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ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第一章 公園から始まる少女の日常

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第12話 小さなため息と燃える決意

財布の中を覗いた瞬間、思わずこぼれた小さなため息。

だけどその弱音の裏側には、消えない情熱があった。

兄から譲り受けた財布とラケット、そして母の背中――

紗菜を支えているものすべてが、彼女を強く突き動かしていく。


夕暮れ時の教室は、橙色の光に満ちていた。

西日が差し込む窓際の机に腰をかけたまま、紗菜はペンを持つ手を止め、ぼんやりと視線を落とす。

今日もノートのページには、中途半端に書きかけの文字が残っていた。文字を追う集中力は、もう残っていない。


彼女は机の奥から、小さな財布を取り出した。

革の表面には細かい傷が刻まれ、色もところどころ薄くなっている。

でも、そのひとつひとつが年月を刻んだ証のようで、紗菜にとっては宝物だった。


カチャリと留め具を外すと、中身の少なさがすぐに目に飛び込んでくる。

紙幣は数枚、小銭はわずか。

数えるまでもなく、それが十分ではないことは分かっていた。


「……はぁ」


ため息が自然にこぼれ落ちる。


「もうちょっと……お金があればなぁ」

声に出したところで、状況が変わるわけではない。

それでも言葉にしなければ、胸の奥の重さがどうしても和らがなかった。


思わず、財布をじっと見つめる。

それは、兄から譲り受けたものだった。


――高校に進学する日。

兄は自分の部屋から、その財布を大事そうに取り出してきた。

革の表面を親指でなぞりながら、ほんの少し照れくさそうに笑った。


「俺が初めてバイトして買った財布なんだ。ずっと使ってたけど……紗菜に持ってもらった方が、こいつも喜ぶだろ」


差し出されたその瞬間、兄の言葉に偽りがないことはすぐに分かった。

彼は自分の進学を諦め、働く道を選んだ。

学費を稼ぐために。家計を少しでも軽くするために。

その背景を知っていたからこそ、紗菜は財布を受け取ったとき、胸が締めつけられるような思いがした。


――兄の想いまで背負って、私は強くならなきゃ。


財布を見つめるたび、その気持ちは何度でも蘇る。

だからこそ中身を数えるたび、心に小さな焦りが灯ってしまう。


窓の外からは、運動部の掛け声が聞こえてくる。

校庭を走るサッカー部の声。

吹奏楽部の管楽器が響かせる旋律。

トラックを駆け抜ける陸上部のスタート音。

青春を謳歌する音が、夕焼けの空気に溶け込んでいた。


だが紗菜は、帰宅部として教室の隅にいる。

放課後の時間を、ラケットと共に過ごすしかない自分。

それでも心の中に小さな炎が灯っているのは、財布を通して兄の背中をいつも感じているからだ。


ぎゅっと財布を握りしめた。

兄の手の温もりまでも残っているような気がして、胸が熱くなる。


「大丈夫……私なら、きっと」

小さく呟いて、彼女はもう一度深く息を吸った。


教室の影が伸び、夕陽はゆっくり沈んでいく。

その光景の中で、紗菜の瞳には確かな決意がきらりと宿っていた。



家に帰る道すがら、紗菜はさっきまでの財布の中身を何度も思い返していた。

手のひらに感じた重みは、実際には軽すぎて頼りない。

ほんの数枚の紙幣と、じゃらじゃらと鳴る小銭。


「もう少しあればな……」


口の中でその言葉が何度も反芻される。


しかし歩みを止めることはなかった。

制服のスカートが夕風に揺れ、視線はまっすぐに前を向いている。

財布を見て落ち込んだ気持ちが、逆に彼女の胸の奥を強く燃やす燃料になるのだ。


「ないなら……作ればいい。時間をやりくりしてでも」


誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。


その瞬間、道端の花壇の花に目が止まった。

夕陽に照らされて赤や黄色に光る花々は、誰かが毎日手入れをしているからこそ枯れずに咲き続けている。


「私も、手をかければ……きっと咲ける」


小さな声に、決意が込められていた。


家に帰ると、母が台所で夕飯の支度をしていた。

湯気の立つ鍋からは、安いけれど温かい味噌汁の香りが漂う。

「おかえり、紗菜。今日も遅かったわね」

母の声に、思わず笑顔を返した。


「ちょっと寄り道してただけ。大丈夫だよ」


努めて明るく答えた。母を心配させたくない。

母は小さなため息をつきながらも、それ以上は追及しなかった。

背中越しに見える母の姿は、少し痩せて見えて心が痛む。


自分の部屋に入ると、すぐにラケットを手に取った。

ヒビが入った相棒を握ると、不思議と落ち着く。

疲れが身体中に溜まっているはずなのに、心だけはどんどん前を向いていく。


「参加費のために働く。

それで、絶対にあの大会に出てやる」


言葉を口にしたとき、自分自身を奮い立たせるような力が体の奥から湧き上がった。

それは、兄から譲られた財布とラケット、そして母の背中。

日常のひとつひとつが、彼女の「闘志」に繋がっているのだ。


窓の外では、夜の帳が下り始めていた。

街の明かりがぽつぽつと灯り、空気が冷えていく。

その暗闇の中で、紗菜の瞳は確かな光を宿していた。


「きっと、やれる」


その声は小さくても、まっすぐで、揺るがない。

ほんの少しのお金の不足に、少女は立ち止まりそうになる。

けれど、その不安さえも「闘志」に変えていくのが紗菜だった。

何も持たないからこそ、強くなれる。

その一歩一歩が、やがて大きな夢への道になるのだろう。


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