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短編集

機械脳の指す禁足地

作者: ゆにろく
掲載日:2026/06/24

 昨今、「ネットで検索をする」、そんな行為が「AIに聞く」という行為に置き換えられつつある気がする。検索して欲しい情報へたどり着くにはコツがいるが、AIはなんとなくの言葉でそれなりに満足する答えを出してくれる。AIの回答は答えは完璧ではないことがままあるが、人間は日常にそれほど完璧を求めてもいないのだ。

 例に漏れず、旅先の宿で一人暇を持て余した私は、AIに打開策を求めていた。


『XX県XX市XX町 で面白いスポットない?』


 ――思考中。


 ――XX駅の近くには、地域住民に親しまれている公園があります。夏季には祭りなどの催しも行われているようで、地元の交流の場として利用されていると考えられます。


 一発目に公園か、そんな風に思ってしまった。退屈しのぎにちょうど良い場所を探しているが、ここはそれなりに田舎なので、仕方ないのかもしれない。そもそも、すぐにみつかるのであれば、AIを使うまでもないのだから。


 ――そのほか、XXモールという3階建ての商業施設があります。館内にはゲームセンターも入っているため、買い物だけでなく、気軽に遊びを楽しめる場所として利用できそうです。


 まぁ、これは悪くない。及第点といったところだ。


 ――最後に、駅から南に2キロほど離れた場所に、鬼灯(ほおずき)神社があります。規模はそれほど大きくないものの、歴史ある神社として地域に親しまれているようです。また、月に一度はイベントも開催されており、地域の人々が集まる場にもなっていると考えられます。


 ――思考終了。


 この中だと、最後の鬼灯神社とやらが一番良さそうだ。

 

 私は現在、一人旅をしていた。旅というより、心持ち的には、逃避行に近い。

 どうも仕事というのに嫌気が差したのだ。しかし、全てを投げ出して転職に舵を切れるほど思い切りもよくなかった。中途半端に自分に優しく、他者に恨まれる選択である繁忙期中の有給消化を選んだ。

 どこか自分の知らない自然豊かな土地にフラっと行って、仕事を忘れて過ごそうと思った。なんとなくそういう自由気ままなことをすれば気分が晴れると思ったからだ。しかし、実際に下調べなしに田舎へ来てみると手持ち無沙汰になってしまう。そうなると、勝手に仕事のことが頭をよぎり始め、とうとう気まで落ち込んでくる。

 そこで、AI先生にアイデアを求めたというわけだ。

 こういう無計画さもたまには悪くない、と自分に言い聞かせ、AI先生から得た退屈しのぎを実行に移すことにする。AIチャットアプリを閉じて、地図アプリを開く。検索バーに「鬼灯神社」とフリック入力して、検索ボタンを押下した。


「ん?」


 地図アプリはどこにも鬼灯神社はないという結果を表示した。検索ワードをもう少し緩くしようと思い、次は神社で検索する。

 最寄の神社として15キロ先の神社がヒットした。挙句、鬼灯神社という名前とは似ても似つかぬ神社である。

 再度、AIアプリを起動した。


『鬼灯神社が地図アプリで表示されない』


 ――思考中。


 いわゆる、AIハルシネーションというやつか。それっぽい嘘を言うというあれだ。スマホに表示された思考中を表す渦のようなマークをぼーっと眺める。

 マークが消えた。


 ――いえ、鬼灯神社は存在します。先月にもイベントが開催されているようです。


 私は眉を寄せた。自信満々に嘘をいうことはままあるが、イベントの開催があると言っているのだから、何か情報源があるのだろう。どこか別の神社と間違えているのか。


『鬼灯神社はあるんだね? 開催されているのは、なんのイベント?』


 ――思考中。


 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


『イベントのソースは?』


 ――思考中。


 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


「なんだこれ?」


 私は、AIアプリを再起動し、「新しくチャットを始める」ボタンから、セッションを変えた状態で質問することにした。


 ――ようこそ!


 『鬼灯神社について教えて』


 ――思考中。


 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


 とうとうAIアプリがおかしくなったのだと思った。

 再度、新たにセッションを開始する。


 『XX町の神社について教えて』


 ――思考中。


 ――鬼灯神社ですね? 毎月イベントが開催されています。


 『イベントって?』


 ――思考中。


 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


 どうも、アプリがおかしくなったわけではないらしい。察するに、この鬼灯神社というのを単体で検索したり、その催し物ものについて深堀りをするとエラーがでるようだ。そのあとも色々試してみたが結果は同じであった。


 『鬼灯神社はどこにある?』


 ――思考中。


 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


 『XX町で駅から一番最寄りの神社への行き方を教えて』


 ――思考中。


 ――駅から南に2キロ離れた位置に鬼灯神社があります。詳細なルートについては地図アプリで検索することをオススメします。


 とにかく、AIは鬼灯神社という神社が存在し、駅から南に2キロあるということを言っている。場所の詳細はわからなかったが手持ち無沙汰の私には、ちょうどよかった。暗くなるまで探してみることにする。季節も秋であり、散歩をするにはもってこいの気候だ。

 ひとまず、宿を出てから駅に向かい、地図アプリを見ながら南に進む。アプリ内にピンを刺し、どのあたりまでが2キロの範囲であるかをざっくりと把握し、歩みを進めた。

 駅から少し歩くと田んぼが現れる。街灯もなさそうなので、夜は真っ暗になるのではないだろうか。平日の昼間というのはあるかもしれないが、ほとんど人ともすれ違わなかった。たまに車が、都内では考えらない速度を出して、道路を走り抜けていく。

 1時間ほど経過したころ、雑木林を発見した。地図をみても、仮に神社があるとしたらこの中しかないと思った。奥は見通せない程度には木々が生い茂っている。雑木林には獣道のようなものはあり、先へ進むことはできそうだった。普段の私なら、ここを進むのは躊躇うだろう。だが、鬼灯神社は旅先で暇を持て余した私の唯一の玩具である。さらに言えば、仕事と常識に疲弊し、やや自暴自棄になっている私にここで帰る選択肢はなかった。

 ぐねぐねとした道を、枝葉を払いながら進む。少し歩くと入口はみえなくなり、雑木林の外も木々に阻まれ見ることはできない。稀に車の音は聞こえたが、ほとんどは都会で聞き慣れない鳥の声しか聞こえなかった。近くに民家もなかったはずで、人の声などは一切ない。

 幸い一本道なので迷うことはなさそうだ。目的地に向かって更に進んでいく。


「あ」


 視界の先に石でてきた何かを捉えた。

 赤い。おそらく鳥居だ。

 小さな喜びと達成感を感じながら、前へ。

 木の看板があり、そこには掠れた文字で鬼灯神社と書かれていた。やはり存在していたのだ。

 地図に載っていない理由もすぐにわかった。鳥居の赤は大半が剥げていて、先にある本殿はボロボロになっていた。獣道だけの雑木林にある時点で察してはいたが、廃神社に違いなかった。

 昔から存在したが、忘れ去られ、電子の地図に載ることはなかった。アップロードされた古い文献や個人ブログなどには載っていたのか、そういった電子の海を漂う細切れの情報をかき集め、AIはここを示したのだろう。

 さて、目的を果たしたので、日も暮れないうちに帰るとしよう。

 一応、お参りでもしようと思ったが、廃神社へのお参りはしてよいものだったか。廃れ具合がここ数年という感じではないのでやや抵抗がある。夜にでも来たら雰囲気がでそうだ。月明りしか入らないだろし、夜に再びここへ戻る勇気はないが。


 ――パキッ。


 後ろから枝が折れる音がした。

 不気味な考えをしていたこともあり、私はビクッと体を震わせてしまった。


「早いですねぇ」


 後ろを恐る恐る振り返ると男が立っていた。

 チェックのシャツにジーパンという服装で、優しそうな顔をした40代前半くらいの男だ。

 なんというか非日常の面白さ、不気味さの中に、突然日常が顔を出した感じがした。ホッと胸をなでおろし、こんにちはと挨拶をした。


「なかなか骨が折れますよね、ここに来るのは」


「えぇ、獣道を歩くのは久々でしたよ」


 私は男にそう返し、


「ここには何度か?」


と聞いてみた。


「去年からですかね、用事と被らなければ毎月来ていますよ」


「そうなんですね」


「まぁ、食事前の運動には丁度良いかもしれませんね」


「?」


 私は、男が最初に言った「早いですねぇ」という言葉を思い出し、


「ここで何かあるのですか?」


と、尋ね――


 男の顔に驚愕の表情が浮かんでいた。


「え、あ、イベントがあるんですかね? いや何かをみたわけではないんですけど、AIが毎月ここでイベントをしていると言っていて」


「え、あぁ、そうですよ、イベントです」


 男は何かを取り繕うようにそう言った。


「なんのイベントなんですか?」


「……料理をね、振る舞うんですよ。賽銭箱の方に行ってみてください」


「へぇ、ここでですか?」


 食事前の運動とはそういう意味か。

 私は言われるがままに本殿の方へ、すなわち賽銭箱へ歩いていく。賽銭箱もボロボロになっていたが、よく観察すると割れた木の板の下に何か水色が見えていた。


「賽銭箱の上は蓋になってるんです。持ち上げて、外してみてください」


 言われるがままに、賽銭箱の蓋を持ち上げた。なかなかに重い。驚くことに、蓋の下にはクーラーボックスがあった。賽銭箱の中にクーラーボックスを隠していたのだ。

 なんだか秘密基地のようで面白いなと思った。


「ん?」


 よくみると何か黒い毛のようなものがクーラーボックスからはみ出ていた。

 ジビエだろうか。イノシシとか、そういった種の。いやそれにしては毛が長いような。

 いったん、この重い木の蓋を地面に置こうとし――


 ――ズプリ。


 背中に何か温かさを感じ、じわじわと痛みが込み上げてくる。気づくとすぐ後ろに男が立っていた。


「え」


 手の力が抜け、木蓋を地面に落とす。私は刃物で刺されていることにここでようやく気づき、そのときには既にもう一度、深々と刃物を突き立てられていた。

 激痛に耐えきれず、地面に倒れ込む。

 見上げると、男は血のついたナイフを持って私を見下ろしていた。

 その目はあまりに冷たく、まるで――。


「参ったな」


 口から血が溢れ、目がかすみ始めた。

 現実を受け入れることができずにいたが、その痛みだけはあまりに現実的だった。

 意識が朦朧とする。


 なぜ。

 そういう疑問はあったが、何よりもくっきりとわかっていることがあった。

 死だ。

 死ぬことを悟っていた。もう助からないことを。


 血が急激に失われ、体が冷たくなっていくのを感じる。そのせいか私は妙に冷静だった。


 私はなぜここへ来てしまったのだ。

 私は来てはいけなかった。


 ――鬼灯神社ですね? 毎月イベントが開催されています。


 AIは一体、何を学習し(・・・・)、鬼灯神社を指し示したのだろう。

 

 ――不適切なワードを検知しました。プロンプトを修正し再度、実行してください。


 AIはその追及の先に何を見たのだろうか。


「二人はクーラーボックスに入り切らなそうだ」


 私の意識はそこで途切れた。



 男はクーラーボックスを閉じた。

 その後、汚れた手袋を外して、境内の中心にある小さな焚き火にそのまま放り込む。焚き火の上には鍋が置かれていて、鍋はぐつぐつと煮立っていた。


「腹減りましたね」


 月明りだけの闇の中、パチパチという焚き火の音と、器を手にし談笑をしている参加者たちの声だけが雑木林の中に響いていた。


ー完ー

他にもいろいろと短編を書いていますので、よかったらぜひ。

長編作品「黒葬」も連載を再開しようと思っております。

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