第100話 世界の始まり ― 白線の彼方へ
いよいよ物語は最後を迎えます。
無名の少女がラケット一本で走り出し、仲間や家族、商店街の人々に支えられ、ついに世界の舞台へとたどり着きました。
この決勝戦は、ただの勝敗を決める一戦ではありません。
「胸を張って打つ」――そう誓った紗菜が、自分のすべてをかけて未来へ踏み出す瞬間です。
白線を駆け抜ける一球、その軌跡を一緒に見届けてください。
表彰式のアナウンスが、光に包まれたスタジアムに響いた。
『準優勝、エマ・ローレンス!』
エマが静かに立ち上がると、地鳴りのような拍手が広がった。彼女は笑顔も涙も見せず、けれど少しだけ唇の端を上げて、観客席に深く一礼する。
『最高の相手と、最高の舞台を過ごせた』
短く、ただそれだけをマイクに告げる。その視線の先には、紗菜がいた。二人だけに届く眼差し――その熱が、言葉以上に雄弁だった。
続いて、司会の声が高らかに響く。
『ウィナー、ジャパン――三浦紗菜!』
歓声が一気に弾ける。スタジアムが揺れるほどの喝采の中、紗菜は胸に手を当てて一礼した。大きなトロフィーを抱きしめると、腕がずしりと沈む。思わず苦笑しながら、右手の白いオーバーグリップを撫でた。指先に伝わるざらつきは、ここまで走り続けた証だった。
マイクを渡されても、彼女の言葉は簡潔だった。
『支えてくれた人に胸を張れる試合が、やっとできました。ここまで来られたのは、みんなのおかげです』
深々と頭を下げる。
観客席から自然発生的に『ジャパン・ガール!』の声が重なり、大合唱へと膨れ上がった。
その熱に背を押されるように、紗菜は隣に立つエマを手招きする。二人で手を取り合い、観客席に向かって歩き出した。スタジアムを一周するその姿に、拍手はさらに厚くなる。
そして――視界の奥にマリアの姿を見つける。
観客席の前列。立ち上がって手を叩きながら、大声で叫んでいた。
『やったね! 紗菜!』
友として、選手として、全身で祝福してくれている。その姿に紗菜は胸が熱くなり、小さく拳を掲げて応えた。
会場全体を包む拍手と歓声。
ロンドンの空は晴れ上がり、夜の帳を薄く照らす星が瞬いている。
白線を走ったあの一撃のように、未来を指し示す光だった。
スクリーンに『優勝』の瞬間が映し出された。
一呼吸の静寂――その後、商店街全体が爆発するような大歓声に包まれた。
「やったあああああ!」
惣菜屋のおばちゃんは頬をぬぐい、「よくやったよ、紗菜!」と泣き笑う。
八百屋の主人は手ぬぐいを振り回しながら
「見たか、あの一撃! あれが世界を取るってことだ!」
と叫ぶ。
子どもたちは飛び跳ねながらポスターや寄せ書きを掲げ、声を揃えて「さなちゃーん!」と呼んでいた。
兄は人知れずスマホを握りしめ、小さく
「胸張って打ったな」と呟く。
母は胸元にお守りを押し当て、こらえきれぬ涙を静かにこぼした。
――遠いロンドン、その歓声は確かに紗菜へと届いていた。
紗菜はトロフィーを高々と掲げ、全身で抱きしめるようにしながら観客へ深く頭を下げた。
『ジャパン・ガール!』の合唱が、スタジアムを揺らす。
観客席からマリアが立ち上がり、両手を振り『ブラボー!』と声を張った。
その姿に気づいた紗菜は、涙を浮かべながら笑みを返す。
そして退場口。
エマがふと立ち止まり、振り返って紗菜へと穏やかな微笑を見せた。
言葉は交わさずとも、その眼差しには『また必ず戦おう』という誓いが宿っていた。
控室へ戻る途中、窓に映る自分の姿に足を止める。
頬は紅潮し、額には汗が光り、腕の中には勝者の証――トロフィー。
胸の奥に蘇るのは、あの白線を駆け抜けた一球の残像。
閃光のように鋭く、美しく、未来を切り開く一撃。
紗菜は夜空を仰ぎ、心で呟いた。
(これで終わりじゃない。ここから始まる。世界が、わたしを待っている)
会場の拍手と、日本の商店街の歓声が重なり合い、物語はひとつの終着点へとたどり着く。
最後に残るのは――白線を駆け抜けるボールの光跡。
その軌跡は、未来へと続いていた。
ここまで共に歩んでくださった読者の皆さま、本当にありがとうございました。
100話という長きにわたる物語の中で、紗菜は挑戦し、苦しみ、喜び、そして多くの人の想いを背に戦い抜きました。
最後の「ラインスナイプ」に込めたのは、彼女のすべて――そして未来そのものです。
エマとの友情、家族の愛情、商店街や友人たちの支え。
一人の少女が世界へ羽ばたくまでの物語を、少しでも胸に刻んでいただけたなら幸いです。
物語はここで幕を閉じますが、紗菜の挑戦は続いていきます。
読者の皆さんもまた、それぞれの「白線」を越えて、未来へと進んでいけますように。
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