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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第一章 公園から始まる少女の日常
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第9話 ひび割れた相棒

夢を追うには、努力だけじゃ足りない。

テニスに打ち込む紗菜を待ち受けていたのは、思いがけない「お金」という現実の壁。

彼女の唯一の武器であるラケットが、静かに限界を迎えようとしていた。

それでも紗菜は諦めない。傷だらけの相棒と共に、前を向こうとする――。

放課後の校門を出ると、風が少し冷たくなってきていた。

一日の授業で体はくたびれているはずなのに、足取りは自然と速くなる。

行き先はもちろん、町外れの古びた公園にある壁打ち場だ。


舗装の割れた道を駆け抜けると、遠くでカラスが鳴き、夕陽がアスファルトを赤く照らす。

人通りの少ないその小さなスペースに立つと、不思議と胸が解放される気がした。

「ただいま。」と、心の中で壁に向かってつぶやく。ここは、紗菜だけの帰る場所だった。


鞄を下ろし、くたびれたラケットを取り出す。

そのラケットは母が昔、近所のリサイクルショップで見つけてきたものだった。

新品ではなかったけれど、「紗菜が本当に欲しそうだったから」と、ちょっと無理して買ってくれた――それがずっと胸に残っている。

だからどんなに古くても、どんなに軋んでも、紗菜にとっては宝物だった。


「今日もお願いね。」

そう言って軽くラケットを握り直し、ボールを一度弾ませる。


「えいっ!」

カツン、と乾いた音が夕暮れに響いた。

壁に跳ね返る白い軌跡を追いかけ、全力で走り込み、また振り抜く。

打球のリズムに心が溶け込んでいく。


――一球、二球、三球。

頭の中からは学校の宿題も、バイトの疲れも、母のため息も消え、ただ「夢」に向かう道だけが残る。

「私は、強くなれる。」

胸の奥でその言葉を繰り返すたび、振り抜く腕に力がこもった。


ところが。


「カンッ!」

耳に残ったのは、いつもの響きとはまるで違う、鈍く冷たい音。


「あ……?」


目の前で、ボールが変な回転を描きながら予想外の方向へ転がっていった。

ラケットを慌てて見下ろす。

フレームの角に触れると、細かいヒビが走っているのが指先に伝わってきた。


「……ウソ、でしょ……」


胸がぎゅっと縮まる。

このラケットはずっと一緒に夢を見てきた相棒。

汗で手が滑った日も、涙で前が見えなかった日も、ただ黙ってボールを打ち返してくれた。

その相棒が、今にも壊れてしまいそうになっている。


「まだ……使えるよね?」

小さな声でそうつぶやいてみる。

でも夕暮れの公園には風の音しか返ってこない。


もう一度ボールを拾って打ち込む。

打球は返ってくるけれど、打感はどこか頼りない。

振り抜くたびに、夢の階段が少しずつ崩れていくような、不安が胸の奥に積もっていった。


「お願い……あと少しでいいから……一緒にいてよ。」


ラケットを胸に抱きしめながら、紗菜は必死にそう祈った。

夕陽が沈みかける空の下、その影はとても小さく、そしてとても強く見えた。



壁打ち場をあとにして歩く帰り道、夕暮れはすっかり夜へと変わりつつあった。

道端の街灯が一つ、また一つと点り、紗菜の影を長く伸ばしていく。

鞄の中に入れたラケットが、歩くたびにぎしりと音を立て、そのたびに心臓がきゅっと縮む。


「お願いだから……まだ壊れないで。」

声に出しても、返事をするのは冷たい夜風だけだった。

ラケットは無言のまま、その身を酷使されたことを訴えているように思えた。


玄関を開けると、母の「おかえり」が弾むように響いた。

台所では、煮物の匂いと味噌汁の湯気が漂っている。

「手を洗ってね。今日はちょっと奮発して、肉じゃがだよ」

母は笑顔を見せるが、袖口からのぞく手は細く、皺が深まっている。

その姿を見てしまうと、「ラケットがもう限界かも」なんて言葉を喉の奥から引っ張り出すことは、とてもできなかった。


夕飯を終え、自室に戻ると、紗菜は鞄からラケットを取り出し、机の隅に立てかけた。

傷だらけのフレーム。色あせたグリップ。

「もう十分頑張ってくれたんだよね……」

思わず撫でた手に、ざらりとした感触が返ってきて、胸が熱くなった。


気を紛らわすように、机の上のノートパソコンを開いた。

兄が大学進学を諦めてまで働き、妹のために買ってくれた中古のパソコンだ。

起動音は少し重たいが、画面が灯ると紗菜の胸の奥に小さな期待が生まれる。

「安いラケット、どこかにないかな……」


検索窓に「テニス ラケット 値段」と入力する。

すぐにずらりと並んだ価格に、目が釘付けになった。

一番安いものでも一万円を軽く超え、まともな競技用は二万、三万と数字が並ぶ。

スクロールするほどに、金額の桁が紗菜の心を押しつぶしていくようだった。


「……こんなにするんだ……」

声に出すと、部屋の狭さが余計に重苦しく感じられる。


思わず大会の参加費を思い出す。

体育連盟テニス大会――参加費は一万五千円。

バイトで稼いだばかりのお金も、大会参加費にするのが精一杯で、そこにさらにラケット代を足すなんて、とても現実的じゃない。


紗菜は机に肘をつき、両手で顔を覆った。

「どうして……夢って、こんなにお金がかかるんだろう。」

ぽつりと漏らした言葉は、夜の静けさに吸い込まれ、誰の耳にも届かない。


胸が詰まり、涙があふれそうになる。

だが唇を噛みしめ、ぐっとこらえる。

母や兄に心配をかけるわけにはいかない。

兄がどれほど自分のために犠牲を払ってくれたのか、紗菜は痛いほど知っているのだ。

だからこそ「お金がないからラケットが買えない」なんて弱音は言えなかった。


視線を上げると、部屋の隅に置かれたラケットが目に入る。

ひび割れてもなお、立ち続けている相棒。

その姿に胸がぎゅっと締め付けられると同時に、不思議な勇気も湧き上がった。


「……大丈夫。まだ戦える。壊れても、私が絶対に守るから。」

震える声でそう誓い、両手をぎゅっと握りしめる。


その言葉に応えるように、窓の外で風が木々を揺らした。

小さな部屋に、紗菜の決意だけが力強く響いていた。

ラケットはただの道具ではなく、紗菜の夢そのもの。

ひび割れたフレームを前に、現実の厳しさと向き合いながらも、彼女は心の中で誓いを新たにした。

次回は、ボロボロのラケットを抱えながらも練習を続ける紗菜の姿が描かれます。

相棒と共に戦い続ける彼女に、どんな試練が待ち受けているのか――。



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