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【短編小説】春とビキニと25,000

掲載日:2026/02/09

 豆を投げられた鬼が膝を折り、春が立った。

 そんな古い季節の変わり目に、おれは妙にピザが食べたくなった。人生とは、そういうものだ。全て労働と資本主義のせいだ。

 ネットのピザ屋サイトで、具沢山のLサイズエキストラヴァガンザとバッファローウィングをポチる。

 そして20分後、インターホンが鳴った。

「はいはい……」

 こたつから這い出て、スリッパを突っかけ、ドアを開ける。


 そこに立っていたのは、マイクロビキニ姿の若い女だった。

 銀色のストラップが薄暗い内廊下の蛍光灯に反射してキラキラ光る。肌は寒さで鳥肌が立ち、薄い布地に乳首の形が浮かんでいる。 

 肩が小さく震わせながら平たいピザ箱を胸に抱え、乳房の谷間がわずかに食い込んでいる。吐息が白く、唇がわずかに紫がかっていたが、どこか熱を孕んで見えた。


「お届け物でーす。サワダ様のご注文、エキストラヴァガンザLとバッファローウィングですね」

 声は柔らかく、営業スマイルが完璧だ。

 しかし目が少し潤んでいる。寒さのせいか、それとも……。

「そんなオプションは付けていないのだ」

 思わず文語体が出てしまう。

 これだから惨めで友だちのいない孤独なロック気取り野郎はダメなんだ。


 だが女はくすりと笑った。

「はい、間違いありません。ただ、今日は特別オプションでお伺いしました」

「オプション? だからそんなの付けてないですけど」

「いえ、ご注文履歴に『プレミアムデリバリー・プライベート対応』が自動適用されております。

 追加料金は後払いで結構です。90分25,000円になります」


 25,000円。

 法の死角の匂いを感じ取る。ガムのおまけにロボットの模型が付いてるのと似ている。

 ピザと女。

 払えない金額じゃない。資本主義は最高だ。

 おれを挑発するようにピザ箱から漂うチーズとトマトソースの濃厚な匂いと、女の体からかすかに香る甘いボディミストが混じって脳がぐらぐらする。


 マンションの廊下は静かだ。

 近所にバレたら面倒だが、このまま追い返すのも惜しい。

 面倒?惜しいって何が?

 そんなのは分かりきっている。

「……とりあえず、入って。寒いだろ」

 女はにこりと頷き、素足で玄関に上がってきた。ヒールの音がカツカツと響く。


 部屋はこたつと散らかったマンガ本と空き缶、古いギターケース。青春の抜け殻だ。

 片付ける間も無く女はピザ箱をテーブルに置き、ゆっくりと息を吐いた。

「シャワー、お借りしてもいいですか? 外、思ったより冷え込んでて……」

 許可する間もなく、バスルームへ消えた。

 水音が響く。

 おれは財布から25,000円を数え、テーブルの上に置いた。


 ピザはもう冷え始めていたが、蓋を開けるとチーズがまだ糸を引いている。

 一口かじる。

 予想以上に美味い。

 ペパロニの辛みと、具の甘みが口いっぱいに広がる。


 バスルームのドアが開く音に振り向く。

 女がバスタオルを巻いて出てきた。髪が濡れて肩に張り付き、水滴が鎖骨を伝って落ちていく。

 女の指先にマイクロビキニのストラップがわずかに覗いている。

「ありがとうございます。お客様、ピザはいかがでしたか?」

 おれは女から立ち上る湯気を見ながらピザをもうひと口齧った。

「うん……冷えてたけど、意外と美味かった」


 女はくすくす笑う。

「よかったです。では、残りの時間も……サービスさせていただきますね」

 女がタオルをゆっくり解いた。

 春が立った。仕方ない。そう言うものだ。


 おれはピザをもう一口かじり、「全部、資本主義のせいだな」と呟いた。

 女は微笑んだまま、静かに服を着替えて「またのご注文、お待ちしております」と言い残して去っていった。

 ドアが閉まる音。

 部屋に残ったのは、冷めたピザの匂いとかすかな甘い香水の残り香だけだった。

 資本主義も悪くない。少なくとも、最高に気持ちいい。

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