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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第一章 公園から始まる少女の日常

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第14話 兄の手で生まれ変わるラケット

夢を追うには、いつだってお金がかかる。だけど、紗菜のそばには「お金じゃ測れないもの」を与えてくれる存在があった。壊れかけたラケットを前に、兄が手を動かす姿は、不器用でも温かい。そこに込められた想いは、何よりも強い力になる。

夕暮れの空が茜色に染まるころ、紗菜は公園の壁に最後のボールを打ち返した。

ガシン、と鈍い音。ラケットはもう限界に達している。フレームがひび割れたようにきしんだ。

それでも紗菜は、胸の奥にある熱を抑えられず、何度もスイングを繰り返してしまう。


「……もう少しだけ、頑張ってよ」

誰に言うでもなく、ラケットにそうささやいた。


ボールを片づけ、重く感じるラケットを抱えて帰路につく。玄関を開けると、兄の翔太が台所から顔をのぞかせた。

「おかえり、紗菜。……あれ、ラケット……」


その視線に気づいた瞬間、紗菜は慌てて背中に隠す。けれど兄には隠し事など通じない。長年の勘で、もうすべて見抜かれていた。


「ちょっと、見せてみろ」

「だ、大丈夫だから! まだ使えるの!」

「紗菜」


名前を呼ばれると、胸に響く。優しいのに、逆らえない響き。

紗菜は観念して、壊れかけのラケットを差し出した。


翔太が受け取って軽く押しただけで、フレームがミシッと悲鳴を上げる。

「……やっぱり、限界だな」


そう言ったあと、翔太は一瞬だけ紗菜の顔を見た。落ち込んだ表情を見て、すぐに苦笑してみせる。

「でもな、直せないわけじゃない。新品は買えなくても、まだ一緒に戦わせてやれる」


そう言って工具箱を持ち出す。机の上に新聞紙を敷いて、壊れかけのラケットを丁寧に置く。その仕草は、どこか宝物を扱うようだった。


「お兄ちゃん……疲れてるのに」

「大事な妹の夢を支えるくらい、なんでもないさ。俺は大学に行けなかったけど、その代わり紗菜が好きな道を歩けるなら、それでいい」


何気なく言われたその言葉に、紗菜の胸が熱くなる。

――自分のためにここまでしてくれる兄がいる。だからこそ、絶対に諦めちゃいけない。


兄の大きな背中と、荒れた指先がラケットを補強していく光景を見つめながら、紗菜は強く心に誓った。

「ありがとう、お兄ちゃん。……絶対に、強くなるから」


翔太は顔を上げて、いつもの優しい笑顔を見せた。

「なら、俺も手伝う。壊れても、また何度でも直してやるよ」


その声は、ラケットよりもずっと強く、紗菜を支えていた。



接着剤が乾くまでの間、二人は台所のテーブルに肘をついて、ただ黙って待っていた。カチカチと壁掛け時計の針の音だけが部屋に響く。その沈黙が少し気まずくもあり、でも不思議と居心地が悪くなかった。


やがて乾ききったフレームに、翔太は専用の補強テープを慎重に巻きつけていく。ひと巻きごとに指先へ力を込めるたび、彼の額にはじんわりと汗が浮かぶ。


「……なんか職人さんみたい」

思わず口からこぼれた紗菜の言葉に、翔太は一瞬手を止め、照れたように鼻を鳴らした。

「バカ言え。ただの応急処置だよ。こんなの、本当なら俺が新品買ってやれりゃ一番なんだけどな」


その声には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。

紗菜の胸がちくりと痛む。自分の夢を支えるために兄は大学を諦め、家計を背負っている。兄に「ラケットを買って」と口にすることは、彼女には到底できなかった。


「……これで十分だよ。お兄ちゃんが直してくれたラケットなら、きっと大丈夫」

言葉に嘘はなかった。少し見た目は不格好でも、その不格好さがむしろ心強い。兄がかけてくれた時間と気持ちが、テープの一巻きごとに染みこんでいるようで。


「大げさだな」

翔太はそう言いながらも、目元はどこか優しかった。


ラケットを受け取った瞬間、紗菜の指先に、兄の体温が残っている気がした。その温もりに背中を押されるように、胸の奥に熱が広がっていく。


「ありがとう、お兄ちゃん」

抱きしめるようにラケットを胸に当て、紗菜は小さな声でつぶやいた。


翔太は少し黙った後、ふっと笑って肩をすくめた。

「……だったらさ、ちゃんと勝ってこいよ。俺の補強が無駄にならないように」


その一言に、紗菜の目が大きく見開かれる。兄はいつだって、自分を縛るのではなく、見えない形で背中を押してくれる。

大学を諦め、毎日疲れて帰ってきても、それでも笑って妹を支えてくれる――その姿に、胸が熱くなる。


「うん……! 絶対勝つ。絶対に、お兄ちゃんに見せる!」

両手でラケットを握りしめ、力強く言葉を吐き出す。


その夜、ベッドの上で天井を見つめながら紗菜は思った。

――お兄ちゃんが守ってくれたこのラケットは、ただの道具じゃない。私と一緒に夢を背負ってくれる、もう一人の仲間なんだ。


ラケットを胸に抱えながら目を閉じると、いつもより心臓が速く打っているのが分かった。兄の優しさが心に残り、その音はまるで未来の鼓動のように響いていた。

ラケットは新品じゃない。形も少し不格好だ。けれど、そこに兄の優しさが宿ったとき、紗菜にとってそれは世界で一番心強い武器になった。夢はひとりで見るものじゃない。支えてくれる人がいるからこそ、前に進める。紗菜はそう感じ始めていた。


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