第二章(二の3)
先程、壬生で見たばかりだ。
今は洋装ではなく、髪も長く一つに束ねられ、袴に刀を差して完全に侍の姿だった。だが、写真以上の鋭い眼光には、やはりとてつもない威圧感を覚える。
土方は司たちがここへ来る事を既に他の隊士からの伝令で知っていたのだろう。まるで待っていたかのようだ。当然のように案内されるが、余り良い歓迎ぶりでもない。表門から避けるように敷地に入って行った。
いつの間にか他の隊士はいなくなり、奥の座敷に通された時には、土方と原田だけになっていた。
三方を壁に囲まれた部屋で、土方を正面に、司と晃一は座った。そして原田は入り口近くに腰を下ろす。二人共に刀は左手近くに置いている。何かあったら、すぐにでも刀は抜かれ、斬られるだろう。逃げる事はもちろん不可能だった。
さすがだ・・・。
司はすっかり諦めた。
しかもこの時代にいる時には、自分の特殊な能力も何かの力で抑えられているようだ。昨夜も会津藩の密偵を最後まで透視しようとしたが、途中で陰がかかってしまい、何も視えなくなってしまったのだ。ただ、辛うじて沖田への治癒力は送れたようだった。
「話してもらおうか」
両腕を組み、半ば脅すようにおもむろに土方が口を開いた。
「 ・・・ 」
二人は困惑したように顔を見合わせたが、晃一が目で司に合図する。
ったく・・・
仕方ないとは思いつつもどこからどう、何を話せばいいか分からない。
「 ・・・ 」
少しの間、沈黙が流れた。
「話したくないのか? それとも話せない訳でもあるのか?」
土方が言う。
「え・・・と、両方かな」
戸惑ったように司は答えるしかなかった。
「ならば質問を変えよう。 お前達は何者だ? どこから来た? これならば答えられるだろう」
一つ溜息を付いた土方に、原田も一息吐いた。
「えーと、俺達が来たのは東京。つまり江戸。で、俺達はミュージシャン、ってか、えーっと何だ、いわゆる芸人ってヤツか。 とりあえず武士でも貴族でもねえ、ただの平民だよ」
珍しく返答に困った司に代わって晃一が答えた。
「江戸か、 ・・・、そして平民。 にしちゃ、そのカッコはフツーじゃねえな」
原田が覗き込むように言った。
「いやいや、俺達はフツーだよ。 てかここってホントに幕末かよ? マジで撮影とかじゃねえんだよな?」
半分身を乗り出して言う晃一に司は少し慌てた。しかし、土方と原田にしてみれば、晃一がおかしな事を言っている気がしてならないようで、困惑したように顔を見合わせた。
「何を言っているのか分からんが、今は慶応3年11月15日だ。お前たちがいなくなってから3年経っている」
「え?」
一瞬司と晃一は顔を見合わせると、息を呑んだ。
「ええーーっっ!?」
昨日会ったばかりだ。
確かに昨夜、池田屋事件をこの目で見たのだ。
「ちょっと待った。 って事は・・・、そうだよな、禁門の変があって、天王山の戦があって、・・・、あれ? 西本願寺の屯所? ・・・ あれ? 山南敬助って、もう切腹? ・・・? 」
晃一は訳が分からず呆気に取られ、さっきまで司と歩いた史跡を頭でたどりながら、確かめるように司に聞く。
「おいっ、お前らっ!?」
「晃一っ、黙ってろっ」
土方が刀に手を掛けるのと、司が晃一に怒鳴るのが同時だった。
既に原田は片足を上げ、刀の柄に手を掛けている。
「土方さん」
司が晃一を押さえ、まっすぐに土方を見つめると、土方の手が刀から離れた。そして、その手が再び組み直されると、原田も刀を置いて座り直した。
「言っとくけどオレは、あんたらの敵でもなければ味方でもない。この格好だ、怪しまれてもおかしくはない。でも、詳しくは話せないんだ、オレ達の事を。ただ、オレ達はこの時代の事をよく知っている。だから今まであった事も、詳しくは知らないが、大きな事件くらいは分かる。あれから3年経っているなら、この京都で長州征伐があって、戦があった事なら誰でも知ってる。それに、新選組の事だって、あれから幹部の連中が死んだ事や、伊東甲子太郎が加わって、御陵衛士作って出て行った事も」
ここまで一気にしゃべると一息ついた。
「なるほど、それで?」
腕を組んだまま黙って聞いていた土方が顔を上げて司を見る。
「今日が慶応3年11月15日って事は、約1ヶ月前に大政奉還が行われ、幕府が政権を朝廷に返上しているはずだ。徳川幕府の時代は終わった。これからは明治天皇がご即位され、実権を握る事になる」
「11月15日って事は、坂本龍馬って・・」
「晃一っ、いいから黙ってろっ」
さすがに司も晃一の頭をはたく。
「明治天皇?」
一瞬土方の眉がピクリと動くと、司との間に微妙な間が開いた。
が、すぐに司は今が慶応年である事を思い出すと、ごくりと息を呑んだ。「明治天皇」と言われるのは、これから約半年後に改号され、明治になってからだ。
確か、
「先の孝明天皇の後の・・」
「睦仁新王か」
何事もなかったように土方が続けてくれた。『大政奉還』、新選組にとっても大きな事件だった。今や幕臣となっている新選組の行く末に白波が立ち始めているという事を土方には分かっているのだろう。ゆっくり腕を組み直すと、目を閉じた。
司は、それ以上何も言って来ない土方にホッと胸を撫で下ろした。これ以上の歴史を語らない方がいい。幕府側と倒幕側、両方の動きを知っている司と晃一だ。むしろ現代では倒幕側の方が良く描かれている為、実情も詳しいかもしれない。それにこの先、新選組が向かう先には大きな苦難が待ち受けている事は言うまでもない。
だが、司と晃一にはそれを口に出す事は到底出来るものではなかった。