第30話 光の一閃『ラインスナイプ』
ここまで勝ち上がってきた無名の少女は、ついに決勝の舞台に立った。相手は全国経験者という強敵。誰もが「ここで止まるだろう」と思ったその瞬間、彼女は最後の一打にすべてを込める。――それは、ただのショットではなく、必殺の一線を描くための挑戦だった。
観客席が波みたいに揺れていた。スコアは5-3。コートの上に立つだけで、熱が肌にまとわりつく。フェンスの向こう、兄はワイシャツの袖をまくったまま、腕を組んで小さくうなずく。言葉はいらない――“行け”。それだけで十分だった。
紗菜はボールを二度ついて、深く息を吸った。右手の中のラケットは、張り替えじゃないガットでも、兄の手が通ったぶんだけ心強い。迷いを押し流すように、トスを高く上げる。
――パァン!
センターへ伸びる一球。相手のリターンは深い。けれど、下がらない。半歩で合わせ、体の横で捕まえた球を逆クロスへ“運ぶ”。相手のスイングが遅れて、ボールがコートに沈む。
「15-0!」
拍手が一気にふくらんだ。耳の奥で鼓動が跳ねる。もう一度、トス。今度は外角。スライスを厚く乗せ、コートの外へ逃がすように滑らせる。相手は触ったが、面が遅れてサイドを切った。
「30-0!」
(いい流れ。このまま、丁寧に)
三球目。相手は前に重心を置いていた。攻めてくる。センター寄りの強いリターン、続けざまの深いストローク。紗菜は拾う、拾う、まだ拾う――けれど一球、浅くなった。相手の迷いのないフォアがラインぎりぎりを抜く。
「30-15!」
会場に低いざわめきが広がる。相手は続くポイントでも踏み込みを強めてきた。外角を狙ったサーブを強引にクロスで切り返され、長いラリー。紗菜はスライスで沈め、トップで押し返し、角度を変える。それでも、たった一瞬の甘さを逃さない。逆クロスの一撃。
「30-30!」
喉が熱い。けれど怖くない。フェンス際の視線を感じて、紗菜はラケットを握り直した。(急がない。高さと深さで、軸をずらす)
五球目。トスを一段高く。外角に回転を多めにかけて弾ませる。相手が差し込まれた瞬間に、紗菜はすでに次の位置にいた。沈む返球を見て、あえて強打にいかない。短いスライスで前に誘い、すぐさまふわりとロブを頭上へ――時間が伸びる。下がらざるをえない相手の足が止まり、打点が崩れた。ボールはネットの上、わずかに触れて落ちる。
「40-30! マッチポイント、サーバー!」
会場がどっと立ち上がる。拍手、歓声、誰かの「決めろ!」という声。空気が光って見えた。紗菜は汗をぬぐい、短く息を整える。心臓の速さはそのままに、頭の中だけがひんやり澄んでいく。
(最後の一球。コートの中じゃない。“線”で終わらせる)
視界の端で、白いサイドラインが一本、細く鋭くのびている。壁打ちで何度もなぞった軌道。糸を通すように、面の角度をわずかに傾ける感覚。右足のつま先、膝、腰、肩――全部が同じ方向を向いた。
兄が、ほんの少しだけ顎を引いてうなずいた。
トスが、空へ吸い上がる。紗菜はスイングを解き放つ直前で、そっと笑った。
(ここまで、連れてきてくれてありがとう)
ラケットが走る音が、会場のざわめきを切り裂いた。次の瞬間を、観客席の全員が息を止めて待っていた。
会場が揺れた。立ち上がる観客。声援の渦。
フェンスの向こうでは、兄が腕を組んだまま静かにうなずいている。
(――ここで、決める)
サーブは外角へ鋭く入った。相手は必死に食らいつき、ラケットの先でかろうじて返したが、浮いたボールが短く甘く落ちてきた。
紗菜は一気に前へ――キュッ!
スプリットステップで着地。視界に走る一本の光。
ただのサイドライン。けれど、その瞬間だけは刃のように鋭く輝いていた。
(ここだ……!)
腰をひねり、全身の力を一点に込める。
その瞬間、心の奥で叫んだ。
「――ラインスナイプッ!」
――バシュンッ!!
光の矢のように走ったボールは、ネットのすぐ上を切り裂き、白い線を正確に撃ち抜いた。
粉がふわりと舞い上がり、会場が一瞬静まり返る。
次の瞬間――
「入ったああああ!」
「線を撃ち抜いたぞ!」
歓声が爆発し、会場全体が地鳴りのように揺れた。
審判の声が響き渡る。
「ゲーム、セット、マッチ! 三浦!」
相手はその場に膝をつき、白線を見下ろして呟いた。
「……あんなの、返せない」
フェンス際の兄は驚きの後、ゆっくりと親指を立てる。
紗菜はラケットを胸に抱き、涙混じりの笑顔を浮かべた。
観客の大歓声に包まれながら、彼女の胸の内で次の誓いが芽生えていた。
(ここからだ。もっと遠くへ――!)
光の一線が走ったコートに、天才少女の名が刻まれた。
観客が総立ちになる中、白いサイドラインを撃ち抜いた一撃は、無名の少女を一夜にして「伝説」に変えた。兄の想い、日々の壁打ち、こっそり積み重ねた努力。そのすべてが一本の線に凝縮され、初出場での優勝という奇跡をつかみ取った。だが紗菜の胸の奥では、すでに新たな鼓動が鳴っている。――これは終わりではなく、さらなる旅の始まりだった。
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