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俺たちゃ兵器開発班



モフモフ帝国兵器開発班とは



 死の森北東部を制圧し、勢力の拡大を続けていた帝国歴三年七月、クレリア大元帥はコボルト弓兵隊のマルからの武器の性能向上の歎願を受け、首都ラルフエルドに新たに兵器開発班を設置した。


 初代兵器班主任には前述のマルを任命。副主任にテリーを任命。

 他三名、書記官一名が配属される。


 クレリア大元帥は彼らに対し、何らの掣肘も加えず、思うがままに好きなものを開発するようにと命令した……が、それは悪魔に命を吹き込む命令であった。


 流石のクレリア大元帥も予測できなかったのである。

 悪魔が悪魔を呼び、『魔窟』と化すのに極短期間しか掛からないなどということは。


 そして、年々その『魔窟』には各種族から人材が集まり、さらに強力に、さらに混沌としたものへと変化して行くことになる、などということは如何に優秀な彼女にも予測出来なかったのである。


 兵器にはそのような魅力があるのかもしれない。

 後に兵器開発班の大目標を読み、技術者達に真意を問いただしたクレリア大元帥はこう語っている。



「彼等の目は本気だった」……と。



モフモフ帝国建国紀 兵器開発の章序章 二代目書記長ボーダー著 より抜粋




 モフモフ帝国首都、ラルフエルドに新設された兵器開発班研究室。


 誰も使用していないボロ家に『最強武器、防衛施設、巨大兵器、量産開発室』と看板を掲げただけのその建物の中では、毛並みがそれぞれ異なる五名のコボルト達が机を挟み、難しい顔をしながら睨み合っていた。


 正確には四名が睨み合い、一名は困惑の表情を浮かべている。

 場違いな場に紛れ込んで困っているのは、茶色と白の気弱そうなコボルト、デーン。


 彼は新任の書記官として、兵器開発班に赴任したのである。



「よし、兵器開発班会議を始めるぞ。まずは、コボルトでもハイオークを一発でぶち殺せる武器をどう作るかだ。他の奴もそれを考えろ」



 緊迫した状況の中、初めに声を上げたのは白い毛並みの中年のコボルト。

 この兵器開発室の班長でもあるマルだ。


 コボルトとは思えないほどの迫力で、他の四名を威嚇しながら、彼はそう宣言する。

 だが、他の三名は全く怯まない。一名は涙目になっているが。



「ふん! 小さい小さい。帝国に必要なのは要塞。効率良く防衛するための兵器さ! 僕はあの要塞を調べるうち、あれこそが究極の兵器だと確信したんだ。改良すれば何が来ても勝てる! ハイオークだろうが関係ないね」



 小馬鹿にするようにマルの方を向いて笑ったのは、元はカロリーネの治めるコモンスヌークに住んでいたコボルトだった。

 黒と茶の斑模様の若いコボルト、セントは椅子から立ち上がり、要塞の素晴らしさを力説する。


 彼は元々、木材加工の職人をしていたのだが、カロリーネの命令でウィペット要塞を調べ上げ、その魅力にすっかり取り憑かれてしまっていた。


 他の三名から殺気の込もった視線を向けられても気にする風でもなく、要塞の改良案を喋り続けている。



「ハイオークを倒すには、巨大な兵器が最善である。つまり、ハイオークなど物ともしない巨大な兵器で相手を押しつぶせば良いのだ。それが効率的というものではないかね?」



 灰色の毛並み、複雑な刺繍の入った黒い服を着こなした落ち着いた雰囲気のダンディなコボルト、アキタが丁寧な口調でセントの要塞最強理論を遮り、自説を語った。

 もふもふ帝国の東の端、パイルパーチ出身のアキタは死の森でも珍しい人間通で、こっそり死の森を抜け出して人間世界を見聞し、戻ってきたコボルトである。


 書記官のデーンはようやく治まるかな……と、安堵の溜息を吐いたが、次の彼の発言は更なる火種を投入するものであった。



「現実的に我らの非力な力で、ハイオークを打ち倒すのは困難……ならばカラクリを使い、巨大兵器で打ち倒すのが知的なコボルト紳士としての嗜み。ま、野蛮な田舎コボルトにこの素晴らしさを理解できるとは思えんが……ね」

「なんだとっ!」



 怒りの声を上げて、マルとセントが立ち上がる。

 そんな二人を黒い毛並みの青年コボルト、テリーが、苦笑いしながらまあまあと抑えた。



「マルさんもセントさんもアキタさんも……みんな間違ってるんすから、仲良くして下さいよ。ハイオークを打ち倒すのは質じゃないんす」



 一先ず言い争いを止めた三人は一斉に、自慢げなテリーを睨みつける。

 だが、彼は気付いていないようで胸を逸らしながら続けた。



「圧倒的な物量すよ。即ち『量産』! あらゆる武器を大量生産し、延々と相手にぶつけるんす。これでイチコロっす!」



 はははっ! と副主任でもある彼は愉快そうに笑う。

 サーフブルームでアードルフの支配の下、延々と無茶振りをされたテリーはそれが原因で物を量産することに嵌ってしまい、命を賭けていた。


 当然ながら他の三人が納得するわけもなく、再びにらみ合いが始まってしまう。


 書記官であり、『普通』のコボルトであるデーンは、四者四様の濃い思想を持つ同胞たちの言葉に頭を抱えていた。



(うう、折角成人して書記官になれたのに……よりによって……彼等だなんて)



 そう、彼等はコボルト族でも特に有名な変人、いや、変狼(?)だったのである。

 そして、今にも掴み合いが始まりそうな空気の中、わたわたしていた彼にも四名の矛先は向いてしまう。



「おい、若いの。お前はどうなんだ」

「そうだね。ま、正しいのは僕に違いないけどね」

「ふむ……クレリア殿の教えを受けた書記官だ。ここは紳士的に巨大兵器だろう」

「いやー、量産っすよね?」



 全員がぐぐっと身体を机に乗り上げ、顔を詰め寄られ、気弱な書記官、デーンは涙を零しながらも必死に考える。

 彼には他の班員の意見をまとめ、クレリアに報告する仕事があるのだ。


 不可能に思えてもやらなくては……デーンは使命感になんとか背中を支えてもらいながら、呻くように答えた。



「大目標と間近の目標……小目標をつ、作っては!」

「大目標? 小目標?」



 四名の技術者達は不思議そうに顔を見合わせる。

 雰囲気が多少和らいだのを感じ、デーンは深呼吸をして汗で張り付いた目元の毛をどけた。



「み、皆さんの考えは、素晴らしいと思います。大目標には皆さんがやりたいことを全部詰め込みましょう! 喧嘩せずに全部!」

「なるほど」



 デーンの言葉に四名の技術者は素直にコクりと頷く。



「小目標は差し迫って出来る事を……結果を出さないとクレリア様に怒られますし、実績がないと、やりたいことをさせてもらえないかも……最悪解散なんてことも」

「む、そりゃあ困る」

「困るね。僕の理想が」

「コボルト紳士的巨大兵器が作れないのは困るな」

「困るっすねー量産できないのは」



 コボルト達は眉間にしわを寄せ、うんうんと唸る。



「で、でも『力を合わせて』結果を出せば! みんなやりたいことが出来るかも!」



 泣きそうになりながらも必死に主張したデーンの『やりたいことが出来る』という発言に、他のコボルト達は目から鱗が落ちたような納得の表情で頷いた。



「理解したぜ。若いの。おめーいいこと言うじゃねえか」

「そうだね。僕も間違ってたよ。否定ではなく、全てを取り入れるなんて……」

「そうだな。巨大兵器は要塞にも使えるし、小型化すればマル殿の研究とも」

「なるほどね。量産すればいいんだ。それが、どんなものであろうとも」



 いい笑顔を浮かべながら不穏な発言をしている技術者達に、デーンは困惑しながら申し訳なさそうに声を掛ける。



「あ、あの……皆さん……作れる物にして下さいよ?」

「よっしゃ! お前ら。まずは、俺達の最高の物を考えようぜ!」

「悪くないですね。ふふ……」

「そうだな。力を合わせなければ」

「うんうん」



 何とか話合いを行う雰囲気にはなった。

 だが、彼等の『大目標』をクレリアに報告するのは書記官たるデーンである。


 楽しそうな話し合いに没頭し始めた技術者達を眺めながら、彼に出来ることは、ただ、まともな物になることを祈ることだけであった。


 望み薄ではあったが。




 後日、デーンは出来上がった兵器開発班の報告書を、オッターハウンド要塞に駐留していたクレリアに届けた。


 彼女はそれに目を通すと少しだけ眉をひそめて、その氷の様な瞳でデーンを見詰める。

 気弱な彼はびくっと震えたが、大人しく彼女の言葉を待つ。



「小目標は問題無い。承認すると伝えて」

「は、はい!」



 デーンの報告書には小目標は、コボルトの扱う弓の性能向上と記載されている。

 コボルトの弓は小動物を狩るためのものであるため、威力は弱くて個別差も大きく、クレリアもその必要性は感じていた。

 それが可能であるならば、確かに助けになるだろう。


 クレリアが頭を悩ませたのは小目標ではなく、大目標と記載された方だった。



「大目標……『コボルトでも扱える、巨大なカラクリを用いた龍でも一撃で倒せる武器を大量に搭載した、高速移動式の要塞を大量生産する』?」

「う……はい。専門的な話しすぎて私にはさっぱり……」

「そう」



 クレリアは視線をデーンから離してもう一度書面を見直すが、何度読み直してもそこには同じ文言が書かれている。


 彼女の脳裏には足の生えた要塞が駆け回り、コボルト達がそれに乗って楽しそうにハイオーク達を追い回している光景が浮かんでいた。



「まあ、いいかもしれないわね」

「えっ!」



 クレリアは小さくクスクスと笑う。



「どうやったら、こんなことが思い付くのかしらね」



 そんな彼女にデーンは、「さあ?」と苦笑を返すことしか出来なかった。





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