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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第三章 県大会編

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第42話 注目の渦

午前の予選を全勝で駆け抜けた紗菜。

まだ誰も知らなかった無名の少女の名前は、わずか数試合で会場全体に広まった。

午後、決勝トーナメントが始まるコートはざわめきに包まれ、すべての視線が彼女を追う。

注目の中心に立つその小さな背中は、静かに燃える炎を抱えていた。


昼休憩を終え、午後の会場に戻った紗菜は、すぐに空気の違いを肌で感じた。

午前中の試合では、それぞれのブロックで目の前の試合に集中していた観客や選手たちも、彼女のことを特別に気にしてはいなかった。けれど――三試合をすべてストレート勝ちで突破した今、空気は確かに変わっていた。


「三浦って子だよね?」「すごい試合してたらしいぞ」

「小さいのに動きが速すぎるって」

「あの強豪揃いで有名な体育連盟の大会で優勝したらしいぞ」


控えエリアや観客席のあちこちから、そんな声が耳に入ってくる。ふと顔を上げれば、知らない選手がじっとこちらを見て、慌てて視線を逸らす。まるで、いつの間にか スポットライトの下に立たされてしまったような感覚だった。


(……見られてる。噂になってるんだ)


胸の奥がざわつき、落ち着かない。けれど紗菜は、ラケットの白いグリップをぎゅっと握り直した。汗で少し湿っているはずなのに、掌にすっと吸い付く感触が不思議と心を落ち着かせる。


ベンチに腰を下ろすと、ポケットの中のスマホが気になった。午前の勝利を、まだ誰にも直接伝えていない。少し迷ったけれど、結局は画面を開き、指先を動かした。


『午前の試合、全部勝ったよ』


ほんの数分後。短い振動とともに返信が届いた。

『そうか。よくやったな。無理はするなよ』


その言葉を見た瞬間、紗菜の胸の奥にじんわりと温かさが広がった。兄は会場に来られない。仕事で忙しいのは分かっている。けれど、こうしてメッセージを返してくれることが、何よりの支えになった。


(わたし、見てもらいたいんだ……お兄ちゃんに。ちゃんと)


短く「ありがとう」とだけ返し、スマホをしまう。深く呼吸を整えると、不思議なくらい胸のざわつきが静まっていった。


午後の会場は、午前中よりもさらに熱気を帯びていた。

強豪校の選手たちがアップを続け、重たい打球音があちこちで響き、観客席はぎっしりと人で埋まっている。掛け声や拍手が次々と飛び交い、まるで空気そのものが震えているようだった。


(ここからが本番。でも、わたしはわたし。一本ずつ、焦らずに積み重ねるだけ)


紗菜は立ち上がり、足を肩幅に開いてストレッチを始めた。足首をゆっくり回し、軽くジャンプして着地の感触を確かめる。午前中とは違う。胸の奥に灯った炎は、今や確かな強さを持って燃えていた。



午後のアナウンスが会場全体に響いた。

「Bブロック一位、三浦紗菜! コート4番!」


その瞬間、ざわめきが一気に大きくなる。

「出た……午前中、全勝で抜けた子だ」

「小柄なのにコートを支配してたって聞いた」

「次の試合も見逃せないな」


午前までは名も知られていなかった一人の少女が、ほんの数時間で会場全体の注目を浴びる存在へと変わっていた。


紗菜はベンチから立ち上がった。ラケットケースから相棒を取り出し、白いオーバーグリップを握り直す。掌にぴたりと吸い付くその感触が、心を落ち着けてくれる。鼓動は確かに早い。けれど、それは恐怖ではなく、熱のこもった期待だった。


(これが……みんなに見られるってことなんだ。でも、逃げない。一本ずつ積み重ねる。それだけでいい)


コートへ向かう通路を歩くと、周囲の視線が集中しているのをひしひしと感じた。すれ違う他校の選手たちも、一瞬だけ目を向けては慌てて視線を逸らす。その瞳には驚きと好奇心、そして「どこまで行けるんだろう」という期待が浮かんでいた。


コート脇に到着すると、既に相手の選手が練習していた。練習のサーブだけでも鋭い音が響き、観客席から「さすがだな」と声が漏れる。

紗菜はその姿を一瞥し、唇をぎゅっと結んで深く息を吐いた。

(強そう……でも、午前だって強い相手と戦った。変わらない。焦らず、わたしのリズムで打つだけ)


観客席の熱気はさらに高まっていく。

「またあのラリーを見せてくれるかな」

「どこまで勝ち上がるんだろう」

「今日の大会、主役はもう決まったかもな」


そんな声があちこちで飛び交い、空気が震えるようだった。

その声を聞くたびに、紗菜の胸の奥で燃える炎はますます大きくなる。


ベンチに腰を下ろし、タオルで汗を拭う。午後の日差しが眩しく、視界の端が赤く染まった。

(ここからが本当の戦い。みんなが見てるなら、全部ぶつけてやる。わたしのテニスを)


審判がコート中央に姿を現し、試合開始の準備を告げる。

紗菜は立ち上がり、ラケットを肩に乗せてもう一度だけ深呼吸をした。

観客のざわめき、相手の気迫、そして自分の鼓動――すべてが混じり合い、ひとつのリズムを刻んでいる。


(さあ――ここからだ)


胸の奥に燃える炎は、今や会場全体を照らすように大きく広がっていた。

無名から一転して、会場全体の注目を浴びる存在となった紗菜。

期待とざわめきに満ちた空気の中で、彼女は自分自身のリズムを信じて立ち上がる。

いよいよ始まる決勝トーナメント初戦。

その一歩は、未来へと続く大きな階段の第一段に過ぎなかった。


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