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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第四章 全国大会編

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第70話 商店街がくれた翼

勝利を積み重ねても、次の舞台へ立つためには「現実の壁」がある。

海外遠征という夢の扉、その前に立ちはだかるのはお金という大きな障害だった。

紗菜は、ただ挨拶のつもりで商店街を訪れる。けれど、待っていたのは彼女の想像を超えた温かい眼差しと、差し伸べられる数え切れないほどの手だった――。


夕暮れの光が傾き始めた放課後。

紗菜は制服の袖をきゅっと握りしめ、兄と並んで商店街のアーケードへ足を踏み入れた。


「今日は、挨拶だけだからね」

自分に言い聞かせるように小さく呟く。

兄は隣で苦笑いしながら、

「それでいいんだよ。顔を見せるだけで、十分伝わる」と返した。


地元の商店街は昔から変わらない。

八百屋の青々とした野菜の匂い、パン屋から漂う甘い焼きたての香り、文具店の軒先にぶら下がる色あざやかなノートやペンの並び。

けれど今日は、そのすべてが違って見えた。

まるで一歩ごとに、みんなの視線がこちらに集まってくるような気がした。


最初に声を張り上げたのは、惣菜屋のおばちゃんだった。

「紗菜ちゃん!」


店先で揚げ物を並べながら、油の音に負けないくらいの大声で呼ぶ。

「新聞見たわよ、テレビにも出てたでしょ? すごいじゃないの!」


目を細め、にこにこと笑う顔は、かつて紗菜がこっそりバイトをしていた頃と同じだった。

「バイトのときから頑張ってたもんね。やっぱり努力は報われるんだねぇ」


「……ありがとうございます。本当に……」

紗菜は両手で荷物を抱え、深々と頭を下げる。

(あのときは、ただ必死で。ちゃんと見ていてくれたんだ……)

胸の奥がじんと熱くなる。


次に現れたのは八百屋のおじさん。

「おお!紗菜ちゃん!」

威勢のいい声に振り返ると、店先に並んだトマトやきゅうりの山の向こうから、大きな笑顔が覗いた。


「商店街から全国優勝者が出るなんてな! お客さんもみんな自慢してんだぞ。“うちの街からスターが出た”ってな!」


「え……そんな、わたしなんて」

言葉を濁すと、後ろで買い物していたおばあさんまで笑顔で「テレビで見たよ」と頷いてくれる。

頬が熱くなり、思わずうつむいた。


パン屋のおばさんも、エプロン姿で駆け寄ってきた。


「昨日のニュース見たよ! 隣で子どもが“紗菜ちゃんだ!”って大騒ぎしてさ。パンより先に紗菜ちゃんの名前を叫んでたんだから」


朗らかな笑顔に、紗菜もつられて小さく笑った。

「ありがとうございます……」


そして、商店街の角にあるスポーツ用品店の店長も顔を出した。

「お、調子はどうだ?」

すでにスポンサーとして協力してくれている人だ。

その表情は、誇らしげで頼もしい。

「海外ならもっと過酷だろう。ウチも追加で用具を準備するから、遠慮なく言いなさい」

「……はい、本当にありがとうございます」

胸の奥がまた熱くなる。


文具店の奥さんも店先から顔を出す。

「次は海外大会? 商店街じゅうで楽しみにしてるわよ」

「えっと……はい。でも、まだ準備中で」

と答えると、「大丈夫。あなたならきっとやれるわ」と力強く返される。


そうして歩くたびに声が飛び、笑顔に包まれる。

紗菜は少し戸惑いながら兄に小声で言った。


「……みんな、すごく知ってるんだね。わたしのこと」

兄は頷いて笑う。

「当たり前だろ。お前が頑張ってるのを、みんなちゃんと見てる」


そのとき、豆腐屋のご夫婦が店先から声をかけてきた。

「せっかくだから、集会所に顔を出していきなさい。みんな待ってるから」

「えっ……」

紗菜は一瞬迷うが、兄の落ち着いた頷きを受けて、小さく息を吸い込んだ。


「……はい」


その答えと同時に、胸の奥で静かに鳴る鼓動。

(今日は挨拶だけのつもりだったのに……何かが始まろうとしてる)




アーケードの奥に見える集会所の灯りが、夕闇にゆらめきながら、紗菜の背中を押していた。



商店街の集会所は、夕暮れの橙色に包まれていた。

畳敷きの広間に古い会議机が並べられ、湯飲みの湯気と、どこか懐かしい醤油せんべいの香りが漂っている。


「おお、来た来た!主役登場だ!」


八百屋のおじさんが声を張り上げると、そこに集まっていた人々が一斉に振り返った。

目が合った瞬間、温かな笑顔と拍手がわっと広がり、紗菜は思わず足を止める。


「こ、こんばんは……」

蚊の鳴くような声で挨拶すると、惣菜屋のおばちゃんがすぐに立ち上がり、両手を広げるようにして近づいてきた。


「全国優勝、おめでとう! あんたがバイトで頑張ってた頃から見てきたけど、まさかこんな日が来るなんてねぇ」


その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

あの日、制服を隠すようにエプロンを結び、汗だくで揚げ物を並べていた自分。

あの必死な日々を、ちゃんと覚えていてくれた人がいる――。


「……ありがとうございます。本当に、皆さんのおかげです」


紗菜が深く頭を下げると、会長のおじさんが机の上に手を置き、真剣な声で言った。


「さて。本題に入ろうか。紗菜ちゃん、海外遠征にはとんでもないお金がかかるんだろう?」


一瞬にして空気が静まる。

紗菜は唇を噛みしめ、兄に視線を送る。兄は軽く頷き、代わりに口を開いた。


「本人は工夫してなんとか頑張ってます。でも現実的には厳しい数字です」


その言葉にうなずくようにして、八百屋のおじさんが立ち上がった。


「だったら、俺たちで助けてやろうじゃねえか!」


力強い声に場がどよめく。

惣菜屋のおばちゃんも続ける。


「そうだよ。あの子がどれだけ本気で頑張ってきたか、みんな知ってる。うちだって少しずつなら出せるよ」


パン屋のおばさんも笑顔で言った。

「応援ってのはそういうもんだよ。紗菜ちゃんがコートで頑張る姿を見て、うちの子たちも“やればできるんだ”って元気になるんだから」


さらに、スポーツ用品店の店長も立ち上がった。

「ウチはすでに小口スポンサーとして関わってる。でも海外ならさらにサポートが必要だろう。何でも言ってくれ!」


拍手がわき起こり、場が一層熱を帯びる。


「……でも、そんな、いいんでしょうか」

紗菜は必死に首を振った。


文具店の奥さんが穏やかに笑う。

「これは恩返しじゃないのよ。未来への投資なの。お金はまた稼げるけど、若さと可能性は今しかない」


会長のおじさんが腕を組み、どっしりとした声で言った。

「この街が育てた子だ。この街が背中を押すのは当たり前だ。胸張って受け取りなさい」


その言葉に、紗菜の目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。

嗚咽を飲み込みながら、何度も深く頭を下げる。


「……ありがとうございます。必ず、強くなって……必ず最高の結果を持って帰ります」


その一言に、集会所中から大きな拍手が湧き起こった。畳が震えるほどの音の波。

誰もが笑顔で、誰もが本気で彼女を信じていた。


夜道に出ると、空は群青に沈み、街灯がぽつぽつと光を落としていた。

兄が隣で静かに言った。


「よかったな」

「……うん。ひとりじゃないんだね」


街の人たちが差し伸べてくれた無数の手。それはもう離さないと誓えるほどに温かかった。

胸の奥の炎は、涙で揺れるどころか、より鮮やかに燃え上がっていた。



一人では届かない場所も、支えてくれる人がいれば踏み出せる。

紗菜の背中を押したのは、コートの歓声ではなく、地元の商店街の人々の笑顔と拍手だった。

差し出された手は、ただの援助ではなく、未来へ進めというメッセージ。

その夜、紗菜の胸には「この街と共に戦う」という決意が深く刻まれていた。


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