↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第四章 全国大会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/103

第49話 名簿に刻まれた名前

推薦の知らせを受け取った翌日。

紗菜の手に届いたのは、全国大会の「参加予定選手リスト」。

そこに自分の名があった――そして、見慣れぬ外国の名前。

教室のざわめきも、昼休みの笑い声も、すべてが遠く響く。

新しい舞台は、もう始まっていた。

朝の風は少し冷たくて、制服の袖口から指先へすうっと入り込んでくる。

自転車を押して交差点の白線の手前で止まったとき、ポケットのスマホが小さく震えた。


(また協会から……?)


信号が赤のうちに画面を開く。件名は短い英語と日本語が並んでいて――

《参加予定選手リスト 更新のお知らせ》。


胸の奥で、昨日の「全国推薦」の熱がふっと再燃する。リンクをタップ。ページが読み込まれる時間が、やけに長く感じた。


名簿が現れる。

苗字が整然と並んでいる。漢字、カタカナ、ひらがな。

指先でそっとスクロールしていくと――


「……あった」


三浦紗菜。

自分の名前が黒い活字になって、そこにいた。思わず息を飲んで、画面を少しだけ胸に引き寄せる。

信号が青に変わる。慌ててスマホをしまい、ペダルを踏み出した。心臓はまだ少し早い。


学校に着くと、ざわざわした教室の音がいつもより遠くに聞こえた。

ホームルーム、国語、数学――黒板の文字を目で追いながら、休み時間ごとにさっきのページを思い出す。

(本当に載ってた。ほんとに“全国の”名簿に)

頬がほんのり熱くなるのが自分でも分かる。


二時間目と三時間目の間。廊下の窓辺で、もう一度だけ画面を開く。

今度はゆっくり、最初から。

上から順に、そして、ふいに目が止まった。


〈海外特別招待選手〉

Emma Lawrence

(エマ・ローレンス)


その行だけ、周りより少し明るく見えた。国籍欄には「英国」。

活字の並びがふわりと立体になって、胸の奥にぽとりと落ちる。

(海外の選手……この大会、海外からも招待するんだ…。)


教室へ戻る途中、ガラス窓に映った自分の顔が少し引き締まっている。席に着いてノートを開き、ページの端に小さく「E」とだけ書いてみて、すぐに消しゴムでそっと消した。

(まだ知らない。どんなプレーをするんだろう。背が高いのかな、サーブが速いのかな。ラリーは……)


前の列から友達が振り向く。

「ねえねえ、ネットでさ、県大会のことまとめられてたよ。写真、すごかった」

「え、そうなの?」


笑って返しつつも、心の中のページはさっきの名簿に開きっぱなしだ。指先は、白いグリップの感触を思い出して少し汗ばむ。


昼休み。窓際の席にひとりで座りなおして、弁当箱のふたを開ける。

卵焼きの甘さが、さっきまでの高鳴りを少し落ち着かせる。

ゆっくり噛みながら、もう一度だけ名簿を確かめた。

三浦紗菜。Emma Lawrence。

二つの行のあいだに、いくつもの名前がある。その距離は遠い。


(でも――コートに立てば、距離は一本で縮まる。サーブ一本、リターン一本。そうやって、会いに行ける)


午後のチャイムが鳴る。

スマホをしまい、ノートを開く。キリッと芯を立てたシャープペンで、今日の授業の見出しを書いた。

背すじを伸ばすと、胸の奥の波がすっと静かになる。


(浮かれない。わたしは“いつも通り”を、少しずつ広くする)


先生の説明が新しく耳に入ってきた。

窓の外、校庭の白線が陽にきらりと光る。

エマ・ローレンスの名前が気になる。ただ、知りたいと思う。

どんな球なのか。どんな足音なのか。どんな呼吸で、どんなタイミングで打つのか。


ページの端に、小さく一行だけ書いた。

《全国リスト確認 — 走る・打つ・寝る》


(まずは今日をきちんと終える。まずはそこから。)



夕方のチャイムが校舎に吸い込まれていく。

放課後の風は少しぬるく、校門を出たところで紗菜はもう一度だけスマホを開いた。名簿のページ。指でスクロールして、自分の名前のすぐ下へ、そして上へ。黒い活字は、午前中と同じ位置に凛としている。


(三浦紗菜。――それから、エマ・ローレンス)

胸の奥で、昼間の高鳴りが静かな熱に変わった。


家に着くと、ちゃぶ台には湯気が立っていた。

「ただいま」

「おかえり」


兄は作業着の袖をまくったまま座っていて、母は味噌汁の椀を並べている。紗菜は鞄からスマホを出し、画面を二人に向けた。


「今日ね、全国の“参加予定”が更新されてて……ここ。載ってた」

「……ほんとだ。三浦紗菜」

兄の声が、いつもより半音低く、嬉しそうに弾む。スクロールした指がふと止まる。


「〈海外特別招待選手〉エマ・ローレンス。英国」

「うん。外国の選手も来るみたい」

紗菜は小さく息を吸って、言葉を選ぶみたいに口を開いた。


「海外特別招待選手ってなんだろう?」


「ああ…テニス普及のために海外から有名選手を招待するんだよ。優勝者とのデモンストレーションてもするんじゃないか?」


「この人と――できれば、コートで会ってみたい」


母は湯飲みを置いて、にこりと笑う。

「遠くから来る人もいるのね。体調、ちゃんと整えないとね」

「うん。寝るのも練習に入れておく」

「いい心がけだ」


兄は画面から目を離し、紗菜の額のあたりを軽く指でつつく。

「名前に飲まれるなよ。最初の一本はどんな相手でも同じだ」

「うん。サーブ一本、リターン一本。そこから」


食事を終えると、紗菜は自室でノートを開いた。新しいページの見出しに《全国:リスト確認》と書き、下に小さく三つの欄を作る。


《準備》

・走る

・フットワーク

・トス練習


《道具》

・グリップ:白・厚め、予備×2

・ケースのベルト交換(今週末)


《メンタル向上》

・呼吸

・視線


ペン先が止まる。紙の白さが、コートのラインみたいにすっと伸びて見えた。

(想像はする、でも決めつけない。背が高いかもしれないし、小柄かもしれない。スピンが強いかもしれないし、タイミングが早いかもしれない。――どれでも対応できる準備をしておく)


窓の外は群青。靴ひもを結び直し、軽く外へ出る。

住宅街をゆっくり走る。会話できるくらいのペース。角を曲がるたびに、足首から膝、腰へ順に力が通る感覚を確かめる。信号待ちでは、さっき名簿を開いた白線の上でスプリットの姿勢を一瞬だけ作り、左右に小さく弾む。

(一本目のリターンは、腰を落として前へ。読みすぎない。肩は力まない。目はボール――)


帰宅してシャワーを浴びると、頬に残る熱が心地よい疲れに変わった。髪を拭きながら、ラケットを二本ケースから出して布で磨く。フレームの光沢に、決勝の日の白線が一瞬だけ映る。


机に戻り、ノートを読み返す。その時、スマホが小さく震えた。協会からの“更新完了”の自動通知。リンクを開きかけて、紗菜は親指を止める。

(今は、いいや。見るのはいつでもできる。やることを先に)


画面を伏せ、明日のミニメニューをメモする。

居間に戻ると、兄が水を飲みながら言った。


「週末、店に寄るんだろ? 張りは二本で回すのがいい。一本で試合中に不安になるのが一番もったいない」

「うん。店長さん、最終調整の時間を取ってくれてるって」

「予備のラケット用意してくれるとか、頼もしいな」


その“頼もしさ”が自分の中にも少し宿っている気がして、紗菜は頷いた。


夜更け。布団に横になると、呼吸をゆっくり数える。三拍吸って、三拍止めて、四拍吐く。

胸の鼓動が静かに整い、体の奥に小さな炎が残る。

その炎は、誰の名前にも左右されない、自分のリズムの色をしていた。


三浦紗菜と、Emma Lawrence。

二つの名前のあいだに横たわるのは、まだ知らない距離。

けれど、一本のサーブと一本のリターンで、その距離は確かに縮まる。

家族の励まし、店長の支え、ノートに記した小さな計画。

その積み重ねが、見えない相手に届く日を待っている。

次に白線を踏むとき、紗菜はもう迷わない。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

楽しめていただけましたか?

ぜひ下の評価お願いします!!

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

まとめサイトはこちら!

https://lit.link/yoyo_hpcom

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。