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ALIVE  作者: 清 涼
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第三章(一)

 翌朝、部屋の中が明るいのに気付いた晃一は起き上がってその部屋を見渡すと、溜息をついてしまった。三方を壁で囲まれた和室は間違いなく昨夜ゆうべから居た所で、自分もまた半纏はんてんを着たままだったのだ。そして、隣を見れば、頭まですっぽり布団にくるんで寝ている者がいる。

「おーい、司、起きろ。 朝だぞ」

声を掛けるが返事がない。二人の間に置いてあった火鉢に手を掛けるとだいぶぬるくなっている。布団から少し出たところでぶるっと身震いしてしまった。

そういえば12月だった。やはり京都の朝は底冷えがする。

「司ぁ」

うようにそばに寄ると肩を揺すった。

「う・・ん・・」

と、かすかにうめくような声がする。司にしては珍しい。寝起きは悪い方ではない。

「司?」

トントンと、布団の上から軽く叩いてみた。余り反応がないのでもう一度やってみたが同じだった。3回程繰り返した時、ようやく布団が少しずり落ちた。

「どうした?」

なんとなく辛そうだ。

「やべぇ・・・、カゼ、ひいたみたい。 ・・・ ゲホっ ゲホっ 」

「マジかよ・・」

苦しそうに咳き込む司に晃一は半分落胆してしまった。特異体質な司がカゼをひくと大変だ。高熱が続けば持病の発作を起こしかねない。それに、この時代の医術がどれ程のものなのか、検討もつかない。

「とにかく、誰か呼んで来るよ」

「わりィ・・・」

かなり不安そうな目をした晃一に悪いと思いつつも、この寒さを恨むしかなかった。

しばらくして、晃一が原田と山崎を連れて戻って来た。

「大丈夫か?」

熱で赤くなった司の顔を覗きこんだが、「ダメ」という短い返事にがっかりすると、二人に振り返った。

医療担当の山崎が晃一と代わり、司を診ようと手を額に当てると、驚きの声を上げた。

「すごい熱だっ」

「どれ?」

原田も同じように司の額に手を当てると驚きの声を上げる。

「うおっ、こりゃひでぇっ。 大丈夫かっ!?」

目を見開いて顔を覗き込む。

「いつもの事だから心配ないって。・・、それより、近い。 ・・ ゲホっ 」

「あ?」

「近すぎ、だって・・・、顔が・・」

薄っすら開けた目の前に大きな顔が見える。近すぎて原田の息が顔にかかるくらいだ。

「すまん」

慌てて顔を離すと晃一の隣に座った。

「山崎、どうする?」

「原田さんはここに居て下さい。薬湯を持って来ます」

そう言って山崎は立ち上がると出て行った。

部屋には3人だけとなったが、しばらく黙ったままだった。が、やがて、原田が妙に落ち着き払った態度で座り直すと、晃一に向いた。一瞬ドキっとした晃一は、原田の脇に置いてある刀に目をやった。それに気付いたのかフッと笑い、

「殺しやしないよ」

と、言いながら刀を左手で掴むと正面に掲げた。

「昨日、お前らの言った通り、土佐の坂本が斬られた。そこに俺のさやが落ちていたらしい。だが見ろ、俺のさやはこの通りここにある。おかしな話だ」

そう言って、刀を元の脇に置いた。

「司、お前の言った通りだ。俺達も知らないところで坂本が殺され、そして今日、これから斎藤が帰って来る、だと? 何故、そんな事が分かる? まさかお前らが仕組んだ事じゃねぇよな? 違うとしたら、お前ら一体何者だ?」

「 ・・・ 」

探るような原田の目に晃一はごくりと息を呑んだ。何者だと聞かれ、まさか未来から来たなど言っても到底信じてはもらえないだろう。それに、自分自身いまだにタイムスリップしてしまった理由が分かっていないのだ。

原田ににらまれたまま答える事も出来ず、また、動く事も出来なかった。


 ゲホっ ゲホっ 


沈黙を破るように激しく咳き込む司に原田はハッとすると、晃一を睨むのをやめ、司の顔を覗き込む。

「さっきよりも熱が上がってるぞ」

額に手を当てながら言うと、心配そうに晃一に振り返った。

「どうすりゃいい?」

「どうすりゃいいって、聞かれても・・・。 とにかく熱を下げるしかないだろ」

原田に聞かれて晃一は少し安心すると同時に呆れて言った。

「おうっ、そうだな。 水と手拭いだ」

ポンと膝を打つと、原田は刀を腰に下げて急いで出て行った。

トンと障子が閉まり、足音がバタバタと遠去かって行く。

「原田左之助か。 何だか変なヤツ。 でも、あいつに坂本龍馬暗殺の疑いがかかってたんだな。そんなに恨まれてたんか? 憎まれ役って顔でもなかったけどな」

粗忽そこつな態度には多少の荒っぽさも感じるが、意外と顔立ちは整っている。眉は濃く一本に真っ直ぐに引かれ、鼻筋もすっと通って高く、目も二重瞼で大きく、黒真珠のような瞳をしている。合コンにでも顔を出せば、傍目はためから見てもモテること間違いなしだ。それに、黙っていれば、とても優しそうな雰囲気を出している。

「あれか、一種のねたみってヤツか?」

晃一は何となく一人で納得してしまった。


 その日、一日中晃一は司の側で看病するように部屋にいるしかなかった。と言っても別段する事もなかったので、そうするしかなかったのだ。

「あ~あ、ヒマだな・・。 テレビもねぇし、本もねぇし、な~んもねぇ。あるのは火鉢だけかよ・・・」

日も暮れた頃、ようやく熱の下がった司にホッとすると、大きな溜息をついて天井を見上げた。

「けど、江戸時代ってか、幕末のこの時代の医術も大したもんだな。 おばあちゃんの知恵袋みたいな薬だったけど、お前の悪霊みたいな熱も下がったしな。で、あの粉みたいなヤツってどんな薬だったの?」

起き上がって白湯さゆを飲んでいる司に聞く。

「 ん・・、解熱じゃないかな。すっげぇ苦かったけど、漢方みたいな味がしたな。あと、最初の薬湯って、梅の味がしたよ。これもそうだけど、どこからどう見ても梅干だしな。それを黒くなるまで焼いてあってさ。酸っぱいんだか苦いんだか、よく分かんない。ネギを首に巻かれた時は臭くて死にそうだったけど、とにかく急に体の中から熱くなって来て、でもその後はすっきりしたっていうか・・。 ずずっ・・・」

今朝から熱にうなされてはっきりした事は覚えていない。が、とにかく現代の抗生物質でしか自分の熱は下げられないだろうと思っていたものが、この時代の治療でも熱は下がったのだ。感心せずにはいられない。おかげで発作も起こさずに済んだ。

残りの白湯を飲み干すとホッと一息ついた。

 その時、数人の慌てたような足音が近づいて来ると、ガラッと障子が開く。

驚いた晃一は後ろ手についていた両手がそのまま滑って体ごと仰向けになってしまったが、慌てて飛び起きると、思わず正座してしまった。

入り口に立ち尽くしている男が、はぁはぁと息を切らせている。

司は両手で湯呑ゆのみを持ったままその男を見つめた。


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