第34話 恥ずかしくて、でも誇らしくて
新聞に載った翌日、紗菜は学校で思いがけない注目を浴びる。
ひそひそとした声、集まる視線、そしてクラスメイトたちの驚きと歓声。
今まで目立つことのなかった彼女が、一気に教室の中心になってしまった。
恥ずかしさと誇らしさの間で揺れる紗菜の心は、温かなざわめきに包まれていく。
月曜の朝。
紗菜が校門をくぐった瞬間、空気が少しだけ違っていることに気づいた。
登校してくる生徒たちの視線が、ふと自分に集まっては、慌てるように逸れていく。
耳を澄ませると、ざわざわとした声が風に混じって届いた。
「昨日の新聞、見た?」
「ほら、あのテニスの記事……」
「え、あの子じゃない?」
胸がドクンと跳ねた。
(……やっぱり……新聞のこと、みんな気づいてるんだ……!)
階段を上がり、廊下を歩くたびに感じる視線。
普段はただ通り過ぎるだけの風景なのに、今はまるでスポットライトを浴びているみたいで落ち着かない。
背筋がむずむずして、歩く速度が自然と速くなってしまった。
ようやく教室のドアを開けたとき、さらに予想外の光景が待っていた。
自分の机の周りに数人のクラスメイトが集まって、新聞を広げていたのだ。
「おはよう、紗菜!」
「ねえ、これ見たよ! 昨日の新聞!」
机の上には地方欄のページが広げられていて、そこには昨日見たのと同じ、自分が渾身の一打を放つ瞬間の写真が載っている。
光を反射して汗がきらりと光るその顔は、紗菜が知っている自分とはまるで違って見えた。
「体育のときからすごいなって思ってたけど、優勝しちゃうなんて!」
クラスメイトの一人が目を輝かせて言った。
「だよね! いつもフォームがきれいだなって思ってた!」
「でも新聞にまで載るなんて……ほんとすごい!」
「昨日、うちの親も読んでたよ! 『同じ学校の子なんだ』ってびっくりしてた!」
次々と飛んでくる言葉に、紗菜は一歩後ずさりそうになる。
でも、その輪の中には馬鹿にする空気は一つもなくて、純粋な驚きと興奮、そしてちょっとした尊敬の眼差しばかりが向けられていた。
「え、あ……ありがとう……」
紗菜は思わず小さな声で答えた。
するとぱっと空気が弾けたように、周りから笑顔と笑い声が広がっていった。
からかいではなく、祝福のような温かさが満ちていた。
頬が熱くなり、胸がじんわりくすぐったい。
(……わたし、ちゃんと見てもらえてる……!)
恥ずかしいけれど、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ胸の奥にじわじわと「頑張った甲斐があった」という実感が染み込んでいく。
教室のざわめきがまるで祝福の音楽みたいに響いて、体の奥がふわりと軽くなるのを感じた。
休み時間になると、噂は一気に教室中に広がっていった。
「ほんとにあの紗菜が優勝したの?」
「ほら、ここに載ってるんだって!」
新聞の地方欄を指さす声があちこちで上がり、ページを回し読みするたびに視線が自然と紗菜へと集まってくる。
「ねえねえ、決勝戦ってどんな感じだったの?」
「相手って強かったんでしょ? どうやって勝ったの?」
次々に飛んでくる質問に、紗菜は目を白黒させながら答えた。
「えっと……すごく速いボールだったけど、最後まであきらめないで打ち返したら……なんとか」
自分でも上手く説明できているかわからない。けれど、照れくさそうに笑いながら言葉を紡ぐと、また「すごい!」と歓声が上がった。
普段は静かで誰も気にとめなかった席が、今日は小さな輪の中心になっている。
ノートを開く暇もないほど、クラスのあちこちから声がかかってきた。
(……わたし、こんなに注目されたこと、今までなかったのに)
胸の奥がじんわり熱くなり、体が軽く浮き上がるような感覚が広がっていく。
恥ずかしくて顔は真っ赤なのに、心の奥では誇らしさが膨らんでいくのを抑えられなかった。
「三浦さん、すごいじゃん!」
後ろの席の男子が大きな声で呼びかけてきた。
「次の大会も絶対勝てよ!」
「そ、そんな簡単に言わないでよ!」
紗菜は慌てて手を振ったが、クラス全体から笑いが起こる。
その笑い声の中で、紗菜はほんの少しだけ、複雑な視線を感じ取った。
部活で本格的にテニスをしている子たちの、かすかな表情の揺らぎ。
「帰宅部のはずの紗菜がテニスで新聞に載った」――その事実が、教室の中に小さな影を落としていることを、彼女は敏感に感じ取っていた。
(でも……だからこそ、もっと頑張らなきゃ)
ざわめきと笑顔に囲まれながら、紗菜は胸の奥で静かにそう誓った。
一夜にして「新聞に載った子」として知られるようになった紗菜。
その喜びの裏には、部活仲間たちとの間に少しずつ生まれる影も見え始めていた。
けれど彼女の胸の奥には、次の一歩へ進もうとする確かな決意が芽生えている。
笑い声とざわめきに満ちた教室で、紗菜の物語はまた新たな段階を迎えようとしていた
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