第22話 揺さぶりの魔術師
三回戦で体格差を越えて勝利した紗菜。だが大会はまだ続く。次に立ちはだかるのは、力ではなく技巧で相手を揺さぶる選手だった。速さもパワーもない――けれど、ボールの変化と緩急がまるで魔法のように紗菜を翻弄する。新たな試練に、彼女はどう挑むのか。
三回戦を制して控え席に戻った紗菜は、タオルで汗を拭いながら水を口にした。冷たさが喉をすべり落ちていく心地よさに、思わず「ぷはぁ」と小さな声を漏らしてしまう。
「……勝てたぁ」
独り言のような声がこぼれる。脚は少し重くなってきたけれど、胸の奥には「もっとやれる」という熱がまだ燃えていた。
観客席からは、ささやき声が途切れなく聞こえてくる。
「三浦紗菜っていうんだって」
「小柄なのに、あの動き……」
「三回戦も勝ったぞ」
そのたびに頬が熱くなり、紗菜はタオルで顔を覆った。
(わ、わたしのこと言ってる……。なんか恥ずかしい……でも嬉しい)
くすぐったい気持ちを抑えようと、両頬をぱちんと叩き、紗菜は立ち上がった。次は四回戦だ。
コートに入ると、相手はすでにラケットを振っていた。背丈は紗菜とほぼ同じ。けれど雰囲気が違う。淡々とした表情、無駄のない動き。派手さはないのに、ボールがまるで指先で操られているように自在に変化していた。
ふわりと前に落としたかと思えば、次の瞬間には高いロブ。観客席から「うわぁ」と感嘆の声が上がる。
「……なにこれ、魔法みたい……」
思わず声が漏れ、慌てて唇を押さえた。
試合が始まる。
相手のサーブは速くない。だがコースが絶妙に読めず、紗菜は一歩遅れてラケットを合わせた。返球は浅く、相手はすかさず前に走り込み、ネット際に柔らかく落とす。
「あっ……!」
必死に走ったけれど、あと一歩届かない。
ボールが二度弾み、審判の声が響く。
「15-0」
観客から拍手が湧く。相手は淡々と次のサーブに備え、呼吸を乱す様子もない。まるで「これが自分のテニスだ」と言っているかのような落ち着き。
紗菜は肩で息をしながらも、笑みを浮かべた。
「……へへっ、面白い」
小さな笑顔。高校生らしいあどけなさの奥で、闘志の炎が燃え上がっていた。
(パワーじゃなくて、技で崩してくる……でも、それなら、私だって!)
ラケットをぎゅっと握り直し、軽やかにステップを刻む。挑戦の気持ちが紗菜の瞳を輝かせていた。
相手のテニスはまるで迷路のようだった。
ドロップで前に呼び出され、慌てて走り込めば、その次はふわりと背中に向かって飛んでくるロブ。返したと思ったら、また短く沈むボールが足元に落ちる。
「……くっ!」
思わず声が漏れる。スピードで押してきた相手と違い、この選手は徹底して緩急とコースで紗菜を揺さぶってきた。
観客席も息をのんでいる。
「完全に翻弄されてるな」
「でも、あの子……諦めてない目だ」
確かに紗菜の瞳は悔しさに曇ってはいなかった。
(なるほど……ボールは遅い。でも、その分、相手の意図が隠れてる。だったら、見る。見抜くまで走る!)
次のラリー。紗菜は全神経を相手の動作に集中させた。
トスを上げるときの肩の角度。スイングに入る瞬間の体重移動。ほんの小さな違いが、次の一手を示している。
(あ、これ、ドロップだ!)
ラケットが前に出る瞬間、紗菜はもう走り出していた。ネット際に滑り込むように飛び込み、すくい上げたボールは相手コートのサイドラインに突き刺さる。
「ナイスリターン!」
歓声がどっと湧き、紗菜の胸が高鳴る。
次はロブ。打つ直前にラケットを寝かせる仕草を読んで、すかさず下がり、余裕を持ってスマッシュを叩き込んだ。鋭い音とともにボールが弾む。観客の拍手が広がる。
「すごい、読み切った!」
「小さい体であんな動き……」
相手は淡々と次のポイントに臨んでいたが、その冷静さの奥にわずかな焦りが滲み始めていた。いくら工夫を凝らしても、紗菜に読まれ始めている。
そして迎えたマッチポイント。
相手は苦し紛れに高いロブを上げた。コートの奥へ舞い上がるボール。紗菜は一歩、二歩と軽やかに下がり、完全にタイミングを合わせる。
「よし!」
高く跳び上がり、ラケットを大きく振り下ろした。
――カンッ!
ボールは一直線に相手コートの真ん中へ突き刺さった。相手が伸ばしたラケットは、ほんの指先で空を切る。
「ゲームセット! 勝者、三浦紗菜!」
主審の声が響いた瞬間、会場が大きな拍手と歓声に包まれた。
「すごい!」「対応力が桁違いだ!」
「次の準々決勝、絶対に見たい!」
相手は肩を落としながらもネット際に歩み寄り、ラケットを差し出す。
「……あなた、本当に高校生? 読まれてるのに気づいたら、もう止められなかった」
「ありがとうございました!」
紗菜は笑顔で頭を下げ、握手を交わした。その笑顔はどこか幼さを残しているのに、勝者としての誇りを確かに感じさせた。
ベンチへ戻る途中、背後からまた声が届く。
「やっぱり噂通りだ!」
「いや、もう噂以上だよ」
紗菜はラケットをぎゅっと握りしめた。胸の奥に熱が広がる。
(もっと……もっと強い人と戦いたい!)
その瞳は、もう次の舞台――準々決勝を見据えていた。
ボールの軌道を読む力と冷静な観察で、紗菜は相手の技術を一つひとつ攻略していった。かわいらしい笑顔の奥に宿る闘志は、観客に「ただの無名選手ではない」と強く印象づけた。次の舞台は準々決勝。強烈なサーブを武器にする新たな壁が、彼女を待ち構えている。
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