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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第三章 県大会編

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第44話 広がる名前

強豪校のレギュラーを退けた紗菜。

その瞬間から、会場の熱は大きく変わった。

観客の視線は集中し、フェンスの外では記者が動き出す。

まだ大会の途中――けれど、彼女の名前は静かに外の世界へと広がり始めていた。


強豪校のレギュラーを倒した瞬間、コートを取り巻く空気は一変した。

大きな歓声が湧き起こり、それが消えた後もざわめきは収まらない。コートを離れる紗菜の背中に、これまでとは比べものにならない数の視線が突き刺さっていた。


「今の試合、見たか?」

「ストレートで勝った……しかも相手、あの強豪校のレギュラーだぞ」

「勢いが止まらないな。まるで全部読まれてるみたいだった」


観客たちのひそひそ声が、次第に波のように広がっていく。午前中は誰も気に留めなかった少女の名前が、気がつけば会場中で飛び交っていた。


紗菜はベンチに腰を下ろし、タオルで首筋の汗を拭った。

その動作ひとつすらも、視線を浴びているようで落ち着かない。

(……見られてる。なんで、こんなに? わたし、ただ必死に打っただけなのに)


ふと視線を横にずらすと、フェンスの外に立つ数人の姿が目に入った。

肩から大きなカメラを提げ、腕章には「PRESS」と文字が書かれている。レンズは迷いなくこちらを向いていて、カシャッ、カシャッ、と乾いたシャッター音が立て続けに響いていた。


水を口に含む仕草、タオルで頬を押さえる仕草――何気ない行動すら切り取られている。

(撮られてる……わたしが……?)

信じられない思いに胸がざわつき、喉が余計に乾いた。けれど、緊張でうまく飲み込めない。


「おい、また写真撮られてるぞ」

近くでアップをしていた他校の選手たちが、ちらりとこちらを見ながら小声で話すのが耳に入った。

「すげえな、もう注目選手扱いだ」

「次の試合、観客もっと増えるんじゃないか」


言葉の端々に混じる驚きや羨望。

自分が「注目選手」という呼び方で語られるなんて、つい数日前まで想像すらしなかった。


(注目……わたしが……)

頭の中で繰り返すたびに、不思議な熱が胸の奥にこみ上げる。

けれど同時に、怖さもある。大勢の視線が追ってくる、その重さが肩にのしかかるように感じられるのだ。


視線から逃れるように俯き、ラケットの白いグリップを握りしめる。

手のひらに吸い付くような感触が戻ってきた瞬間、ほんの少しだけ呼吸が整った。


(注目とか呼び名とか……そんなのは今はどうでもいい。わたしにできるのは、目の前の一本を打つことだけ)


胸の奥に小さな声が響いた。

観客のざわめきも、カメラのフラッシュも、他校の視線も――すべてを抱えながらも、紗菜の心には確かに火が灯っていた。



強豪校の選手を破った一戦は、ただの試合結果に留まらなかった。

フェンスの外でカメラを構えていた数人の記者たちは、終了の合図が鳴った瞬間から一斉に動き出した。肩から下げていたノートPCを取り出し、膝の上に置いて素早くキーを叩く。その指の動きはまるでラリーのように速く、モニターには新しい記事が次々と組み上がっていく。


――「県大会女子シングルス、無名の高校生が強豪校レギュラーを撃破」

――「小柄な体で圧倒。ストレート勝利の新星」


数十分後には、その速報記事がローカルのスポーツニュースサイトに掲載され、すぐにSNSに共有された。


「もう記事出てるぞ!」

「見ろよ、『勢いが止まらない』だって」

観客席のあちこちで、スマホを覗き込みながら囁き合う声が広がっていた。画面を指差しながら「この子だよ、今勝った子!」と友人に見せる者もいる。


記事には、簡単な試合経過と共に紗菜の写真が添えられていた。サーブを打ち込む瞬間、真剣な眼差しでボールを追う横顔。あるいはスマッシュを叩き込む直前の躍動感あふれるシルエット。その写真にコメントが付く。

「フォームがきれいすぎる」

「この子、どこの部活? それともクラブ?」

「絶対プロになれるでしょ」


さらにSNSの書き込みは広がっていく。

「県大会で今いちばん面白いのはこの子だ」

「公園で練習してたって噂の子じゃない?」

「無名だから余計にすごい」


ハッシュタグ「#県大会」「#女子シングルス」と共に、紗菜の名前がタイムラインに並び始めた。まだ大きなバズにはなっていない。けれど静かに、確実に「注目」という色が名前に重ねられていく。


会場の空気もまた、確実に変わっていた。

「次の試合、絶対見逃せないな」

「コート4番、すぐ埋まるぞ」

観客席のざわめきは、次第に期待の熱を帯びていく。


その中心にいる紗菜は、ベンチで汗を拭きながら深呼吸をしていた。

彼女自身は記事の存在を知らない。聞こえてくるざわめきと、フェンス越しに向けられる無数の視線だけが現実だった。


視線の重みを全身で受け止めながらも、紗菜の心の奥では小さな炎が静かに燃え続けていた。

まだ大会は途中。だが、その名はすでに、会場の外で少しずつ広がりはじめていた。

速報記事やSNSの小さな書き込み。

「新星」「注目」という言葉が、紗菜の名前に寄り添い始める。

本人はまだその事実を知らない。

ただ、視線の重さを感じながら、次の試合に向けてラケットを握り直す。

その背中を包む熱は、もう大会会場だけのものではなくなっていた。



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