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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第五章 ロンドン大会編

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第85話 別格のライバル

コートに現れたのは、ただ歩くだけで空気を変えてしまう少女――エマ・ローレンス。

その一打一打は、観客さえ納得させる「別格」のプレーだった。

敗北したマリアと観客席で並んで見守る紗菜の胸に、恐怖よりも強く湧き上がったのは――挑みたいという熱。

この物語の中で最も大きなライバルの輪郭が、ここではっきりと浮かび上がる。

試合を終えて控室で軽くストレッチを済ませた紗菜は、まだ鼓動の余韻が胸に残るのを感じていた。


膝に巻いた白いテーピングは少し汗を吸い込んで重たくなっていたけれど、痛みはきちんと抑えられている。

「……よし」

小さく息を吐いて立ち上がると、場内アナウンスが耳に届いた。


『次は、コート1にエマ・ローレンス選手が登場します』


その一言で、心臓が跳ね上がった。

(……エマ)

あの嵐で中断された試合の続き。

再び会うときはコートで、と胸に誓ってきた相手。

だが今日はまだ、自分の試合の出番まで余裕がある。彼女の戦いをこの目で見ておきたい――紗菜はそう思い、観客席へ足を向けた。


コート1。

センターコートにふさわしく、石畳風の通路から一段上がるその場所は、他のコートとは明らかに空気が違った。

観客たちはすでにびっしりと座っていて、ざわめきもどこか落ち着いた重みを帯びている。

派手に叫ぶのではなく、ひとつひとつのプレーに静かに頷くような雰囲気。

胸の奥がふるえる。


なるべく目立たないように、紗菜はスタンドの端に腰を下ろした。そのとき、隣から声をかけられる。


『やっぱり来てたんだ、紗菜!』


驚いて振り向くと、そこにいたのはマリアだった。

少し汗の跡を残したまま、ラフなジャージ姿でにっこりと笑っている。


『マリア!』

『連絡しようか迷ったけど……来てると思ったんだ』


二人は連絡先を交換してからは、ちょっとしたメッセージをやり取りする仲になっていた。

紗奈にとって不慣れな海外で心強い友人となっていた。


『試合は……』

紗菜がためらいがちに尋ねると、マリアは肩をすくめて笑った。

『負けちゃった……。でも、観たい試合はまだ残ってるから』

その表情は悔しさを隠しつつも、どこか晴れやかだった。


『紗菜の試合も観たよ。いいプレーだった』

『……ありがとう』

自然に返事ができる。気取らず、まっすぐに。

マリアの言葉は不思議と胸にすっと入ってくる。


ざわめきが大きくなった。

通路の奥から現れたのは、エマ・ローレンス。


すっと背筋を伸ばし、無駄のない歩幅で進む姿。

視線はまっすぐ前に注がれ、観客席に手を振るでもなく、ただ淡々とコート中央に向かっていく。

その一歩ごとに周囲の空気が張りつめていくようで、観客の拍手は自然に広がり、会場全体が揺れる。


『……すごい』

紗菜は思わず口にした。


エマはラケットを軽く振るだけで、空気を切り裂くような音が鳴る。

ウォームアップの一球一球に迷いがなく、フォアもバックも力みを感じさせない。

サーブは高い打点から鋭く落ち、ボールがネットに触れた瞬間には、まるで白い閃光のように見えた。


『すごい……』

紗菜の小さなつぶやきに、マリアがうなずく。

『そう、彼女は“特別”。テニス界の至宝だね』


試合開始の合図。

エマが最初のサーブを放つ。

高く上げたトス、振り抜いた瞬間――ボールは一直線にコート奥へ突き刺さった。

相手はわずかに反応したが、ラケットの先をかすめることすらできない。


『サービスエース! 15–0!』


審判のコールに、会場の拍手が重なる。力強い歓声ではなく、納得と敬意の拍手。


二球目、三球目も同じ。

相手は必死に食らいつくが、エマのボールは角度も速さも予測を許さない。

観客は息をのむたび、静かなざわめきを重ねた。


(……これが、エマ・ローレンス)

紗菜の胸の奥で、熱い何かがふつふつと湧き上がる。

怖い。けれどそれ以上に――戦いたい。



エマのラケットが振り抜かれるたび、空気が切り裂かれるような鋭い音がコート全体に響いた。

ボールは吸い込まれるようにライン際へ落ち、観客が一瞬息をのみ、次にどっと拍手が広がる。

けれどその拍手は、熱狂というよりも『当然』と言わんばかりの落ち着いた響きだった。


『ゲーム、ローレンス!』


審判のコールが重く響き、スコアボードにあっさりと数字が刻まれていく。相手選手は必死に食らいつこうとするが、何をしても上から押し潰されるように点差が広がっていった。


『ほんと……すごい……』

紗菜の口から自然にこぼれる。

マリアが小さく笑ってうなずいた。

『彼女のすごさは、強いだけじゃない。迷いがないんだ』


確かにそうだった。

フォームに無駄がなく、決断に揺らぎがない。

打つ瞬間、ためらいの欠片すらない。

エマは「勝つために必要な一球」を、ただ正確に繰り返すだけ。その冷徹さは美しくすら見えた。


だが、紗菜の胸に生まれたのは恐怖ではなかった。

むしろ――心臓が高鳴っていく。


(こんな人と、本気で打ち合ってみたい……!)


拳を握りしめる。

自分の小さな体が、相手の圧倒的な打球に押し潰される未来が、頭の片隅をかすめる。

けれど、その想像は不思議と嫌ではなかった。

むしろ、それを越えてみたい。

超えて、自分のテニスをぶつけてみたい。


相手選手がゲームを一つも取れないまま、試合はどんどん片付けられていった。

エマのサーブは要所で必ず決まり、ラリーになっても深いボールで一気に主導権を握る。

ほんの数十分で試合は決着を迎えた。


『ゲームセット! マッチ、ローレンス!』


会場が拍手に包まれる。

だが、その拍手の大半は『期待通り』『やっぱりエマだ』という納得に近い響きだった。

彼女はすでに当たり前のように勝ち、当たり前のように別格である――そんな風に見られている。


『……別格』

紗菜はぽつりとつぶやいた。


その声を聞いたマリアが、横目で彼女を見やり、少しだけ意地悪そうに笑う。

『でも、そういう人に勝ちたいんでしょ?』

『……うん』

即答だった。

自分でも驚くほど迷いがなかった。


胸の奥で熱が渦巻く。

怖さを超えて、ただ「戦いたい」と願っている自分がいる。


エマが観客へ軽く頭を下げ、コートを後にする。

その姿を見送りながら、紗菜は心の中で強く言葉を刻んだ。


(――次は、わたしがあの人の前に立つ)


熱い鼓動が、胸の奥で何度も何度も響いた。



圧倒的な力を持つ相手を前に、普通なら萎縮してもおかしくない。

けれど紗菜は、その強さにこそ心を奪われ、挑戦者としての炎を燃やし始めました。

エマの存在は「高すぎる壁」ではなく「越えるべき頂」として描かれています。

次に彼女の前に立つとき――物語は、さらに熱を帯びていくことでしょう。


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