第43話 強豪を超えて
午後、決勝トーナメントの幕が上がる。
対戦相手は、県内でも名を馳せる強豪校のレギュラー。
体格も経験も上の相手に、会場は「ここからが本当の試練だ」とざわめいた。
だが――小柄な少女の瞳に宿る炎は、恐れを知らなかった。
午後のコート。決勝トーナメントの最初の試合。
呼ばれた瞬間から、紗菜は空気の密度が変わったのを肌で感じていた。午前中はまだ、周囲の視線はそれぞれの試合に散らばっていた。けれど今は違う。まるで会場全体が、ただ一人の少女の動きを見ようと息をひそめているようだった。
「三浦……あの子だ」
「予選で一度も落とさなかったって」
「強豪校相手でも押し負けなかったらしい」
耳に入る声は驚きと期待が入り混じっている。紗菜はベンチから立ち上がり、ラケットを手にコートへ足を踏み入れた。白いオーバーグリップを握り直すと、手のひらにすっと馴染む感触が広がる。ほんの少し汗ばんだ手でも、不思議と落ち着きを取り戻せた。
対面に立つ相手は、県内でも名の知れた強豪校のレギュラー選手。学年は二年生。背筋が伸び、広い肩幅とがっしりした体格。ラケットを振るだけで空気が切り裂かれるような音がした。コートに立つだけで「強者」という雰囲気をまとっていて、周囲からも声が漏れる。
「おお……やっぱり迫力があるな」
「この試合、面白くなるぞ」
審判の声が響く。「プレイ!」
相手のサーブから試合が始まった。
高くトスを上げると、その腕が大きく振り下ろされる。ラケットに当たった瞬間、鈍く重たい音が鳴り響き、ボールは矢のような速さでコート奥に突き刺さった。
――バンッ!
観客が息を呑む。「速い……!」という声がどこかから上がった。
だが紗菜は一歩も引かず、素早く踏み込み、ラケットの面を合わせた。ボールは芯を捉え、深く相手コートへと返っていく。
「ナイスリターン!」
観客席の一角から思わず声が上がった。
ラリーが始まった。
相手は強打を重ね、コートの端から端へと紗菜を振ろうとする。けれど、紗菜の足は軽やかに動き続けた。前後左右、どのボールにも一歩早く追いつき、面をしっかりと合わせて返していく。その姿に観客はざわついた。
(重い……でも、落ち着いて。焦らず、面を合わせて返すだけ)
何本も返し合ううちに、わずかに相手の体勢が崩れた。強打を意識しすぎたのか、ボールが浅く浮いた。
紗菜はその一瞬を逃さなかった。スプリットステップで一気に前へと走り込み、ネット際でラケットを振り抜く。小さな音とともに、ボールは逆サイドのコーナーに吸い込まれた。
「ポイント、三浦!」
審判の声と同時に、観客席から拍手と歓声が起こる。
「すごい……全然押されてない!」
「強豪校相手にあんなに落ち着いて……」
相手の選手が軽く舌打ちするのが聞こえた。眉間にはっきりと皺が寄り、表情にわずかな焦りが浮かんでいる。
(やっぱり……ただの無名じゃない)
そんな空気が、会場に広がっていく。
紗菜は呼吸を整え、グリップを握り直す。指先の感触を確かめるように小さく動かすと、胸の鼓動がすっと静まった。
(一本ずつ……焦らない。わたしはただ、積み重ねるだけ)
観客席の視線を一身に受けながらも、その小さな背中は揺るぎなかった。
強豪校のレギュラーとの戦いは、まだ始まったばかりだ。
最初のポイントを奪われたことで、相手は唇を噛み、強くボールを握った。強豪校の看板を背負う自分が先に崩れるわけにはいかない――そう言わんばかりの眼差しで再びトスを高く上げる。
振り下ろされたラケットから、鋭い音と共に弾き出されたボールは、コーナーへ突き刺さるはずだった。
だが――紗菜はすでにそこへ動いていた。軽いステップで一歩踏み込み、タイミングを合わせてラケットを振り抜く。
――パシンッ!
ボールは伸びのあるリターンとなり、深く相手コートの逆サイドに突き刺さった。追いついた相手は無理に体勢を崩して返したが、ボールはネットに当たり落ちた。
「ポイント、三浦!」
観客席がどよめいた。
「また決めた……!」
「あの強いサーブを返したぞ」
「安定感がすごい」
相手は深呼吸を繰り返したが、焦りを隠せなかった。次のラリーでも強烈なクロスを放ったが、紗菜は落ち着いて走り込み、しなやかに返す。その返球は鋭く角度を変え、相手の足元を突いた。ラケットに当てたものの、ボールは無情にもネットにかかった。
「ゲーム、三浦!」
たった数分のやり取りで、流れは完全に紗菜のものになっていた。
観客の声は熱を帯びていく。
「強豪校の子と互角以上に渡り合ってる……」
「いや、それどころかあの子が試合を支配してる」
「無名の子がここまでやるなんて……」
驚きと興奮が入り混じる声。その中心に立つ紗菜は、表情ひとつ変えずに次のボールを待っていた。
(大丈夫。焦らない。一本ずつ……それだけ)
相手は必死に粘ったが、強打を打てば拾われ、浅い返球になれば一瞬で狙い撃ちにされる。次第にミスが増え、ラリーが続くほどに観客のざわめきは紗菜へと傾いていった。
最後のポイント。
相手が渾身の力で放ったストレートショットを、紗菜は拾い上げた。高く弧を描いたボールが、相手コートの奥深くへと落ちる。
――パスンッ。
白線の上に正確に弾んだ。
「ゲームセット! 勝者、三浦!」
審判の声と同時に、会場全体から大きな拍手が巻き起こる。無名の少女が、強豪校の選手を相手にまったく引かず、堂々と試合を支配してみせた。その衝撃は、観客の心を一気にさらっていった。
紗菜は小さく息を吐き、汗を拭った。
観客席から響く歓声は、自分に向けられている。胸の奥が熱くなり、自然と口元がほころぶ。
(まだ……行ける。もっと先へ。絶対に)
その瞳には、次なる相手を見据える確かな炎が宿っていた。
強豪校の選手を相手にしても、紗菜の足取りは軽やかで、心は揺るがない。
焦りを見せ始めたのはむしろ相手の方だった。
試合を支配し、観客の心を奪った勝利は、彼女が「無名の挑戦者」から「大会の主役」へと変わる瞬間だった。
次なる戦いへと続く道が、いっそう鮮やかに照らされていく。
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