第25話 決死の作戦
第一師団の各自が戦闘態勢を取る中、狂骨は際限なく地面から湧いて出てくる。
もしこれらが翠ヶ林村へ向かうならば、と考え、盆城の動悸は更に速くなる。
これほどの数の狂骨の出現など聞いたことがない。村に来る途中にも見た事のないほどの大量の餓鬼に遭遇した。その時は怒真利が一人で片づけてしまい、その後は一匹も餓鬼の姿を見ることはなかったが、この地は盆城のこれまでの常識が通用しない特別な場所なのだろうと考えた。
師団の先頭に立ち幣を構える。
そのすぐ後ろには刀を持った者が二人。近接攻撃の出来る者が前衛に立ち、後衛が遠距離から攻撃を仕掛ける態勢。
すでに狂骨の数は三桁を超え、怒真利が砕いた足がいつの間にか再生したがしゃどくろもいる。
状況は最悪。
それでも盆城の思考はすっきりとしていた。
やるべきことは決まっている。
彼の感じている恐怖は目の前の敵に敗れることではなく、その目的を果たせなかった場合の未来について。
自分と師団員たちの命、それを天秤にかけて決断した使命。
「ぎ……が……あ……」
ゆっくりと詰め寄ってくる狂骨たち。
盆城はまだ動かない。
最小の攻撃で最大の成果を得ることの出来る間合いまで引き付ける。
あと少し……。
もう少し……。
「ぎがああああああああ!!」
盆城の考えていた間合いまであと一歩というところで狂骨たちが一斉に襲い掛かってきた。
それまでのゆっくりした動きではなく、生身の人間と変わらぬ素早い動き。
予想を上回られた盆城だったが、素早く幣を振って対応し、剣士二人も鋭い斬撃を持って目の前の敵を打ち払った。
「撃てええええ!!」
盆城の号令に応え、後方から無数の呪符が狂骨の群に向かって飛んでいく。
最前列の狂骨たちの上空を抜けて群の中心部へ。
呪符は次々と狂骨たちに貼りついていき、そして強烈な光を放つ。
退魔の力をもった神力の呪符。
放たれた光の奔流は周囲にいた狂骨を巻き込んで、小さな爆発を起こした。
「突撃!!」
盆城が狂骨の群に向かって駆け出す。
刀や数珠を手にした近接部隊がそれに続き、残された後衛は呪符で結界を維持しながら後方支援に徹する。
祭儀場は一瞬にして戦場と化した。
優勢なのは第一師団。
如何に素早い動きをする特殊な狂骨だとしても、退魔隊の持つ戦闘力との間には大きな差があった。
次々と消滅していく狂骨たち。
それでも彼らの進軍は止まらない。
減らされた数を補充するかのように後から後から湧いてくる。
終わりの見えない戦いを続けていれば、いずれは神力切れを起こしてしまうだろう。
それでも盆城は目的の為に戦い続けた。
そろそろ愛たちがこの場に到着するはずだ。
そして彼女らに村の人たちの避難を頼み、自分たちはこの場で時間を稼ぐ。
たったそれだけのこと。
明日の事を考える必要などないのだから、ここで神力をケチっても仕方ないと考えていた。
敵が骨だけの魔の者であるならば、自分たちは肉はあってもすでに死人。
ここは死地などではなく、すでに心は黄泉の世界の住人であるのだ。
「祓え給い!」
——これも悟りというものかもしれないな。
ぼんやりとそんなことを考えながら戦っていると——
「なんじゃこりゃあぁぁぁ!!」
聞き慣れた関西弁が聞こえた。
「なんだこの狂骨の数は……」
盆城の視界の端に愛と猫野瀬、そして武流と父の渚の姿が見えた。
「初鹿野師団長!!」
盆城は力の限り叫ぶ。
予想通り二人が到着した。あとは作戦を伝えてこの場から離れてもらえば——
「盆城!!すぐに助ける!!いくぞ!猫野瀬!!」
「はいよ!!」
「違う!!そうじゃない!!」
盆城は完全に思い違いをしていた。
二人がこの現場を見て助けに動かないはずはなかったのだ。
「ここは我々に任せて二人は——」
「絵馬召喚!神獣白牛!!」
「破邪連弾!!」
「ああああ!!」
呼び出された巨牛が狂骨の群を蹴散らし、猫野瀬の放った矢が次々と狂骨たちを貫いていく。
そして二人の存在に気付く狂骨たち。
約半数の狂骨たちがきびつを返して二人の方へと向かっていった。
「あああ……」
こうなってしまっては二人が村に引き返したとしても狂骨たちは後を追っていくだろう。
盆城の作戦は二人の性格を考慮していなかったが故に、ここに脆くも崩れ去ってしまった。
「盆城さん……。どうしますか?これ?」
作戦内容を察していた師団員が盆城の背中越しに呟く。
「……どうしようもないだろう」
狂骨たちはどんどん湧き出してくる。
がしゃどくろもまだ残っている。
退却するわけにもいかず、かといって今の戦力でがしゃどくろを倒すことは不可能だろう。
万策尽きた。
せめて怒真利が健在であればまだ打つ手はあったかもしれないが——
——普通に大骨の頭を殴って倒しただけだ。
盆城の脳裏に先ほどの武流の言葉が蘇る。
いや、そんなことが出来るはずがない。
馬鹿げた話だと思ったが、怒真利の一撃を平然と耐えた武流の姿もまた事実。
——もし、本当に彼に怒真利さんほどの力があるのだとしたら……。
それに愛も猫野瀬も武流の言葉を否定しなかった。
そう考えて盆城は覚悟を決めた。
「ここは任せたぞ!!」
そう言い残すと盆城は狂骨の群の中へと突撃していく。
向かう先は群れを抜けた先にいる愛と猫野瀬、そして武流のいる場所。
迫りくる狂骨たちを打ち祓いながら一気に走り抜ける。
「初鹿野師団長!!」
抜けた先には刀を振るって狂骨を斬り伏せている愛がいた。
「盆城!無事か!?怒真利師団長はどうした!?」
「私は大丈夫です!しかし怒真利さんは……」
「——なっ!?」
「それよりも!」
「それよりもってお前……」
「叱責は後からいくらでも受けます!今はこの場をどうにかすることが重要です!」
「あ、ああ……そうだな。それでどうした?」
「あの武流殿という方は本当に強いのですか?」
「武流殿?ああ、それは間違いなく強いぞ。それがどうした?」
「ならば!助力をお願いは出来ないでしょうか!」
「武流殿は一般人だぞ?」
「分かっております!しかし、このままでは村の人たちも——」
「村の人たちは大丈夫だ」
「……え?」
「村は武流殿が守ってくれるからな」
「……ええと、それはどういう意味でしょうか?助力を願えるということですか?」
「いや、別にここで我々が戦うまでも無く、放っておいても武流殿が全部片づけてくれていたという意味だが?」
その意味を察せというのは無理だあるだろう。
「言っている意味がよく分かりません……」
それはそう。
一の後をすっとばして十を言っても通じるはずがなかった。
「武流殿が戦闘に参加していないのは私が止めたからだ。怒真利師団長が一人でがしゃどくろと戦うと言っていたので、危なくなるまでは手を出さないで欲しいと伝えているのでな」
「……これって、結構危ない状況だと思いませんか?」
「ま、まあ、私たちからすれば危ないというか、がしゃどくろがいる時点でアウトではあるな」
「では何故助けに入ってくれないのでしょう?」
「武流殿から見ると危なくない、と見えているんだろう」
「あの人、目が腐ってるんですか?」
「失礼なことを言うな!」
「でもそうでしょう!この状況を見て危なくないように見えるなんて、目が腐ってるか、危機管理能力が死んでるかしか考えられません!」
「——盆城」
「はい?」
「お前は蟻と蟻がじゃれてるのを見て殺し合いをしているかもしれないと思うか?」
「いや、そんなの分かりま——何の話ですか?今はそんな話をしている場合じゃないでしょう!?」
「残念だけど——これは今の話なんだよ」




