第32話 家族で祝賀会
大会での大歓声を背に帰宅した紗菜を待っていたのは、母の笑顔と温かな食卓だった。唐揚げや卵焼きが並んだいつもより少し奮発した料理。それは豪華ではないけれど、家族の気持ちが詰まった何よりのごちそうだった。拍手よりも大切な祝福が、紗菜の胸をいっぱいにしていく。
大会が終わり、夜。
家の玄関の扉を開けた瞬間、ふわりと漂ってきた匂いに紗菜は足を止めた。
甘辛い醤油の香り、油で揚げた衣の香ばしさ、野菜を炒めたときの少し焦げたような温かい匂い――。
いつもと同じ家なのに、帰ってきた途端にどこか特別な雰囲気に包まれた気がした。
「おかえり、紗菜!」
台所から母の声が弾んで聞こえた。
エプロン姿の母が振り向いた顔は、普段よりも少し赤らんでいる。
忙しい一日のはずなのに、その笑顔には疲れの影がなかった。
紗菜はその表情を見た瞬間、胸の奥にじんわりと温かさが広がった。
リビングへ入ると、テーブルには色とりどりの料理が並んでいた。
大皿には山盛りの唐揚げ。黄金色の衣が照明に輝き、じゅわっと肉汁があふれそうだ。
隣にはふわふわの卵焼き。いつもより厚みがあって、断面から甘い香りが立ちのぼる。
シャキシャキの野菜サラダにはトマトときゅうりの赤と緑が鮮やかに彩りを添え、湯気を立てる味噌汁が食卓全体をやさしく包み込んでいた。
「わぁ……!」
思わず声が漏れる。
普段は節約でシンプルな食卓が多いからこそ、その光景は宝石箱みたいにきらきらと見えた。
お金をかけた豪華な料理じゃないのに、家族みんなの気持ちがぎゅっと詰まったごちそうに感じられた。
兄はすでに席に着いていて、仕事帰りのスーツ姿のまま箸をいじっていた。
「お、やっと帰ってきたな、チャンピオン」
少しからかうように口元をゆがめたけれど、目の奥には誇らしげな光が宿っている。
「ただいま!」
紗菜は照れくさそうに笑い、手にしていたトロフィーを机の端に置いた。
金色のカップがライトを受けて、きらりと輝く。
その輝きを見た母は、目を細めて小さく頷いた。
「本当に頑張ったね……」
その一言には、これまでの努力も、心配も、全部見てきた母だからこそ出る深い響きがあった。
紗菜は思わず胸が熱くなり、息を呑んだ。
目の前の料理の匂いと、家族の笑顔と、トロフィーの光が重なって、胸の奥がじんわりと満たされていく。
「じゃあ……紗菜の優勝を祝って、かんぱーい!」
母がグラスを掲げると、三人のコップが軽やかに音を立てた。
中身はお茶とジュース。決して特別じゃないけれど、今夜だけは世界で一番の味に思えた。
「かんぱーい!」
紗菜も声を重ねて、炭酸の弾ける感覚に胸が熱くなる。
「いやぁ、ほんとに驚いたよ」
お兄ちゃんが唐揚げを頬張りながら笑った。
「決勝まで行くだけでもすごいのに、優勝だなんてな」
「信じてなかったんでしょ!」
紗菜はむくれてみせたが、笑顔がこぼれてしまう。
母もくすっと笑い、「あんたたち、ほんと仲いいわね」と箸を伸ばした。
「でも、紗菜。本当に頑張ったんだね」
母がトロフィーをちらりと見つめながら、ゆっくり言葉を重ねる。
「試合は見に行けなかったけど……お兄ちゃんから、すごかったって聞いたわ。こうして現物を見たら、もう十分伝わる」
その一言に、紗菜の胸がじんわり熱くなった。
観客の大歓声よりも、この小さな食卓での母の言葉のほうが、何倍も心に響いてくる。
「今日の紗菜はアイドルより輝いてたぞ」
兄が急に真面目な顔でそう言った。
「ちょ、ちょっと! やめてよ!」
耳まで真っ赤になった紗菜は、唐揚げで顔を隠そうとする。
母が手で口元を押さえ、笑いながら「でも、わかる気がする」と頷いた。
食卓には絶えず笑い声が広がり、唐揚げの山がどんどん小さくなっていく。
味噌汁の湯気が漂い、炊きたてのご飯が湯気を立てている。
その真ん中で金色のトロフィーがきらりと輝き続けていた。
紗菜は箸を握りながら、ふっと胸の奥でつぶやく。
(会場での歓声もすごかったけど……やっぱり、家族と一緒が一番うれしいや)
小さな食卓で笑い合う時間の中で、紗菜は改めて気づいた。勝った喜びは自分ひとりのものではなく、母や兄と分かち合うからこそ本物になるのだと。トロフィーが食卓の端で静かに輝き続ける中、紗菜の心は「ここが一番うれしい場所」だと強く刻んでいた。
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