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ALIVE  作者: 清 涼
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第一章 池田屋事変 (一) 

「そういやこの辺だな」

ふと思い出したかのように立ち止まると、辺りを見渡した。

色とりどりのネオンが柳のしなる夜道を映し出している。小川の流れがきらきら反射して涼しげに、ここ京都は木屋町の繁華街をみやびに感じさせていた。東の近代的なみやこと違い、やはり歴史の深い街だけはある。通りをはさむ木造りのへいや石畳などがネオンに照らされながらもひっそりと情緒溢れる空気に包まれていた。

じょうだろうか、初夏の蒸し暑さすら風情に溶け込み、月明かりを探したくなっていた。

「何が?」

不意に立ち止まった司の一歩前で晃一が足を止めて振り返ると、辺りを懐かしそうに見回している。そして目が合うと、

「今何時?」

と、聞かれた。

「 ? 」

一瞬呆気に取られたが、先程した自分の質問より司の質問に対する答えの方が早いと判断すると、腕時計に目を落とした。

「10時10分」

「お、もうそろそろか?」

「は?」

晃一は訳が分からず怪訝けげんな顔をすると司の顔を覗き込んだ。

「何が?」

もう一度、今度ははっきりと聞く。

「池田屋事件」

「は?」

真顔で答える司に晃一は再び呆気に取られて、「池田屋?」と、聞き返した。

「そ、池田屋」

司は人差し指を立てると頷いて答えた。

「それがどうしたんだよ。池田屋って言えば、あの新選組が討ち入って騒動起こしたっていう、あれだろ?」

「そうだよ。それで維新が1年か2年遅れたって。 あら? お前でも知ってたの?」

「 ・・・。 当ったり前だ。とりあえずそれくらいの歴史は誰でも知ってるって」

いつも馬鹿にされている晃一は、自分とは頭の中の構造が違いすぎる司にこれ以上反論する事が出来ない。それに関してはすっかり諦めているが、とりあえず自分が日本史専攻だった事を思い出した。

「元治元年、6月5日」

「今日だ」

「今日? 今日は7月8日だぞ」

「旧暦だからな、6月5日ってのは。1864年7月8日だ」

「ほお」

「多分この辺りだ。その池田屋があったのは」

言いながら司はサングラスを外すと、辺りを見渡し夜空を見上げた。


 変わらないのは空だけか


いつだったか、どこかでそんなセリフをを吐いた覚えがある。

 少し生温かい風が頬をでるように受けたが風は吹いていない。

少し不思議に思い夜空を見上げると、ほんの少し赤い下弦の月を見つけた。

歴史が動いたこの空の下を何故か不意に想像していた。

幕末の動乱前の今日のこの夜空の下で何が起きたのだろう。

『新選組』、幕末に突如現れた武装集団で階級を持たない者の集まりだ。京の町では人斬り集団でヤクザ同然の扱いだ。維新後は賊軍の中でも卑劣ひれつな者として挙げられ、その名を出すことすら罪だった。

だが今では、幕末の志士の一人としても見直されている。

武士ではない者達が武士の生き様をあがめ、武士になろうとあらがう生き様を描く者もいるのだ。

最後の武士にして最強の武士の集団、そうも言われている。


 と、突然、近くで数人の甲高い騒ぐ声が聞こえて来る。

居合いの声だろうか、剣の交える音も聞こえて来そうだ。 

 幻聴か?

耳を澄まそうとした時、「ヤバイっ、逃げろっ!」と、晃一に腕を取られ、ハッと我に返った瞬間走り出していた。

居合いの声ではなく、司達を見付けたファンの奇声だったのだ。

 ここ京都でのコンサートを終え、珍しく他のメンバーと分かれて司と晃一は二人で食事をしたのだ。先斗町で酒を酌み交わしながら、そう言えばこの辺りでは幕末の志士達が同じように生きていたのだという話で盛り上がった。

外に出ると、車のエンジン音に混じって鴨川の音を少し遠くに聞きながら無意識の内に三条小橋付近まで足を運んでいた。そしてふと、司は新選組を思い出したのだった。


「こっちだっ」

細い路地に逃げ込んだ。

地方公演の後にぶらぶらするのはいつもの事だったが、ファンに見付かった時は必ず逃げる。これもいつもの事だった。

自分達の時間を誰にも邪魔されたくないからだ。

「お、司、ここに穴があるぞ」

考えるまでもなく二人は体を屈めると、暗い穴に入って、彼女等が何処かへ行くまで息を潜めていた。


 


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