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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第二章 体育連盟テニス大会編

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第16話 選手としての第一歩

誰かに導かれるのではなく、自分の意思で踏み出す一歩ほど重いものはない。

これまで壁打ちで積み重ねてきた時間と、隠れて続けたバイトでの努力。そのすべてが、いま「大会エントリー」という形で結実する。

紗菜の胸に宿るのは、不安か、期待か――その答えは、彼女の心の奥で静かに脈打っていた。


朝の空は驚くほど澄み切っていた。まるで神さまが今日という一日を特別にしてくれているかのように、どこまでも青く広がっている。自転車をこぐ足は軽く、ハンドルを握る手にはじんわりと汗がにじんでいた。緊張と期待がないまぜになったせいで、普段よりも呼吸が浅い。


体育連盟テニス大会。

胸の中で何度も唱えてきたその言葉が、今日ようやく現実になる。


会場の市総合運動公園に近づくと、赤と白の大きな横断幕が目に飛び込んできた。

「第36回 体育連盟テニス大会」。

その文字が朝の風に揺れるたび、心臓が一緒に震える。何度も夢に見た景色なのに、実際に目にすると呼吸が止まりそうになる。


入口を抜けた瞬間、全身がひやりとした。

そこには、いつもの運動公園とは別世界の空気が満ちていたからだ。


テニスコートを取り囲む観客席は、すでに多くの人で埋まっている。新聞を手にする人、スマホを構える親、応援旗を掲げる生徒たち――色とりどりの視線がコートに注がれ、ざわめきが波のように押し寄せていた。まるで海の真ん中に放り出されたみたいで、足がすくむ。


ただの市の大会。そう思おうとしていた。けれど、この空気はどう考えても「ただの」ではなかった。

熱気。緊張。期待。

それらが混じり合って、会場全体がひとつの巨大な生き物のように呼吸している。息苦しいのに、吸い込まれるような心地よさもある。


「……すごい」

紗菜は小さくつぶやいた。


周囲を見れば、どの選手も自分のラケットを磨き、ストレッチをしながら、仲間と真剣な表情で言葉を交わしている。ユニフォームの胸にはそれぞれの学校名や企業名。彼らは“チーム”を背負ってここに来ている。

それに比べて自分は――ただの帰宅部で、古いラケットひとつを頼りに立っている。


けれど、不思議だった。

その劣等感よりも、今はただ「ここに立てた」という事実に胸が高鳴っていた。

まるで夢の中で、プロの大会に迷い込んだ選手のように。


ラケットのグリップをぎゅっと握る。兄が補強してくれたそのフレームは、頼もしい相棒のように掌に馴染んでいた。新品じゃなくてもいい。この一本で戦える。


受付に進むと、係員が名簿を差し出してきた。

震える手でペンを取り、欄に「三浦紗菜」と書き込む。

その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


白い紙に刻まれた自分の名前は、まぎれもなくこの舞台に立つ“選手”のものだった。


「始まるんだ……!」


心臓が高鳴る音は、もう止められなかった。



エントリー票を手にした瞬間、指先がじんわりと熱を帯びた。紙の重さなんてほとんど感じないはずなのに、まるで鉛を握っているかのようだった。


印字された「三浦紗菜」の文字を見つめていると、胸の奥がざわざわと波打つ。たった四文字の自分の名前が、ここでは「挑戦者」として響いている。そのことに気づいた途端、心臓が跳ね、息が詰まりそうになった。


「……これで、ほんとに選手なんだ」

思わず呟いた声はかすれていたが、耳に届いた瞬間、じわっと背中に鳥肌が走った。


係員から渡されたゼッケンを手に取る。真っ白な布地に刻まれた番号は、ただの記号に過ぎないのに、眩しく見えた。胸に当ててみると、ドクンドクンと心臓の鼓動が早まっていく。まるでその数字が「君はもう逃げられない」と告げているようで、でも同時に「君は確かにここにいる」と支えてくれるようでもあった。


控えのベンチに腰を下ろすと、目に飛び込んできたのは他の選手たちの姿だった。

汗を飛ばしながら激しくストロークを打ち合う男女。新品のラケットを軽々と振り抜く少年。足に鉛でもつけているのかと思うほど低く沈み込みながら素早く動く女子高生。誰もが、自分よりも遥かに「選手」らしく見えた。


紗菜は思わずラケットを強く握りしめた。自分のラケットは、兄が必死に補強してくれたもの。新品の光沢もなければ、プロ仕様の派手なデザインもない。だけど――。

(これで、戦うんだ)

そう思うと、胸がじんわり熱を帯びていく。


周囲の声に耳を傾けると、コート脇からは観客たちのひそひそ声が流れてきた。

「あの子、強そうだね」

「この間のジュニア選抜にも出てたって聞いたよ」

「え、あの子ラケットが新モデルじゃん!」


一言一言が心臓に突き刺さる。自分はどう見られているんだろう。きっと「場違いな子」って思われているに違いない。胸の奥がきゅっと縮み、視界が少しだけにじんだ。


でもその時、不意に視線の先に小さな女の子を見つけた。父親に肩車されて、無邪気に笑いながらコートを覗き込んでいる。

「パパ、あの人たち、すごい!」

「そうだな。でもな、みんな最初は初心者だったんだよ」


その言葉が、胸にすとんと落ちた。

――そうだ。私だって、最初からここに立てたわけじゃない。毎朝の壁打ちも、夜のバイト帰りに眠気をこらえて握ったラケットも、全部、ここに繋がっているんだ。


ラケットのグリップを強く握り直す。ザラついた感触が、逆に心を落ち着けてくれる。


(私は三浦紗菜。ここに立つために、練習してきたんだ)

唇が自然に動き、声にならない呟きが胸の奥から溢れた。


その瞬間、世界の音が遠のいた。歓声も、靴音も、風のざわめきも消え、聞こえるのは自分の鼓動だけ。

どん、どん、どん。

それは恐怖の音ではなく、挑戦の太鼓のように響いていた。


「第一試合、選手はコートに集合してください」


アナウンスの声が響き、観客のざわめきが一気に高まる。まだ自分の試合ではないのに、その声だけで全身が震えた。足が震えても、背筋だけはまっすぐに伸ばす。


――もうすぐ、私の名前も呼ばれる。

その時、どんなに怖くても、私は必ず立ち上がる。


ベンチから立ち上がった紗菜の頬に、夏の風がふわりと触れた。眩しい日差しが照りつける空の下で、彼女はそっと呟いた。


「行こう」


その一歩は、小さな少女が「ただの観客」から「選手」へと変わった瞬間だった。


参加費を払い、ゼッケンを受け取ったことで、紗菜はもう「観客」ではいられない。

周囲にあふれる強者の気配に震えながらも、逃げずに握りしめたラケットこそが、彼女の歩んできた証だった。

次に待ち受けるのは、ただの練習ではなく、本当の勝負。

少女のテニスは、ここから新しい物語を刻み始める――。


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