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第2話 質素な食卓と小さな決意

テニスが大好きな紗菜にとって、学校ではただの“普通の女の子”でいる時間が流れる。

けれど、帰宅すれば待っているのは、母が精一杯工夫して用意してくれる質素な食卓。

家庭の厳しい現実を前にしながらも、胸の中の夢は少しも消えない――。


少女の心に芽生えるのは、「お金がなくても諦めたくない」という強い思い。

それはまだ小さな決意だけれど、やがて彼女を遠くまで導く光になる。

昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の空気ががらりと変わった。

静かだったノートの紙をめくる音が消え、代わりに椅子を引く音、机を寄せ合う音、そして一斉に飛び交う笑い声。スマホの画面を覗き込みながら盛り上がるグループ、菓子パンの袋を開ける子、イヤホンを耳に突っ込んで音楽に没頭する子――みんなそれぞれの世界に浸っている。


紗菜はそのざわめきの一角に腰かけていた。

弁当箱のふたを開けると、白いご飯と、少し焦げ目のついた卵焼き、そして母が作ったきんぴらごぼうが顔をのぞかせる。特別華やかではないけれど、見慣れた組み合わせだ。


「紗菜、それ毎日卵焼き入ってるでしょ?」

斜め前の席の友達が笑いながら言った。

「うん、うちのお母さんの定番だから」

にこりと笑って答えると、「いいな、手作り弁当」と返される。


彼女は笑みを浮かべたまま箸を動かす。

外から見れば、ただの普通の女子高生。

だけど、胸の奥ではまったく違うことを考えていた。


(……今日、放課後どれだけ打ち込めるかな)


視線を机に落としながら、耳の奥ではあの音が鳴り続けている。

パーン、パーン。規則正しく、心を支えるように響く音。

教室の喧騒が遠くに霞んでいくようで、紗菜の意識は壁打ちのコートに吸い込まれていた。


「ねえ紗菜、帰りコンビニ寄らない? アイス買いたい」

隣の子が身を乗り出してきた。

「いいよ」

と笑顔で答えるけれど、心の中では小さなため息をついていた。

(本当は……早く帰ってラケットを握りたいのに)


さらに別の友達が話題を投げる。

「そういえば紗菜、体育のリレー、またアンカーなんだって? やっぱ足速いよね!」

「えっ、あ……そうみたい」

少しだけ照れた笑顔を見せる。でも心の声は別だった。

(あれも全部、テニスのために走り込んできたから。ダッシュも加速も、ボールに追いつくための練習なんだ。リレーで褒められても……本当は違う)


「でさ、進路考えてる? 私、大学行くか就職か迷っててさ」

「うーん……まだ決めてないかな」

紗菜は曖昧に笑って返した。けれど心の奥では、誰にも言えない言葉がうずまいていた。

(決まってる。私が目指すのは、あの舞台。大きなコートで、世界中の人に見られる場所。けど……言えるわけないよね。笑われるだけ)


窓の外では運動部の掛け声が響いていた。

サッカー部のシュート音、バスケ部のボールが床を叩く音。

どれもが紗菜の中にある炎を揺さぶってくる。


教室では笑顔を崩さずに「普通の女の子」を演じている。

でも、本当の彼女は違う。

誰にも負けたくない。勝ちたい。もっと強くなりたい。

心の奥で燃える炎は、誰も知らない。


周囲の笑い声の中で、紗菜の耳には相変わらずパーン、パーンという音が鳴り続けていた。

それは未来へと続く、自分だけのリズム。



家に帰り夕食の時間になると、狭いダイニングに温かな匂いが漂った。母が用意してくれたのは、焼き魚と味噌汁と小さなおひたし。それだけの食卓なのに、紗菜にとってはどんなごちそうよりも心を落ち着けてくれる匂いだった。


「おかえり、紗菜。今日は遅かったわね」

エプロン姿の母が笑顔を向ける。その頬には疲れの色がにじんでいたが、娘の顔を見た途端、無理にでも明るさを取り戻そうとしているのが分かった。


「うん。ちょっと寄り道してただけ」

紗菜は靴下を脱ぎ捨てると、慌ただしく食卓についた。

食器の端には小さな欠けがあり、冷蔵庫には電気代の請求書が磁石で留められている。そんな光景に見慣れてしまった自分を思いながらも、紗菜の胸は少しずつ締めつけられていった。


「いただきます!」

明るく言ってご飯を口に運ぶ。焼き魚の身はほんの少ししかなかったけれど、母の手で焼かれた味は不思議と胸を温かくした。

「美味しいね!」と笑顔で言うと、母は「安いのしか買えなかったんだけどね」と気恥ずかしそうに目をそらす。


(お母さん……ごめんね)


心の奥にひそかに湧いた言葉を、紗菜は声に出さなかった。出してしまえば母を傷つける。だからこそ彼女は何事もない顔をして、ただ黙々と箸を進めた。


食事を終えて部屋に戻ると、壁に立てかけてあるラケットが目に入った。グリップの布は擦り切れ、ひび割れたフレームはもう限界に近い。けれど手に取ると、不思議と胸の奥に熱が宿る。


(これしかない。でも、これがあれば大丈夫)


そう言い聞かせるようにラケットを握りしめると、未来の自分を想像する。まぶしいコートに立ち、スポットライトのような太陽を背負い、歓声に包まれる――。


布団に潜り込んでも、その光景は頭から消えなかった。天井を見つめながら、紗菜は小さな声で呟く。


「絶対、強くなるから」


その声は誰にも届かない。けれど、少女の胸に燃える火は確かに強さを増していた。


第2話では、紗菜の日常と家庭の様子を描きました。

大きな試合も派手な展開もまだありません。

けれど、彼女の原点は「苦しい現実の中で、それでも夢を諦めない」気持ちにあります。

母の笑顔と、古びたラケットを握りしめる姿。

その小さな積み重ねが、いつか大きな奇跡を生み出すのかもしれません。


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本当はテニスに打ち込みたいけど、学生としての生活がそうは言わないと言事が丁寧に書かれていて現実味があっていいです! 執筆頑張ってください!
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