切っている事だったが、聞かずにはいられなかった。だが、斎藤の方も躊躇ちゅうちょする事なく、司の質問には素直に受け止めて答えていた。

「新選組は元々佐幕派だ。徳川幕府の政権が返上されたにせよ、徳川に従っている。俺自身は徳川に恩がある訳でもなく、また忠義を尽くすという義理立てもない。だが、新選組の一員である以上は、隊の方針に従うつもりだ」

「徳川に忠義もないのに、徳川に付くのかよ。ここまで来たら徳川だって、終わるかもしれないってのに。分が悪い事くらい分かるだろ? なのに・・・。 なあ、斎藤さんにとっての新選組って、何だよ?」

率直な質問に斎藤は一瞬声が詰まりそうになったが、ふっと緩んだように笑うと目を伏せた。


 自分にとっての新選組


これは、いくら近藤の命令だからと言っても一度は離隊した時に、ずっと自問自答していた事だ。

離れてから分かる事も沢山ある。内に居れば、その内の中や内から見た外しか見えない。が、一度外に出れば、外からも内を見る事が出来る。そして、そこに居る自分をも見つめ直す事が出来る。

それに気付かされたのだ。

そのまま近藤のめいそむき、伊東と共に行動する事も出来たが、斎藤には出来なかった。いや、そうする意志もなかっただろう。自分を見据えた結果、離隊から半年後の大事に、自分はやはり新選組なのだと悟ったのだ。

「俺にとっての新選組は、おのれの魂そのものだ」

「魂、そのもの?」

言い切った斎藤に司と晃一は食い入るように見つめた。

「そうだ。新選組は誰に仕えている訳でもない。誰かの家来ではない。ましてや局長の近藤さんや土方さんは武士の出身でもない。俺もそうだ。脱藩して浪人になった。そんなヤツ等の集まりが新選組だ。だが、志は一つだ。他の誰かに仕える為とか誰かの為ではなく、己自身の為に戦っているのがこの新選組なのだ。藩に仕えているから武士なのではない。武士の気概とは、己自身に忠義を尽くす事だと俺は考えている。近藤さんや土方さんを見ていて本当にそう思った。だから俺にとって新選組は、俺の生きる道、なのだと」

そう誇らしげに言う斎藤が何だか眩しく感じてしまった。

「かっこいいよなぁ・・・。そうやって言い切っちゃうとこ。 ところで斎藤さんって、いくつだよ?」

感嘆の溜息を付くと、晃一は感心したように聞いた。

「23だ」

「23? ・・ ヒエーーっ、俺より年下かよ。 すっげぇな・・・」

更に驚くと余りの思慮深さの違いに、ぶんぶん頭を振って髪をむしった。そんな晃一に司は少し呆れると、斎藤と目が合った瞬間、互いに失笑していた。

「ところで光月君、土方さんからの伝言で、もう少し話がしたかった。今度どこかで会った時には酒でも呑もうという事だ。それから近藤さんからも暮々もよろしく伝えてくれとの事だった」

「そう。 ところで、斎藤さんはこれから新選組に復帰するのに、けじめとして髪、切ったりしないの?」

司の言葉に全員の視線が藤堂に移る。

「過去を断ち切る、か」

斎藤は藤堂の短くなった髪を見ながら思い出したように言った。


 藤堂が起き上がれるようになり、ようやく自分が生かされた事を受け入れた時に、思い立ったように司と晃一に聞いた時の事だ。

『俺が新選組でなく、新しく生まれ変るとしたら、どんな方法がいいかな?』

『そりゃ、ルックスを変えるとか。まずは外見から、とか言うだろ』

『ああ、そうだな。晃一もたまには良い事言うな』

わざとらしく感心したように言う司に晃一は舌を出して余計なお世話だと言い返した。

『ルックス?』

『見た目だよ。ヘアスタイルを変えるとか』

『ヘアスタイルじゃなくて、髪型だろ。ホラ、ちょんまげを切るとかさ。テレビでよくやってるじゃん。まげを落として何とかって』

『出家?』

『それじゃ、坊さんになっちまうよ。そうじゃなくて・・・、ああそうだ。 ヤクザなんかがよく言うじゃん。髪を短く切るって事は、何だかを断ち切るとかって』

晃一が思い出そうとして言ったが、それ以上出て来ず、司に視線を送る。

『過去を断ち切る、だろ』

『そうそう、それ』

他愛もない会話から出た言葉だったが、藤堂には十分過ぎる言葉だったようだ。迷いもせず、その場で髪をばっさり切ってしまったのだ。

そして、その切った髪は、遺髪とされて、油小路で惨殺された者達と一緒に、御陵衛士・藤堂平助は埋葬されたのである。


「俺は名前を変える事にした。元々、今の斎藤一も脱藩した時に改名したのだ。これからは元の山口姓を名乗るつもりだ」

「山口一って事?」

「いや、それでは元の名に戻ってしまう」

「ふーん、それじゃあ、一の次で二郎か」

何気に言ったつもりが、斎藤には良かったのだろう。笑みを浮かべると、

「そうしよう」

と、言った。


「じゃあ、そろそろ行くか」

ポンと立てていた片膝を叩くと司は立ち上がった。藤堂は既に玄関先に立っている。司と晃一も自分の革靴を履くと、斎藤に向いた。

「斎藤さん、これから先、本当に色んな事があると思う。けど、絶対に死に急ぐなよ」

「チャンスがあれば生きるべき、か」

「 ・・・、そうだ。土方さんにも伝えておいてくれよ」

司は斎藤がチャンスという慣れない言葉を使った事に笑ってしまったが、その言葉を覚えていてくれた事に感動してしまった。

「あんたみたいな人が現代に欲しいよ」

「 ? 」

一瞬斎藤は訳が分からず、怪訝けげんな顔をしたが、司の笑みにつられて頬が緩むと、軽く頷いた。

そして、その向方にいる藤堂を真っ直ぐに見つめると力強く頷いた。

これが今生の別れだという事は互いに承知の上だ。二人は何の言葉を交わす事もなく、司が扉を閉めるまで互いを見ていた。


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