第9話 鬼物語(前編)
外伝みたいなものです。
鬼の身の上話です。
レステアと主人公はでてきません
エルザイアの迷宮7階層
「クソッタレがぁぁぁぁぁぁああ!!」
ハルバートで、人の丈ほどもありそうな巨大蜘蛛の頭をカチ割ると「ピギュ~~~!!」と気色の悪い断末魔をあげ、白と黄色の体液を撒き散らしながら絶命した。
シュバッ!!シュバッ!!シュバッ!!
その断末魔を聞いた蜘蛛の仲間がダンジョンの奥から次々と湧き出し、飛ばしてくる粘着性の強い糸を、無骨で巨大なタワーシールドで受け止める。
「まだか!レンネットぉお!!」
後ろで術式を組み立てているペンテ・レンネットに声をかける。
彼女はファールー族のスゴ腕女魔道士で、小さな身の丈からは想像できないほど強力な術式を組上げる。
「ムギィーできた!!避けてブラニッツぅ~」
燃え盛る灼熱の息よ
我が敵を焼き尽くせ
ドラゴンブレス!!
「ば、バカッ!!」
慌てて通路端に倒れこみタワーシールドで自分の身体を覆うと、その刹那
キュゴォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーー
圧倒的な熱量と騒音が空気を振るわせる
「ムギ・・・大丈夫?」
タワーシールドの外から俺の様子をレンネットが伺っている。
言いたいことはあるが、ここで口論する暇さえ惜しい・・・・
「問題ない」
身体を起こすと、黒く炭化した蜘蛛の残骸転がる迷宮の通路を先に進む。
「いいの?傍にいてあげた方がいいんじゃないの?」
ファールー族は、別名『小獣族』とも呼ばれており、成体でも人間族の子供位の背丈しかない。
そんな小さな彼女が、困ったような、悲しいような、そんな顔で俺を見上げながら幾度目かになる質問を問いかけてくる。
「傍にいて何もできないより、俺は俺にできる事をやりたい・・・」
「でもッ!!・・・・・・・・・・・もう、フレインさんに残された時間は少ないんだよ?」
レンネットの頭から生えた獣じみた耳が、力なく垂れている。
「時間がないからこそ・・・・・だからこそ急いで最深部まで行き、『神々の英知』を手に入れる!!そうすれば、フレインを治す事のできる魔法とか、なんでもいいッ!!見つかるかも知れない、だからッ!!」
望が薄い藁だという事は、俺自身痛いほど分かっている。
それでも掴まずには、すがらずにはいられなかった。
「ムギッ・・・・・・・ブラニッツは・・・分かってないよ、彼女の気持ちを」
「・・・先を急ぐぞ」
エルザイアの迷宮8階層
今までで到達、確認されている最深部は9階層、その奥に10階層へと続く階段を見たと、後の生還者は語っている。
つまり、最短でもあと2階層はあるという事になる。
しかし、予想以上に消耗が激しく、しかもこのクラスになると1階層潜るだけで、敵のレベルはまるで別次元になる。
このままでは届きそうにない、その事実が俺を焦らせ、さらに消耗を激しくさせていった。
「・・・・・・・・・ブラニッツ、すごく言い難い事だけど、もう道具も薬も食料も、ギリギリ帰る分しか残ってないよ、ここが・・・・・リターンポイント、これ以上の潜行は自殺行為だよ。」
レンネットの言葉に、鼓動がドクンッ!!と跳ね上がる。
ここまで6日かかっている、つまり帰るのにあと6日、帰って即出発したとしても、多分、もう間に合わない・・・・つまり、フレインを救う可能性は、ここで絶たれた事になる。
俺にとっては死刑宣告に等しい・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか・・・」
ここまでレンネットと2人でなんとか到達した。
独りで来たのなら、帰り道など気にしない潜行もできたかも知れないが、そんな俺の自殺行為にレンネットを巻き込むわけにはいかない。
漏れそうになる嗚咽を必死にかみ殺す・・・・・俺は彼女を・・・
フレインを守れなかった。
ガシャン・・・
モンスターの体液で汚れたハルバートとタワーシールドが、手から滑り落ちる。
「う・・・・・・・・・・・・・うぐッ・・・・・・ッ」
もう、嗚咽をかみ殺す事も、わらう足で踏ん張って立っている事もできず、その場に膝をつく。
そんな俺の頭を胸の辺りで抱きしめると、レンネットはくしゃくしゃと撫で、優しく囁く。
「帰ろう?今ならまだ間に合うから、帰ってフレインさんの傍にいてあげて・・・・ね?」
「うッ・・・・・・うぁ・・・・ぁ・・・ぁぁ・・・・ぁああああああああああああああああああ」
泣き叫ぶことしかできない俺を、レンネットはただ、ただ・・・・・優しく撫でてくれた。
8階層まで相当無理して来たツケを帰りに払わせられる事となり、帰りはかなり苦労する事となった。
途中で道具も薬も食料も切れ、マナの回復が追いつかなくなったレンネットを庇いながら、ようやく見えた迷宮の出口に喜んだのもつかの間、満身創痍で迷宮から出た俺たちに、さらなる追い討ちをかける知らせを、迷宮の見張り番であるエルベナル兵から聞かされる。
「ブラニッツ殿!!レンネット殿!!帰還なされたら、至急フレイン様の所へ来るようにと、カーレン様より伝言が入っております。」
ガシャン!!
それを聞いたとたん、装備を投げ出し俺は走っていた。
まさか・・・・そんな!!まだ猶予は残されてたハズだ!!
「ムギ!!キミ、ブラニッツの装備よろしく頼むね!!」
「ハッ!!この命に代えても!!」
俺と、フレイン、レンネット、カーレンは戦友だった。
5年前、大陸全土(四つ国)を巻き込んだ大戦で、レンネットとカーレン、流派は違えど、その類稀なる魔術の力で数多の敵を討ち滅ぼし、レンネットは『エルベナルのファイアドラゴン』カーレンは『エルベナルのウォータードラゴン』などと呼ばれ恐れられていた。
フレインは肉体強化や魔法剣などを駆使した一騎当千の凄腕ルーンナイト『戦場の死神』
俺は自身よりも巨大なタワーシルドと、これも巨大なハルバートを振るい、魔術を組み立てるまでの間3人を守った。付いた二つ名は『鉄壁の要塞』
そんな俺達4人は、大戦後に『エルベナルの四英雄』などと歌われたが、俺は喜べる気にはなれなかった。
それは最も守りたかった最愛の人、フレイン・ヴォーイッシュを守りきれなかったから
彼女は大戦中に、失われしエンシェントスペル(古代魔術)の最後の使い手である、賢者デルヴェラードに止めを刺した際、カース(呪い)をかけられてしまい、彼女が受けたカースは、エンシェントスペルによる死を伴う強力なものだった。
そのカースの解呪方法はレンネットやカーレン、賢者と歌われる者にさえ分からず、唯一エンシェントスペルに精通したデルヴェラードはカースをかけた張本人であり、すでにこの世にはいない。
八方塞のその状況で、唯一望みを見出せたものが、迷宮の奥深くに眠るといわれる『神々の英知』だった。
『神々の英知』には、全ての理を覆すほどの大いなる魔術や、天界への行き方、神になる方法すら記されてあると言われており、それならばフレインにかけられたカースを解く方法も分かるかも知れないと、迷宮攻略に一縷の望みを託した。
俺とレンネットは、エルベナル王国の危機には召集されるという条件付きで騎士団長、宮廷魔術師の立場をそれぞれ捨て、迷宮攻略に費やす日々が始まった。
しかしそれは、カースによる激痛に苦しむフレインを見たくない、そんな現状から目を背けたいがための逃避でしかなかった。
潜るたびに構造が変化する迷宮を攻略するのは難しく、6階層まで行く事も数回、7階層など2回しか足を踏み入れる事ができず5年も費やした。
遅々として進まない状況、徐々に、しかし確実に弱ってゆくフレイン・・・・そして12日前、とうとう大きな発作を起こし、宮廷に仕えるヒーラー(治癒魔術師)に余命20日前後だと告げられた。
「フレインッ!!!」
衛兵が守る病室のドアを勢いよく開ける。
病室には、治療を続けるヒーラーの他に、戦友のカーレン・ブックス、フレインの双子の妹ルーア・ヴォーイッシュ、そしてこの国の王、クーリード・エルベナル王が沈痛な面持ちでフレインを見守っていた。
「ブラニッツ!!レンネット!!よかった!!間に・・帰って来たんだな・・・・」
敵に囲まれた時でさえ涼しい顔をしているカーレンは青ざめており、王の訪問と併せて、事の深刻さを物語っていた。
「ブラ・・ニッツ?・・・よかった・・・・・もう会えないんじゃないかと・・ッツ!!思ってたんだから・・・・・ばか」
体中を駆け巡っているであろう激痛を必死に堪えながら、やっと言葉を紡いでいるフレインの姿を見て、心が張り裂けそうになる。
「フレイン・・・・すまない、俺は・・・・何もできなかった・・・・。」
触れるだけで折れてしまいそうなほど細い彼女の手を、両手で包み込む。
「何言ってる・・・の?・・・・こうして、手を握ってくれているじゃない。」
彼女の微笑みは、春の花より可憐で美しく・・・・・風に舞う花弁より儚い・・・
「・・・・・・・ッ・・・・すまない・・・キミを、守れなかった・・・・・ッ」
視界がぼやけ、上手く呼吸ができなくなる。
「ばか・・・・こ・・これ以上、ブラニッツに望んだら・・・・贅沢だ・ッ・・て、神様に怒られちゃうよ・・・」
ガタッ!!
椅子に座っていたルーア・ヴォーイッシュが立ち上がる。
「姉さん・・・・この男がダメならば、私が『神々の英知』を持ってくるよ」
そう言うと、そのまま病室を出て行った。
「あの子・・・・腕は・・ッ・・確かなのだけれど・・・・チョットおばかなのよ・・・ふふ・・・そこが、可愛いのだけれど・・」
そう言うと、涙を必死で堪えながら、フレインは言葉を紡ぐ。
「もう・・・・・・会えなくなっちゃうの・・・・・にね・・・」
「フレイン・・・・。」
「あぁ・・・・ねぇ、最後に一つ・・・・・ワガママ・・・いいかな?」
フレインの言葉に、黙って頷く。
今、声を出したら、もう、嗚咽を堪える自信がない・・・。
「あの子を・・・・・守ってあげて・・・あの子、冒険者には・・向いてないの・・・・・でも、言っても無駄・・・だと、思うから・・・・・・はぁ・・・」
もう一度、力強く頷く。
「ふふ・・・神様に・・・・・怒られちゃう・・・かな」
「はぁ・・・・・ごめんね・・・・・・レンネット」
「ムギ・・・・なんでアタシに謝るのよ・・・・・ばか」
「カーレン・・・あなたは・・・・・・・早くお嫁さん・・・見つけなきゃ・・・」
「・・・・・余計なお世話だ」
「クーリード王・・・最後まで・・・・・ご迷惑を・・・・・」
「よい・・・・そなたは、我がエルベナル王国の英雄だ。」
「オーグデンさん、最後まで・・・・本当に、ありがとうございました。」
フレインの治癒を続けていたヒーラーが、静かに頷く。
「ブラニッツ・・・・・あなた、意外と泣き虫なのね・・・・・・ふふ・・・」
頬を伝う涙を、フレインが静かに拭う・・。
「ありがとう、愛を教えてくれて、私とっても幸せだったわ・・・・」
最後の力を振り絞るように、しっかりとそう告げると、彼女は笑って・・・・・静かに逝った。
その後、迷宮に無理矢理入ろうとするルーアと、それを引き止める見張り番の元へ、フレインが亡くなった知らせが届き、ルーアは力なくへたり込むと、しばらくその場から動こうとしなかったらしい。
葬儀が終わり、一段落ついた頃、ルーアは冒険者ギルドで登録を行っていた。
前回、迷宮へ入ろうとした際「ギルドカードがないと迷宮には立ち入る事はできない!」と見張り番の兵に止められたからだ。
冒険者になる事を止めたが「姉さんの生きた世界を見たい。」そう頑なに聞き入れようとせず、ならば一緒にパーティーを組もうと持ちかけるも、これも却下される。
「姉さんを守れなかった人達の力なんて借りない」
そんな彼女に、レンネットは「それがフレインの遺言でも?」と問いかけ、渋々ではあるが、ルーア・ヴォーイッシュは、俺とレンネットのパーティー『オストロス』の新たなメンバーとなった。
「冒険者ギルドには、冒険者個人と冒険者の集ったパーティーを評価する、ランキングシステムが存在する。
これは、クエスト(依頼)をこなしたり、討伐したモンスターによって加算されるポイントと、こなしたクエスト数や、その成功確率などにより順位を決め、これにより、冒険者としてのレベルや信用を明確な形でユーザー(依頼者)に知らせる事のできる画期的なシステムだ。
ちなみに、ランキングに反映されるのは過去1年間のデータのみだが、ランキング上位に食い込めば冒険者としての名声と同時にクエスト(依頼)数も増え、報酬の交渉も有利に進める事ができるし、冒険者を辞めたとしても、その後の就職にも有利に働く。
元は俺やレンネット、カーレンに、知ってるとは思うがお前の姉さんフレインも冒険者だ。」
酒場にて、ルーアに冒険者のノウハウを一通り教え終わり、ふぅ~と息を吐く。
「それじゃ、質問はあるか?」
するとルーアは少し考え、思いついた事を口にする。
「ブラニッツとレンネット、それに『オストロス』の順位は?」
「俺とレンネットは迷宮攻略で精一杯だったから、モンスターはずいぶん狩ったが、証拠の品を持ち帰ってないからな、2人とも100位以下のランキング外だし、『オストロス』もランキング外だ。」
「リーダーは?」
「決めてない、目的は1つだったし、メンバーも2人だけだったから必要なかった。」
「しかし今は違う。」
「そうだな・・・・やりたいのか?」
その言葉に、ルーアは若干眉を上げる・・・・・・どうやら驚いているようだ。
「いいのか?」
「俺は構わないが、レンネットは?」
「ムギ~アタシも構わないよ~特に目的もないしね」
「では、私がリーダーだ、メンバーは私の指示に従ってもらう。」
あ・・・何か、嫌な予感がする・・・
「まず、パーティーの方針だが、1ヶ月以内にトップ10入りし、最終的には1位をとる!」
(ムギギ・・・・この子、話ちゃんと聞いてたのかしら?)
レンネットが小声で話しかけてくる。
(さぁ・・・・でも、フレインが・・・チョットおばかだと言っていたな。)
「次に、メンバーはリーダーに絶対服従である事!!」
(チョットじゃないわよ!!リーダーを何か別のものと勘違いしてるんじゃない!?)
(だんだん酷くなってきたな・・・・でも、そこが可愛いとフレインが)
「そうと決まればブラニッツ!!今日はお前のおごりだ!!」
(ムギ~~~~!!どこが可愛いの!?)
(真に遺憾である・・・。)
後編に続きます。