第64話 嵐の予兆、譲れぬ一戦
全国大会優勝の熱狂がまだ冷めやらぬなか、紗菜は特別招待選手エマ・ローレンスと激突する。
一進一退の攻防は緊張感を増し、スコアはついに5–5。
冷静沈着なエマが先行するが、紗菜も意地と気迫で食らいつき、互いの魂をぶつけ合う。
外では風が強まり、空には厚い雲――嵐の予兆が忍び寄るなか、試合はさらに激しさを増していく。
「5–5!」
審判のコールが響いた瞬間、観客席がざわめきに包まれた。
声援と拍手が入り混じり、どちらを応援するのか分からないほど熱が渦巻く。
紗菜は額の汗を手の甲で拭い、ラケットを握り直す。全身が熱く火照っているのに、指先はひやりと冷たく震えている。
(ここから――一つでも落としたら負けにつながる。絶対に踏ん張らないと!)
そのときだった。
ふっと頬をかすめる風。
観客席の旗が揺れ、コートの影が少し濃くなる。
(……風?)
空に目をやると、わずかに雲が流れ込んでいた。まだ青空は残っているが、胸の奥にざらりとした不安が残る。
エマがサーブに入った。
高くトスを上げる。
だが、風に煽られてボールが一瞬揺れた。
それでも――彼女の体は微動だにしない。
「ハッ!」
鋭い掛け声と同時に、ラケットが振り抜かれた。
――ズバァンッ!
センターに突き刺さる直球。
紗菜のラケットはわずかに遅れ、フェンスの近くでボールが弾む。
「15–0!」
観客の一部からどよめき。
「風に流されたのに修正した……」
「やっぱり冷静すぎる!」
二球目。
今度はボディを狙ったサーブ。
紗菜は面で合わせ、必死に深く返した。
だが、エマはすぐに前へ踏み込み、ベースライン近くから鋭いクロスを打ち込む。
「30–0!」
(押し込まれてる……!でも、負けない!)
紗菜はステップを速め、足を小刻みに動かす。
三球目。
ワイドへ逃げるサーブ。
今度は紗菜も読み切った。
早めに動き、逆クロスへ叩き返す。
「30–15!」
観客席が大きく沸き立つ。
「いいぞ!」「返した!」
声援が飛び交うが、エマは無表情のまま。淡々とボールを受け取り、次の構えへ。
四球目。
ラリーが始まった。
互いの打球が左右に走り、砂を巻き上げ、スニーカーのきしむ音が響く。
10球、15球――会場全体が静まり返り、打球音だけが刻まれる。
紗菜の頬を汗が流れ落ち、息が荒くなる。
(まだ……まだ繋ぐ!)
だが、わずかに浅く浮いたボールを、エマは見逃さなかった。
軽やかに前へ飛び込み、しなる腕でクロスに鋭く叩き込む。
「ゲーム、ローレンス! 6–5!」
観客が一斉に立ち上がり、大歓声がコートを揺らす。
「やっぱり強い!」「すごい!」
紗菜は肩で息をしながらベースラインに戻った。
唇をかみしめ、視線を落とさない。
(まだ……ここから! 落とさない!)
ふと、コート脇で審判が小さくマイクに触れるのが目に入った。
「風が強まってきています。プレー継続」
短いアナウンス。観客席にざわめきが走る。
旗がさらに大きく揺れる。
雲が、またひとつ流れ込んできた。
次は自分のサーブ。
嵐の気配を背に受けながら、紗菜は強くラケットを握り直した。
スコアは「 5–6」
ここを落とせば、試合は決着してしまう。
観客の熱気は渦を巻き、空から吹き込む風がコートの音を飲み込んでいく。
紗菜は深呼吸し、ラケットを胸に抱いた。
(絶対に――負けない! ここから!)
審判の声が響く。
「三浦サービスゲーム!」
ベースラインに立つ紗菜の髪が、風に煽られて揺れる。
視界の端で雲が厚みを増している。
だが紗菜は迷わない。
ボールを高くトスし、ワイドへ叩き込んだ。
――ズバァンッ!
「15–0!」
ボールは風に乗り、さらに逃げるように外へ流れ、エマのリターンは浅く弾む。
紗菜は前に出て、逆クロスへ強烈に叩き込んだ。
観客席が一気に沸き上がる。
二球目。
今度はセンターへ。
エマは体をひねり強烈なリターンを返してきたが、紗菜はすぐさま足をさばき、体の正面で打ち返した。
深い弾道がベースラインぎりぎりに突き刺さる。
「30–0!」
「いけぇぇ!」
「返せ!」
声援と叫びが入り混じる中、エマがわずかに表情を動かした。
冷徹さの奥に、意識を研ぎ澄ませる色が宿る。
三球目。
紗菜のトスが風で流れた。
「っ……!」
体勢を崩しながら打った2ndサーブを、エマが踏み込んで強烈に叩き込む。
紗菜は必死に食らいついたが、返球は浅い。
エマが前に出て鋭いボレーを決める。
「30–15!」
観客が息をのむ。雲がさらに厚くなり、空がわずかに暗さを増していた。
四球目。
紗菜はラケットを握り直し、外角を狙う。
ボールは風に揺れながらも、ぎりぎりライン際へ。
エマは届かず、リターンはネットに吸い込まれる。
「40–15!」
(あと一本! 絶対にこのゲームを取る!)
ラリーが始まった。
エマは鋭いストロークで左右に揺さぶる。紗菜は走る、飛ぶ、滑り込みながら必死に返す。
「すごい!」
「まだ拾うのか!」
観客の声が轟く。
十本、十五本――息を切らしながらも紗菜は退かない。
エマの一撃を読み、低いスライスで沈め、次球を鋭く叩き込む。
――バシィンッ!
ボールはエマの足元を抜け、サイドラインぎりぎりに落ちた。
「ゲーム、三浦! 6–6!」
会場が爆発したような歓声に包まれる。観客は立ち上がり、拍手と声援を惜しみなく送る。
「追いついた!」「まだ分からない!」
紗菜は荒く息をつきながら、視線を前に固定した。
(ここから……絶対に譲らない!)
そのとき、遠くで雷鳴が小さく腹に響いた。
観客がざわつき、スタッフがコートサイドに目をやる。
審判は冷静に声を響かせた。
「6–6、7ポイント先取のタイブレークに入ります!」
空は一層暗さを増し、冷たい風が観客席を揺らす。
それでも――コートの上には二人の姿。炎と氷が並び立ち、互いを見据えていた。
試合の熱気と天候の不穏さが交錯し、観客をも巻き込む緊張感が描かれました。
エマにリードを許しながらも、紗菜はサービスゲームを死守して6–6に追いつく。
点数以上に大きな「気迫の一本」が、観客の胸に刻まれた瞬間でした。
嵐が迫るなか、次はいよいよタイブレーク。
コートに立つ二人の天才が、どんな光景を生み出すのか――。
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