婚約破棄された聖女は王都から追放される。今更戻ってこいと言われてももう遅いのですが…
神殿にある女神像に向かって私は祈りをささげる。この儀式によって、モンスターからの侵入を防ぐ王都の結界が更新されるのだ。毎日昼の12時にこの儀式をおこなわなければいけない。それが聖女である私の役割なのである。
「聖女オリビア様」と白い服を着た神官が言う。
「なんですか?」
「王太子殿下がオリビア様をお呼びです」
「ジュール殿下が? 何の用かしら?」
「なんでも大事な話があるそうです」
「わかりました、すぐに行きます」
私は婚約者である王太子ジュールの部屋をノックした。
「オリビアです」
「入れ」と室内からジュールの声。
私はドアを開けて部屋に入った。
そこには豪華な椅子にふんぞり返った王太子ジュールがいた。彼の横には見習い聖女のアリスもいる。
「大事な話があると聞きました」
「うむ、お前との婚約を破棄する」
「え? 本当ですか?」
「本当だ」
「けど、国内で最も能力の高い聖女が王太子と結婚するというのが代々この国の習わしです」
「そんなことは知っている。だからお前には国外へ出て行ってもらいたい」
私はあっけにとられた。国内で最も能力の高い聖女が次期国王となる王太子と結婚し、王都の結界を維持するというのがこの国での昔からの習わしなのである。
その習わしに従って私は王太子のジュールと婚約したのだ。彼のことは特に好きではないが、これが私の運命なのだと受け入れていた。それなのにいきなり婚約破棄され、国外へ出て行けと言われたのだ。
「婚約破棄の理由を聞いてもいいですか?」
「わかってくれオリビア。俺はお前のことが嫌いなのではない。ただ、このアリスに恋をしてしまったのだ。俺はどうしても彼女と結婚したい。そのためにはお前の存在が邪魔なのだ」
ジュールの横に立つ童顔で巨乳の見習い聖女アリスが勝ち誇ったようにニヤリと笑う。そのおっぱいでジュールを誘惑したのだろう。男はみんなバカだからすぐに巨乳に惑わされるのだ。そのうえ童顔ときたらなおさらである。
完全にアリスのとりことなった今のジュールには何を言っても無駄だろうと悟った私は、ぺこりと一礼した。
「そうですか。わかりました。では私は王都を出ます」
「おお! わかってくれたかオリビア。ありがとう。手切れ金として10万ゴールドを支払おう」
10万ゴールドは王太子の手切れ金としてはあまりにも安い値段だが、私は文句を言わなかった。
「私がこれまで担ってきた聖女の役割はアリスが引き継ぐということですか?」
「そうだ。このアリスは聖女見習いとはいっても、とても有能でお前に負けず劣らずの資質を持っているのだ。お前がいなくなっても王都の結界を維持することはたやすいだろう」
「そうですか、それを聞いて安心しました。この王都民たちの生活は結界によって守られていますから」
「大丈夫ですわ。わたくしならばあなたよりもより強力な結界を張ることができます」
それは無理だろうと私は思った。彼女の能力がどれほどかはわからないが、15歳になったら強制的に受けさせられる能力測定で私はトップだったのだ。だから王太子の婚約者になった。私を超える聖女はこの国にはいないはずである。
だが、まったく聖女としての資質を持たない者を私の後釜にするはずはない。きっとアリスはそれなりの資質を持っているのだろう。
「今日の結界の更新は終えてますので、次の更新は明日の正午12時です。儀式のやり方を教えましょうか?」
「不要ですわ。それよりも一刻でも早くあなたにはこの国から出て行ってほしいですわ。ねえ、ジュール殿下」とアリスがジュールの肩におっぱいを押し付ける。ジュールはだらしなく鼻の下を伸ばし、
「あ、ああ、そうだな。一刻も早く出て行ってもらいたいな。できれば今日中に」と言った。
私はその言葉に従ってすぐに身支度をした。
この国を離れるということを告げると、神官たちは顔色を変えて私を引き留めた。
「考え直してくださいオリビア様。王都の結界はあなたでなくては維持できません。あなた様は歴代最高の聖女です」
「そうは言われても、これは王太子であるジュール殿下の命令だから」
王太子の決定を覆すことなど私にはできないのだ。
荷物をまとめてひとりで王都を出た。行く当てはないが、国内にとどまることはできないから、とにかく隣国へ行こう。
私はてくてくと荒野の道を歩いた。
2時間ほど歩くと一台の豪華な馬車が止まっていて、その周りを刃物を持った人相の悪い男たちが取り巻いていた。地面には馬車の護衛をしていたであろう者たちが斬られて倒れている。
私に気づいた人相の悪い男たちは走り寄ってきて私に刃物を突き付けた。
「なんですかあなたたちは?」
「俺たちは盗賊だ。今仕事の最中なんだ。お前の方こそ何者だ? こんな荒野を美少女が一人で歩いているなんて正気の沙汰じゃあねえぞ」
「私はただの美少女ではありません。聖女です」
「聖女だと? そんなもん関係ねえ。金目の物はあまり持ってなさそうだが、お前を売り飛ばせばいい値段が付きそうだぜ」
「やめてください。私はあなた方を傷つけたくはないのです。どうか改心してください」
「俺たちを傷つけたくないだと? なに言ってるんだ? 頭がおかしいのか?」
盗賊たちは私に襲いかかってきた。
「仕方ありませんね」
私は両手を胸の前で組み、目を閉じて祈った。すると私の全身が光り輝いて、次の瞬間、強烈な衝撃波によって盗賊たちは背後に吹っ飛び、地面の上をゴロゴロと転がった。
「ひえええ、なんだこの女!」
「ば、化け物だああああ!」
「逃げろ!」
盗賊たちは慌てふためいて我先にと逃げて行った。
「化け物とは失礼ですね」
馬車の周りには、馬車を護衛していたであろう兵士たちと御者が倒れていて、馬車の中には王子様っぽい格好をしたイケメンの青年が腹部から血を流してぐったりとなっていた。
幸いまだかろうじて生きていたので、聖女の能力によって彼らの傷を治癒した。
「ありがとう。君がいなかったら死ぬところだった。君は命の恩人だ」と王子様っぽい人は言った。目がキラキラとしていて、とてもかっこよかったので、私の心臓はズキュンとなった。
「いえ、当然のことをしたまでです」
「どうやってあの盗賊たちを追い払ったんだい?」
「実は私は聖女なのです。聖女の能力を使えば盗賊を追い払うぐらい赤子の手をひねるようなものです」
「そうだったのか。しかし、その聖女がなぜこんな荒野をたったひとりで歩いているんだい?」
「わけあって王都から追放されてしまい、隣国へ行こうとしていたのです」
「それならちょうどいい。僕は君が行こうとしている隣国の王子なのだ。この馬車で一緒に行かないか?」
「そうしていただけるととても助かります」
王子っぽい人は本当に王子だったのだ。私は馬車に同乗させてもらい、隣国へ渡った。
王子の命の恩人と言うことで手厚くもてなされた。高級な料理をふるまわれ、豪華な部屋に泊めてもらった。
×××
次の日の昼過ぎに私のペンダントが光りだした。
私は通話ボタンを押してペンダントを耳に押し当てた。
ペンダントの向こうから、昨日私を婚約破棄したジュールが取り乱した声でまくし立てる。
「オリビア、すぐに王都に戻ってきてくれ」
「え? 私は今隣国にいるので、すぐに戻ることなんてできませんよ。何かあったんですか?」
「王都を守る結界が解けてしまったんだ。それでモンスターたちが王都に侵入してきて、その辺はもう阿鼻叫喚の巷と化しているんだ」
「なんですって! けど結界はアリスが更新したはずじゃ・・・」
「あいつは使い物にならなかった。12時になって結界を更新する儀式をしたのだが、能力不足で何度やってもうまくいかなかったんだ。やっぱりお前が必要だ」
「いまさらそんなこと言われてももう遅いですよ。さっきも言いましたが、私はいま隣国にいるのです。そちらに戻るには早くても半日はかかります」
「そんなには待っていられん。城壁を破壊してモンスター共が次々に侵入してきている。とても食い止めることは・・・わ、わあああああ!」
「どうしたのですか? ジュール殿下」
「いま窓から外を見たら、王宮のすぐ前に全長100mはあろうかという巨大ドラゴンがいて、この王宮を見下ろしているんだ。あ、いま俺と目が合った。ニヤリと笑いやがったぞあのドラゴン・・・片足を大きく振り上げた。や、やめろおおおおおおおおおお! 俺ごと王宮が踏みつぶされるうううううううううううう!」
ががががと激しい破壊音が鳴って、ぷつりと通信が途切れた。
「もしもし、もしもしジュール殿下?」と呼ぶも返事はない。
私は王子に頼んで馬車を手配してもらい、急いで王都へ戻ったのだが、そこはすでに完全な廃墟と化していた。




