第15話 夢への切符
大切に働いて貯めたお金を手に、ついに大会の参加費を払い込むことができた紗菜。
その一歩は小さくても、彼女にとっては世界を変えるほどの大きな決断だった。
胸の奥で燃える炎は、今まで以上に強く、鮮やかに輝きはじめる。
紗菜の右手には、小さな茶封筒。中身は一万円札と五千円札──合計一万五千円。何度も数え、汗ばんだ指で端を揃え、くしゃくしゃにならないように丁寧にしまってきた。
駅前の銀行の自動ドアが開き、冷房の涼しい風が頬を撫でる。大人たちに混じって制服姿のままATMの列に立つと、自分だけが場違いなようで、胸の奥がきゅっと縮む。けれど、その違和感も「大会に出たい」という思いの前では小さなことだった。
自分の番が回ってくる。茶封筒から取り出した紙幣を、震える手で投入口に差し込む。ウィンと機械が吸い込み、画面に「15,000円」と数字が浮かんだ瞬間──胸の奥が熱く跳ね上がった。
「……これで、ほんとに……!」
確認ボタンを押すと、ATMは無機質に「振込を受け付けました」と表示した。その文字を見た瞬間、体の奥に火花が散ったような感覚が広がる。ついに、大会への扉が開いたのだ。
控えの紙を握りしめ、外に出る。真夏の陽射しが照りつける。けれど今日は、それさえ祝福の光に思えた。
「試合に出られる……!」
声に出した途端、全身がふわっと軽くなった。胸が高鳴って、歩きながら思わず小さく飛び跳ねる。今まで壁に打ち返していただけのボールが、今度は本物のコート、本物の相手、本物の観客の前で弾むのだ。想像しただけで、足の裏が宙に浮くようだった。
これまで何度も夢見てきた舞台。その入口に、ついに自分が立てる。怖さよりも先に、高揚感が全身を満たしていく。
「負けない。絶対に勝って、ここから登っていくんだ……!」
銀行を出た瞬間、夏の夕方の空気が頬に触れた。少し湿った風に、街路樹の葉がざわめく。何気ない景色なのに、今の紗菜にはすべてが違って見えた。空の青さも、信号待ちの人たちの姿も、どこかきらきらと輝いて見える。
胸の奥からふわりと浮き上がるような感覚。歩道を歩く足取りが自然と弾んでしまう。心の中で、抑えきれない声が溢れた。
「私……出られるんだ。大会に、本当に出られるんだ」
言葉にしてしまうと夢が消えてしまいそうで、声には出さなかった。でも何度も何度も心の中で繰り返す。そのたびに、胸が温かく、そして少し震える。
家に帰ると、母が台所で包丁を動かしていた。煮物の甘い香りが部屋に満ちている。母の横顔は少し疲れていたけれど、振り向いたときの笑顔はやさしかった。
「おかえり、紗菜。今日はちょっと遅かったじゃない」
「うん、ちょっと用事があって……」
ごく自然を装いながらも、心臓がどきんと跳ねた。言えない秘密を抱えているようで、声が少しだけ上ずってしまう。母には心配をかけたくない。でも、本当は叫びたいほどの喜びを抱えている。胸の奥で押し殺しながら、紗菜は笑顔を返した。
部屋に戻ると、机の上にラケットとノートが置かれている。古びて、何度も使ったラケットは少し傷んでいたけれど、今の紗菜にとってはかけがえのない相棒だった。机の引き出しをそっと開けると、銀行で受け取った控えの紙がそこにある。
それはただの事務的な紙切れにすぎない。けれど、紗菜にとっては夢への切符だった。手で触れると、心臓の鼓動と一緒に紙が震えているようにさえ思えた。
「これで、私……コートに立てる」
小さくつぶやいた瞬間、目の奥が熱くなった。嬉しくて、でも少し怖い。これまで自分が憧れのようにしか見ていなかった世界に、本当に踏み出してしまったのだ。
夜になり、布団に横たわっても眠気は遠い。窓の外からは夏の夜風が吹き込み、遠くで虫の声が聞こえる。その音さえ、今日は胸をざわつかせる旋律のようだった。
瞼を閉じると、白いコートの光景が浮かぶ。拍手の音、観客のざわめき、強い相手のボールを打ち返す自分。勝利した瞬間の歓声まで、鮮明に思い描けた。
「絶対に、負けない。絶対に勝つ」
小さな部屋でひとり誓う言葉は、誰に聞かれることもない。けれどその誓いは、紗菜にとって世界でいちばん重く、熱く、未来を照らす炎だった。
ついに夢の舞台への扉を開いた紗菜。
それはまだほんの始まりにすぎないけれど、彼女の胸に広がる高揚感は、もう誰にも止められない。
次回、初めて踏みしめる大会会場――そこで彼女は何を感じ、何をつかむのか。
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