第38話 作戦決行
そして月日は流れ――
というほどのこともなく、愛たち退魔団が村を離れてから一か月。
その間も特段変わったことも無く、翠ヶ林村にはそれまでと変わらない平穏な時間が流れていた。
その日の武流も朝早くから畑仕事に精を出し、十時頃からはいつものように村の周辺のパトロール。
三十匹ほどの餓鬼と、怒真利が戦った時以来となるがしゃどくろ(大骨)を片付け、再び村に戻ってきた時には、すでに正午近くになっていた。
家ではいつものように那美が昼食の準備をしているはずだ。武流は軽く空腹を感じながら家に向かって歩いていた。
「ん?」
武流が異変を感じたのは村の入り口を抜けて百メートルほど進んだ時。
山間にある翠ヶ林村。そこへと続く山道のある方向から確かに神力の発動を感じたのだった。
その神力には覚えがあった。武流は自分でも気付かないうちに鼓動が速くなっていた。
武流はその相手を思い浮かべ、いつもよりも若干早足で入り口のゲートに向かった。
『Welcome!!ようこそ!翠ヶ林村へ!!』。
相変わらずふざけた看板が付けられた入り口ゲートに戻ってくると、その先の森の奥へと続く道から無数の足音が聞こえてきた。
音から察するにかなりの大人数がこの村に向かってきていることは間違いない。
すでにそれらが、その中に誰がいるのかを確信していた武流は、その姿が視えるのを今か今かと待っていた。
「あ、武流はんや。おーい!武流はーん!」
曲がり角から最初に顔を出したのは、髪を真ん中で茶色と白に染め分けた個性的な髪型の小柄な女。第8退魔師団副師団長の猫野瀬澪だった。
猫野瀬は武流の姿を見つけると、八重歯を覗かせながら手を振った。
「ほら愛さん!武流はんが出迎えてくれとるで!」
「出迎えてって、さすがにそんなことは――」
手を振る猫野瀬の次に角を曲がってきたのは、長い黒髪を腰の辺りで束ねた長身の女。第8退魔師団師団長の初鹿野愛。
彼女は猫野瀬にからかわれていると思いながらも視線を武流の方へ向ける。するとその先には村の入り口に立ち、こちらを見ている武流がいた。
「武流殿……」
愛は少し照れたようにはにかむと、軽く武流に向かって右手をあげ、それを見た武流も反射的に手を上げて返した。
この時、武流の中に生れ出た感情が何だったのか、それを武流が理解するのはまだずっと先のことになる……。
翠ヶ林村を訪れたのは愛、猫野瀬、そして愛の息子の仁太郎を含む第8退魔師団の総勢15名。怒真利、盆城を含む第1退魔師団の精鋭10名。そして謎の黒服集団が8名に、それらが担いでいる神輿のようなもの。
愛は武流に再開の挨拶をすると、村長と武流の両親に話があると伝え、一行は村長の吉田のいる村役場を目指し、武流は両親を呼びに家へと向かった。
そして村役場に着き、呼び出された吉田が出てくるのと時を同じくして武流とその両親、那美と渚がやってきた。
「お二人ともご無沙汰しております」
「ご無沙汰って、まだ一か月くらいしか経ってないわよ」
那美がそう言って愛に微笑む。
「あ、そうですね。そうか、まだひと月しか経ってなかったか……」
愛の体感時間ではもっと長い時間が過ぎているような感覚があり、そのギャップに気付いて不思議そうに首を傾げる。
「それだけ会いたいと思っていたってことかしらね」
「え?何か?」
「いえいえ、独り言ですよ。それで今日は何の御用かしら?前よりも大人数で来られたようですけど」
那美が怒真利や、その後ろの黒服たちを見回しながら言う。
「はい。今日はとても大事な用があって参りました」
そう言うと、愛は腕時計をちらりと見やり――
「説明をしなければならないのですが、どうやらその時間がないようです。ですので事後報告となることをお許しください」
愛がそう言って頭を下げると、それと同時に役場の屋上に設置されているスピーカーから、「ウウウゥゥゥ~」という正午を告げるサイレンが鳴った。
「上手くいってや……」
猫野瀬が両手を胸の前で合わせ、何かに願うようにぎゅっと目を瞑る。
「なんだ……これ……」
そんな猫野瀬の耳に武流の戸惑うような声が聞こえた。
「何か身体が光って……」
武流の身体からは白い光が発せられ、自分の身に何が起こっているのか分からない武流は、ただ光る両手の平を見つめていた。
「武流殿!大丈夫か!」
愛がその様子を見て声をかける。
武流の身体に変化があったということは、愛の作戦は効果があったということだろう。そう思いながらも、それがこの後の成功に結び付くかどうかは賭けでしかなかった。
「あ、ああ……。別に何も感じないが……。何だこれ?」
手を振ったり、足をぶらぶらさせたりしながら自分の身体の感触を確かめている武流。どうやら別に痛みなどを感じてはいないようだった。
「落ち着くんだ武流」
「大丈夫よ武流ちゃん。そのままじっとしてなさい」
この状況において、那美と渚は誰よりも落ち着いていた。というよりも、まるで今起こっていることが何なのか知っているかのようですらあった。
そして――
――パリィィィィィィィィィィン!!!
ガラスが割れるような大きな音が響き渡り、武流を覆っていた光が粉々に弾け飛ぶ。そして光は更に粒子のように分解されていき、そのまま宙に霧散して消えた。
そして静寂。
その場の誰もが声を出せずにじっと武流を見つめている。
「どうなったんだ……」
最初に口を開いたのは怒真利。
彼はふらふらと武流の前まで歩き出ていき、その肩をがしっと掴んだ。
「おい武流!大丈夫なのか!?どこか身体におかしなところはないのか!?」
そしてぶんぶんと武流の身体を前後に激しく揺する。
普通の人間であれば、その行為で大丈夫ではなくなるのだが。
「あ、ああ。べ、別に、何とも、な、ないぞ」
「おい!話し方がおかしいじゃないか!やっぱりどこか――」
「怒真利はんが揺すっとるからやないか。ちょっと落ち着きや」
猫野瀬のツッコミにハッとなって揺すっていた手を止める怒真利。
「ああ、す、すまん。ついその、こいつのことが心配で……」
厳つい見た目からは想像もつかないような言葉が飛び出し、その性格をよく知らない団員たちからどよめきが起こった。
「あの……」
村長の吉田が怒真利と愛を交互に見ながら声をかけてきた。
「今のは何なんでしょうか?あなたがたが来たことと関係があるのでしょう?」
「武流殿の身に何が起こったのかについてはまだ推測の域を出ませんが、我々が何をしたかということについてはこれから説明します」
「何が起こったのかも説明してくれそうだな」
愛が村長に返事をしていると、渚が空を見上げながら小さく呟いた。
『何何何!?何なのよ!!一体何が起こったっていうのよ!!!』
空に現れた巨大な女性の顔。
女はこれ以上ないほどに狼狽しており、まるでどこからか走ってきたかのように肩で息をしていた。
月読命。
40年ぶりの現世への顕現である。




