第53話 ランキングを超えて
初戦を圧倒的に勝ち切った紗菜は、次の二回戦へと挑む。
相手は全国ランキング上位の常連選手――観客の注目も高まり、会場には緊張と期待が入り混じっていた。
しかし紗菜は数字に惑わされることなく、一球ごとに冷静に応じる。
肩書きを超えて、「勝負は今この場にある」と示す戦いが始まろうとしていた。
二回戦のコートに立った瞬間、初戦とは明らかに空気が違うことに紗菜は気づいた。
観客席のざわめきが大きく、聞こえてくる声も熱を帯びている。
「次はランキング上位の子だ」「全国常連だよ」――相手の名前がアナウンスされると、自然と拍手が湧き上がった。
立っているだけで伝わってくる迫力。
相手は背筋を伸ばし、堂々とコートに入ってきた。肩の動き、視線の鋭さ、そのすべてが「この舞台に慣れている」と物語っていた。
(全国上位……でも、目の前にいるのは一人の選手。肩書きは数字でしかない)
そう心に言い聞かせ、紗菜は白いグリップを握り直す。掌に少し汗が滲んでいたが、それは怖さではなく熱の合図だった。
「ラブオール、プレイ!」
主審の声で試合が始まった。
最初は相手のサーブ。
トスが高く舞い、迷いのない動きでラケットが振り下ろされる。
――バンッ!
矢のようなボールが紗菜のフォア側へ突き刺さった。反応はしたが面に当てられず、ボールはフェンスに跳ね返る。
「15−0!」
観客席から拍手が響く。さすがランキング上位――誰もがそう納得する一球だった。
二本目も鋭いサーブ。今度はセンターへ。紗菜は必死に追いついて返すが、返球は浅く浮いてしまう。
相手はすかさず前に出て、逆クロスへ決め切った。
「30−0!」
「強い……!」と観客席から感嘆の声。
三本目。相手のサーブはやや外角。
紗菜はステップを細かく踏み、早めに構えた。面を斜めに合わせ、スライス気味に返球。低く沈んだボールは相手の足元へ。
体勢を崩した相手の返球は浅く、紗菜が前に出て逆クロスへ叩き込む。
「30−15!」
観客から「返した!」「今のはうまい」と小さなどよめきが起きた。
(やっぱり強い。でも、一つ見えた。外角は少し甘くなる。そこを狙える)
四本目。相手は再びフォアで強打してきた。だが肩の動きがわずかに早い――紗菜は踏み込み、先回りしてクロスへ打ち込む。
相手のラケットがわずかに遅れ、ボールはサイドラインの外へ。
「30−30!」
スコアが並ぶと、観客の空気が一気に変わった。
「おおっ……」「互角に戦ってる!」
それまで“ランキング上位の安定した勝利”を予想していた空気が、ざわめきへと変わっていく。
五本目。相手はセンターへ速いサーブを放つ。
紗菜は反応し、強いリターンを真ん中へ返した。長いラリーが続く。
相手のフォアが繰り返し打ち込まれる。だが、紗菜は体を低く沈め、二歩目で追いつき、打点を崩さずに返す。
そして十本目のラリー。相手のボールが少し短くなった瞬間、紗菜は前に詰め、強く叩き込んだ。
「30−40!」
観客席がどよめいた。
「ブレークポイントだ……!」
「ランキング上位相手に!」
六本目。相手のサーブは外角。
――見えていた。肩が早く開く瞬間。
紗菜はフォアで思い切り踏み込み、クロスへ打ち込む。
鋭いリターンはサイドラインをかすめ、相手のラケットには届かない。
「ゲーム! 三浦!」
一気に観客がざわめいた。
「すごい!」「本当にブレークしたぞ!」
ランキング上位を相手に、最初のサービスゲームを破ったのだ。
紗菜は呼吸を整えながら、ラケットを握り直した。
(数字なんて関係ない。見えるものを信じていけば、勝てる)
その胸には、次の一球を打つための静かな炎が燃えていた。
ブレークポイントを奪った直後、観客席の空気が明らかに変わった。
「いけるんじゃないか?」
「すごい、押してるぞ!」
さっきまでランキング上位の選手に期待していたざわめきが、いつの間にか紗菜の背中を押す声へと変わっていた。
次の自分のサービスゲーム。
紗菜は深呼吸をひとつして、トスを高く上げる。
――パンッ!
鋭いフラットサーブが相手のバックを突く。リターンは浅くなり、紗菜は前へ詰める。俊敏な足運びから角度をつけ、クロスへ叩き込む。
「15−0!」
その後も、相手のリターンを読んで左右に振り、最後は強烈なスマッシュ。
「ゲーム! 三浦!」
スコアは2−0。観客席から一斉に拍手が響いた。
相手も意地を見せる。次のゲーム、強烈なフォアで主導権を握りにかかる。
クロス、ストレート、さらにドロップ。攻め手を変えて紗菜を揺さぶろうとする。
だが、紗菜の二歩目は止まらない。低い姿勢から面を安定させ、どんなボールにも正確に対応する。
「デュース!」
長いラリーが続き、会場の空気が熱を帯びていく。
(強い……でも、わたしも負けてない)
足の動きが自然に加速する。ラリーのリズムを崩さず、相手が焦れて強打に頼った瞬間――。
「アドバンテージ、三浦!」
次の一球、浅くなったボールを逃さずストレートへ打ち抜いた。
「ゲーム! 三浦!」
会場に大きなどよめきが走る。3−0。
「すごい、本当に上位選手を押してる!」
「互角どころじゃない、三浦が上だ!」
声が一層熱を帯びる。だが紗菜は浮かれなかった。
(まだ半分。ここから崩れるのは絶対にいや)
四ゲーム目。相手は開き直ったように攻め続けた。
だが、その強打も紗菜のリズムを崩すことはできない。
左右に揺さぶりながらも、彼女はコートを走り切り、最後は逆を突いてエースを奪う。
「ゲーム! 三浦!」
スコアが広がった瞬間、観客が総立ちになりそうな熱気に包まれた。
そんな勝負を続け、そして迎えた最終局面。
相手は最後まで諦めずに打ち続けた。
だが、ラリーが続けば続くほど紗菜の俊敏さと正確さが光る。
浅く浮いたボールに、一瞬で前に飛び込む。ボールはサイドライン際へ突き刺さった。
――バンッ!
「ゲームセット! 勝者、三浦!」
審判の声と同時に、大きな拍手と歓声が爆発した。
「勝った!」「ランキング上位を倒したぞ!」
会場全体が興奮に包まれ、観客の多くが立ち上がって拍手を送っていた。
ネット際で握手を交わす。
「ありがとうございました」
相手の声は少し震えていたが、目は最後まで強かった。
紗菜はしっかりと頷き、真っ直ぐにその視線を受け止める。
(簡単に勝てる試合なんてない。……だから、この一勝の意味は大きい)
ベンチに戻り、汗を拭いながらスコアボードを見る。
6−0。初戦に続いての圧倒的なスコア。
だが紗菜の表情に満足はなく、ただ次の相手を見据える強さだけが宿っていた。
結果は6−0。ランキングという壁を、紗菜は落ち着いたプレーで打ち破った。
観客の空気は試合が進むにつれて変わり、相手の名声よりも紗菜の実力を称える声で満ちていった。
だが彼女の胸にあるのは浮かれた喜びではなく、「これでやっと一歩先へ進める」という実感。
強敵を越えた先に待つものは、さらに厳しい舞台。
紗菜の視線はすでに、次の試合へと向いていた。
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